正倉院攻防戦 その四
脳が熱い。これが蓮姫の言うところの「計算中」というものだろう。一時的に私から接続を切り離された左目も、相当な負荷を受けているようだ。
正倉院の屋根に陣取った私は、敵の接近に合わせて、円形に舞う。
さすがにオリジナルの天平衣を最大舞装しただけあって、サキガケどもは私の接近に耐えきれず、建屋には取り付けない。剣が届けば、いくつは蒸発させられた。
だが・・・
次か次へと投げつけられるタイマツを叩き落とすには有効な手段がない。背の黒弓も考えたが、蓮姫のような精密射撃なしでは、甚だ心もとない。
雨がやんだいまとなっては、いつ正倉院が燃え上がってもおかしくない状況。くすぶり始めた部位を、踏み消しながら、
「蓮姫。まだなの、さすがに限界よ。ここが燃えるとやばいんでしょう」
その時、
「姫!葡萄鏡、受け取りなされっ」
唸りながら飛来する一対の円形青銅器。マサツが渾身の力で投げたそれを両手に絡めとる。(蓮姫!)身体はいつしか姫のコントロールになっていた。「計算完了じゃ」
おおっ。「姫、あとは天平衣じゃな。。。しばし待」!
サキガケ毒の苦痛に耐えながら話すマサツが驚愕する。迫り来る敵に背を向けた蓮姫。深い深い慈愛の笑みが光る
「マサツ、大儀であった」
一瞬で悟るマサツ。イケマセヌ、姫様。
俺はまだ!
蓮姫があの古代の調べを叫ぶ。呼応する正倉院の中扉、複雑な金属音を立て、急速に締まっていく。まだ、院内にいたマサツが、抗うように手をかける。
「だめじゃ!十年封印ぞ。俺はいい、サキガケになる前に死ぬ」
「天平布なしでどうするのだ姫!たのむやめてくれ」
「ぬしも天平布も未来に預ける。役目はまだ終わらぬぞ」一層深まる笑みが、扉と滲む涙に消えていく。
古都に響き渡る轟音を共に正倉院が封じられた。クラガリの囁きを遮蔽した今、マサツは変化することなく、ゆっくりと回復していくだろう。長い年月をかけて再開の時がくるのなら。
(蓮姫。。)
私のつぶやきに応えることなく、蓮姫は振り返る。私達は敵の術中にはまったのだろう。狡猾なそれに。狙いは蓮姫の力を削ぐこと、マサツを犠牲にしない姫の気質を知り抜いた上で。
多数のサキガケが襲いかかる。数メートルも残っていない。
(蓮姫。。。)
「みの、みるがよい。千年を戦い抜いた、我が舞の最大奥義を!」
「星の舞!」
叫びと同時に直上に舞い上がる蓮姫。鋭いコトダマをさらに上方に打つ。見よ、その衝撃波がわずかに残った雲を薙ぎ払った。澄み渡る夜空。星々の光が降り注ぐ。
いま最高点に達した蓮姫は高速に回転し、その2つの腕が複雑な舞を織りなす。手には青銅鏡。そして。。
眼下の地表がまばゆい光を放つ。立ち上がるレーザー光は、寸分の狂いなく、無数のサキガケを全て貫く。
星の舞。太陽が届かぬ暗闇にヒカリを現出させる太古の技。
恒星位置
敵の行動レンジ
大気密度のゆらぎ
全てを数値処理したのち、青銅鏡をもって特定の恒星波長を反射、収束。敵体内で共振させる。闇の眷属どもの体内に太陽を現出させるのだ。
古代の天才吉備真備がその最後の時まで開発し続けた技。そして、生前の蓮姫が備えていた大規模計算能力を見出し、都の守護の切り札にまで高めた。
静かで強大な攻撃。敵の完全沈黙。いや、一体のサキガケを敢えて残した。まなかに憑依しているのだ。殺すわけにはいかない。
夜空から地上に降り立ち、蓮姫が問い詰める。「おぬしが本命というわけか」
「変わらぬのう。愚かな姫。太陽の技を纏いながら、どこまでも闇に惹かれる者。。。」
まなかの声で、クラガリが語る。
明らかな動揺と焦りが、体内の私にも伝わってくる。
「また会うぞ」
しまったと思った時には、まなかの憑依がとけていた。崩れ落ちるように、砂砂利の上にくずれおちる彼女。
駆け寄ろうとしたその時、蓮姫は上方から弧を描いて接近する矢に気づいた!
「蓮姫、あれ!」
だが姫はゆっくりとしたモーションで矢を受け止める。うなだれる彼女。しかし、私はわけを聞かない。その矢から伝わるオモイ。蓮姫によって高められたサイコメトリ能力がすべてを語った。
苦痛にまみれながらも、最期に矢を放った先輩の伝言。
「無念。都の守りを託す」
全ては罠。蓮姫に与する者の抹殺。
涙が視界に滲む、そして叫び。蓮姫ではない、私の叫び。再び降り始めた雨の中で、悔恨の想いだけが古都の夜に深く沈んでいく。
「蓮姫、私も戦う」
「もう誰も失う訳にはいかない」
正倉院攻防戦編 完