正倉院攻防戦 其の弐
今井ななかは朦朧とする意識の中で、ただ呆然と自分の視覚に映る、惨状を見るともなしに見ていた。自分の爪が他人の肉に食い込む感覚。クラガリななかは、執拗に響也の体を引き裂き続けた。
拒絶するこころはいつしか快感へと変わる。巫女であった祖母の血を色濃く受け継いだ彼女は、強い霊媒体質を有している。
だがその時だった。
「モウ死んじまったヨ」
「ソれくらいにしてくれネえか」
ななかは発狂せんばかりに恐怖する。喉を切り裂かれ、耳障りな音を立てながら、響也の死体が話しだしたのだ!
ななかは後方へ下がる、宿主と共にクラガリも恐怖したのだ。そして、もう一つの事実に気づいた。
この男は全く血を流していない!
血無しのマサツ。
戦国の世、古都に侵入した兵士を悉く血祭りにあげた古代戦士。
半島から渡来した禁忌の技を持って、全身の血をすべて絞り出し、そして錬金砂を埋め込み、代謝を代替する。永遠に死に続け、されど、決して死んでしまうことのない呪われたからだ。
響也いや平城京衛士マサツは立ち上がった。そうだ、奴は蓮姫を守るため、永遠の亡者となることを選んだのだ。一千年にわたり、元の肉体を有したまま。
「お嬢ちゃん。ここからラウンド2ってわけだ」いつしか喉が回復している。
比較的、細身に見えていた響也の肉体は、本来のマサツの強靭な肉体に変化していく。「悪いが手加減できねえぜ」
だが、ななかは聞いていなかった。クラガリの支配は突然に去り、代わりにさらに強力な意識が流れ込んできたのだ。
ユラユリ
ユラユリ
ユラユユ
まるで子守唄のような太古の調べが脳内に響く。狂気に赤く染まっていた、ななかの瞳は、いつしか深い知性をたたえた深い蒼に輝いていた。
次の瞬間、巧妙に連動した、サキガケの攻撃が開始された。「いいじゃねえか」マサツは最初の数体を難なく迎撃し、後ろへとびずさり、間合いを取る。いや取ろうとした。
!
寸分違わずシンクロした続くサキガケどもは、マサツのわずか数十センチの間合いを保ち突進してくる。無表情な伎楽面。太古の源地球人を模したという無表情で奇怪な五色人の面が目前に迫る。
だが真の恐怖はその時始まった。全力で後方に跳躍しているはずのマサツの肩に、そっと手がそえられたのだ!
まともに振り向くこともできず、かろうじて目の端で後方を見る。
そしてそこには柔らかな、そして果てしなく昏い笑みがあった。ななか、
いや、「彼女」はクチを開く。
オロカモノ
そして想像を絶する強い光が響也の目を焼く。瞬時に蒸発する彼の生命力、イブキ。おまえは!いや、貴方は。。。。
崩れ落ちる響也の上方を、別のサキガケ五体が正倉院へ飛びかかる、手に激しく燃え盛るタイマツ。
「させるものかぁーーーー」
最期の気迫でななかを拳で牽制しつつ、地面を蹴って飛び上がる。
二体のサキガケの首をひっつかむ。だが先頭の三体は。。。
そのとき、先行する3つのタイマツが砕け散る、同時に蒸発するサキガケ。
(絶好調やね。この天平娘)
私のつぶやきに不満そうに口を結びながら、舞い上がる。
夜空に現れた、五色の舞装。
銀をあしらった黒弓に6本の矢を同時につがえながら、古都の守護神、蓮姫が正倉院に到着した!