第11話 地下
俺たちはしばらく歩き集落を通り過ぎた後、集落から東側に向かった。
案の定、俺たちが探索していない場所だった。
「ボルディア族って今はいないんですよね?」
結衣さんが神宮さんに質問した。
「ああ、もう何十年も前に滅びてしまったよ。私がこの島に初めてきたのは15年ほど前のことだけど、その時は一人も生存者はいなかったよ」
「15年前って神宮さん今何歳だよ!?」
圭太が驚愕した顔で言った。
内心俺もかなり驚いていた。仮に二十歳の時にこの島に来たとしても35歳だ。
正直、そんなに齢をとっているようには見えない。
顔のつくりも若いし、落ち着いた言葉づかい、優しそうな雰囲気からはとても想像がつかない。
大げさに見積もっても30歳くらいだと思っていた。
「今年で38歳になるよ」
「えー、嘘! 全然見えない」
一条もかなり驚いてる様子だった。
「若く見られるってのはとても良いことだと思うけど、この年でこの見た目だとどうしても威厳がね……」
神宮さんは苦笑いをしながら言った。
「その気持ち良くわかります!」
結衣さんはうんうんと激しく頷いていた。
「神宮さんはボルディア族について何を調べているんですか?」
「色々だよ。彼らの文化、どのような生活を送っていたのか、何故滅びてしまったのかなど」
俺が質問すると神宮さんは落ち着いた抑揚のある声で答えた。
「ボルディア族は何で滅びてしまったんですか?」
「明確な原因はわからない。過酷の環境による飢えや病気など様々な理由が考えられるが、私はこの土地特有の風土病があったんじゃないかと踏んでいる」
「風土病?」
あまり聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまった。
「ああ、一定の地域に流行を繰り返す病気のことでね、現在は病原体となるようなものは確認できないが、過去に多くの人が死に至るような何かがあったのかもしれない」
隕石が村に良くないものを運んできた。唐突にあの一文が頭をよぎった。
まるでSF映画のような話だ。
聞いたら笑われるかもしれない。
しかし、疑問が頭から離れないため、笑われるのを覚悟して聞いてみた。
「もしかしたらの話ですけど、たとえばこの島に隕石が落ちてきて、その隕石に何かしらの病原菌みたいなものがいて、それで原因不明の病気になったとか……ないですかね?」
「それに関しては、私の専門ではないから何とも言えないが可能性としてはゼロとは言い切れない。その口ぶりからしては君たち隕石の跡を見てきたのかい?」
神宮さんもどうやら知ってるみたいだ。15年も前から調査しているんだ当然の話か。
「はい、やっぱり、あれは隕石の落ちた後なんですか?」
「おそらくね、しかしあの周囲には病原体となるものは何もなかったよ」
「それにしても神宮さんすげーな。どうして病気で死んだとかわかるんだよ。超能力者?」
「どこの世界でも民族が滅びる理由としては圧倒的に伝染病が多いんだよ。あの集落には病気の治療に役立つ薬草や医療器具に類似するものがあったんだ。それに過去にボルディア族の頭蓋骨を調べた時に穿頭の跡があったことから、彼らは高度な医療知識を持っていたことが考えられる。そんな彼らを死に至らしめた風土病が過去にあったと仮定すると、いてもたってもいられなくなって私は調査を始めたんだ」
「戦闘の後? 何? 殺し合いでもしたの?」
圭太は混乱した様子だった。
かといって俺も正直聞いてて良くわからない部分が多かった。
神宮さんは軽く微笑んだ後に説明を始めた。
「ああ、穿頭って言うのは戦いのことじゃなくて、治療法のひとつでね。慢性硬膜下血腫などで頭蓋内にたまった体液を排出して脳の圧迫を防ぐために頭蓋骨に穴をあけるんだ」
「えっ! 頭に穴をあけるんですか!?」
一条が青ざめた顔で反応した。
「昔はそんな恐ろしい治療を行ってたんですね……」
結衣さんは怯える小動物のようにブルブルと震えていた。
「いや、穿頭は今でも一般的な治療法の一つだよ」
神宮さんが訂正するように言った。
「あーなるほどね。あれのことか」
圭太はうんうんと頷きながら言った。
「お前絶対わかってないだろ……」
話しながら歩いてる間に神宮さんの別荘にたどり着いた。
木造の小さな二階建ての家だった。築何年かはわからないがそれほど、古い感じではなそうだ。
「どうぞ」
そう言って神宮さん扉を開けた。
「お邪魔します」
入って左斜め前には四足の大きなテーブル、対面するように木のイスが四つあった。扉を開けてすぐ左手にはトイレ、二階に続く階段があった。
神宮さんは家に入ってまっすぐ進み、さらに正面の扉を開けた。
「ちょっと狭いかもしれないけど、ここで休むといい」
神宮さんが案内した部屋は入って左の壁際に本棚、奥にソファーがあるだけの殺風景な部屋だった。
本棚には「解剖学」「生物行動学」「行動心理学」「代謝内分泌系」「病原体、感染症、免疫系」などの医学に関する様々な本があった。
この人は医者か何かだろうか?
ソファーの方へ俺は歩いた。木製の床がギシギシと音を立てる。
俺はこの時何か違和感のようなものを感じたが、何なのかはわからなかった。
その時、一条がふらっと倒れそうになって何とかこらえるように立ち止まった。
「おい、大丈夫か、どうした?」
「ううん、ちょっとめまいがしただけ」
俺は一条の額に手を当てた。
「ちょっと!」
少し熱い。どうやら少し熱があるみたいだ。
ここ最近、ちゃんとした食事をとっていないし、それに慣れない環境でストレス、疲労がたまっていたのが原因だろう。
「大丈夫か? 少し熱があるぞ」
「……うん、平気」
よく見ると顔も赤い。これはしっかり休んだ方が良い。悪化でもしたら大変だ。
「とりあえず、そこのソファーで横になった方が良い」
俺は手を引っ張り一条をソファーの方に誘導した。
「でも……」
俺は一条を無理やりソファーに座らせた。
「別にそこまでしなくても大丈夫だって」
そう言いつつも顔色は悪そうだった。
「いいから今は休んどけ、帰るのは明日だ。悪化でもしたら大変だろ?」
「……うん、わかった」
一条は小さく頷いた。
「そういえば、君たちは何日もまともに食事をとれていないんだったね。船に確か食料と水があったはずだ。ちょっと取りに行ってくるよ。すまない、もっと早く気が付くべきだった」
神宮さんが申し訳なさそうに頭をかいた。
「何から何まですいません」
「いいんだ、気にしないでくれ。こちらこそすまない。配慮が足りてなかったよ」
そう言って神宮さんは部屋の外へ出ようとした。
「あっ待ってください。私たちも着いていきます」
結衣さんが神宮さんについて行った。
「別に私一人でも構わないよ」
そういうわけにはいかない。島の外にはまだ悪鬼がいるかもしれないのだ。
一人で行くのはとても危険だ。
「だめです。外には危険な悪……化け物がいるんです。一人で行くのは危ないです」
俺が言う前に結衣さんが先に行ってくれた。
「そうか。わかった」
神宮さんは短く返事をした。
「お前たちはどうするんだ?」
真が俺と一条を見て言った。
「俺はここで一条と留守番してるよ」
「ううん、私は大丈夫だから海斗も行ってきていいよ」
「馬鹿いうな。一人だと万が一のことがあったらどうするんだ」
いくら悪鬼の奇襲が予測できたとしても対抗できなければ命が危ない。
一条が予知して俺がスローを使えば何とか悪鬼に対抗できるはずだ。
食料を取りに行く側は真がいるので悪鬼を簡単に仕留めることができるだろう。それに圭太と結衣さんの二人もいる。そこまで大きな心配はない。
それに片道1時間くらいの道のりだ。すぐ戻ってこれる。
「でも……」
「悪鬼はの気配は感じるか?」
「ううん、私たちがここに来るまでは全く気配は感じなかった」
「そうか」
「じゃあ、俺も行ってくる。なるべく早く帰る。……気をつけろよ」
真はそう言って背中を向け右手を上げて神宮さんの後を追った。
こうして俺と一条は神宮さん達が帰ってくるのを二人で待つことにした。
「それにしても、すごい本の数だよな」
「うん、難しそうなタイトルの本ばかりだね」
「本職は医者か何かかな?」
本棚の方まで歩き本を適当にぱらぱらとめくってみたが、専門用語が多くて何が何だかよくわからなかった。
「だめだ。さっぱりわからん」
本を本棚の方に戻しに一条の元へ戻る途中また違和感を感じて俺は立ち止まった。
「……どうしたの?」
「……」
何だこの違和感は最初にこの家に入った時は感じなかったが何ていうかこの部屋だけなにかが違う気がする。
俺は一条のいるソファーに向かう途中に違和感の正体に気がついた。
確認のため俺は扉を開け最初の部屋に戻ろうとした。
「ねぇ、どこ行くの? 何かあったの?」
「ああ、ちょっと待ってくれ10秒くらいですぐ戻る」
そう言い残し俺はいちばん最初の部屋をくまなく歩き回り一条のいる部屋の中心に戻った。
「やっぱりな」
「さっきからどうしたの?」
「さっきまでははっきり分からなかったが、この床だけすごいギシギシ音がするんだ」
「そこだけ、たまたま古いんじゃないの?」
一条が特に気にする様子もなく言った。
本当にそうだろうか? この時、俺は何故かこの小さな違和感気になった。
床は木製の長方形の形をした板が並ぶように敷き詰められていた。どれも同じような色、質感をしていた。
気になりもう一度その上を歩くとギシギシ音が鳴った。次に床を拳で軽くたたくとコンコンっと高い音が鳴った。
ためしに他の場所の床を叩いてみたが聞こえるのは鈍い音だけだった。
さらに中心にある床をもう一度じっくり観察してみる。すると、良く見ると中心の床だけ他の床に比べて並びあう木材同士の隙間が少し広いことが分かった。
気になり手で動かすと少しだけずれた。俺はその微妙な隙間に何とか指を入れて持ち上げようとした。
すると長方形の板は簡単に持ち上がり蓋のように外れた。
「ちょっと勝手に何してるの? 怒られちゃうよ!」
俺は一条の問いかけを無視して外れた板の先を確認した。そこには頑丈そうな鉄の扉があった。人ひとりが簡単に入れる広いスペースだ。
俺は迷わず鉄の扉を開けた。
するとそこには、急な階段があった。
「地下だ」
「えっ?」
俺の発言に対し一条の表情が少し固まった。
ここから先は見てはいけない気がする……
全身の感覚器官が研ぎ澄まされたように危険な何かを感じ取っている。
これ以上先に進んでしまうと、取り返しのつかない何かが起きる。何故かそんな気がした。
今日は比較的暖かい日だったが、体が予期しなかった事態に混乱してしまったのか、鳥肌がたち、震えが止まらなかった。
階段の先に続く暗闇が嫌に不気味に見えた。
ものすごく嫌な予感がする……




