正倉院攻防戦 其の参
弓攻撃による強襲の後、蓮姫手強しと見たのか、サキガケは戦術を変化させていた。
(これちょっと多すぎるわよ)
小型妖魔のサキガケは今や数百と正倉院周辺に出現し、ブーメランよろしくたいまつを投げつけてくる。
蓮姫は空中を舞い、それをかろうじて迎撃し続ける。(これキリがない。なんかないの?月の舞、ぶっ放したら?)
「ダメだこう散っていては、効力が全部のサキガケに届かん」
さしものオリジナル天平衣も、外層から火がくすぶりだしている。たまらずパージして延焼を食い止める。そして問題はマサツだった。クラガリの感染を受けた彼は、さらに高位クラガリの攻撃を喰らい、正倉の正面玄関に寄りかかっている。
意識は保っているようだが、クラガリの憑依が進めば、このままでは・・・
「みの、体のコントロールを頼む」
(えっまた!)
有無を言わせず、空中に跳躍した状態で突然肉体感覚が戻る。そして、私の口が叫ぶ、独特の高音。蓮姫は夜空に向かい何かを詠唱する。
少しずつだが、私も、蓮姫の格闘機動にも慣れてきている。落下のショックを全身のバネで吸収しつつ、正倉院の屋根に降り立つ。
とそのとき頬に冷たいものが当たる。雨だ!局地的な降雨。
(雨乞い?)
「コトダマを共振させて、上空の雨雲を活性化した。長くは持たんが、正倉を燃やされるわけにはいかん」
なんでもありですか。この天平娘は。
一方、マサツは、
「口惜しい。妖夢どもに不覚をとるとは」
本来なら彼の不死の肉体はクラガリの毒を時間とともに無効化するはずだ。
だが・・・
ユラユリ
ユラユリ
ユラユユ
かすかに聞こえる、今井ななかの詠唱。あの高位クラガリは今も後方にあって、サキガケどもの指揮をとりつつ、俺に、暗き、甘いササヤキを届けてくる。
根源的生命力、イブキを消し飛ばされ、俺の体は急速に、普段のそれ、倉橋響也の姿に戻っていく。そして、クラガリに・・・
「俺が姫を傷つける?」
ありえない。その前に、自分で首を引きちぎってやんよ。
「うりゃーーーー!」
ちょっと姫戦士らしからぬ声をあげているのはアタシだ。
途中の祠で手に入れた、細身の二刀。丹生銀双龍と相性が良い。それに、相手はタイマツだ。蓮姫本来力には及ばなくたって!
「全部たたき落としてやる」
さっさと片付けて、布団で寝るんだー!
その時、体が超高速で回転したことに気づく。
「なに?今の」
(ヒビキ!イブキによる四肢の独立機動。忘れるな、その感覚を)
(おぬしとなら、できるやもしれんな・・・よし、プランBでいく)
「そんなの聞いてないわよ」
(とっておきだ。位置スキャンと計算処理に掛かる時間は、約三分。凌げば我々は勝つ)
(あとは片目を借りるぞ!)
左目が突然ブラックアウトする。距離感の喪失、軽い嘔吐感。
いいでしょう。なんでもやりましょう。明日も学校なんだからね。
「マサツ。正倉からあれを取ってこい。星を使う」
マサツ=響也は正倉院内に反射的に駆け込む。やるのか?あれを。
「あと天平衣もありったけもってこい!」
戦況変化を感じ取り、二十体ほどのサキガケが進撃してくる。蓮姫は「計算中」だ。雨は止みつつある。代わりに満天の星が夜空に。
狂気の叫びをあげながら、みの=蓮姫が先頭のサキガケを叩き潰す。
「私は早く布団で寝たいんだぁぁー」
反撃の狼煙がいま上がった。




