プロローグ どこぞの天界みたいな場所で
我が俺、神庭求が車に轢かれて事故死したので、転生することになった。
の、だが……。
「さーて、どうしよっかなー」
「おい、そこの神様っぽいエセ兄ちゃん」
俺は魂特有の半透明状態とかいうものになりながらも、俺の周りをくるくるくるくる回る金髪グラサンの兄ちゃんに話しかける。
「んー……、あの世界もこの世界も飽和状態だし、転生するにしても低ランクの世界しか空いてないけど彼そこまで悪行してこなかったしなー」
「おい、そこの明らかに天使の輪っぽいもんつけて『天上人ですよ?』みたいな雰囲気醸し出してる兄ちゃん」
辺り一面は濃霧である。白、白、白、白に白が重なりもはや薄暗いぐらいの霧だ。にも関わらずどこまでもどこまでも透けて遠景の山脈?やら夜空?やらが見える。
なんだこの場所。
「せめて彼がちょっとでも悪行してれば問答無用で糞みたいな世界にたたき込めたのにそれもできないしなー」
「おい聞いてんのかよ脱色神兄ちゃん! ってか、糞みたいな世界ってなんだよ!?」
ゆるりとした一枚布の服を全く踏まずに歩いていた彼はぴたりと足を止めて、俺の方にふりかえった。
ニッコリと気持ち悪い笑顔を浮かべて俺に言う。
「ねえ君、ちょーっと神様である俺をぶん殴って罪を犯してくんない? そうすれば簡単に事が進むからさ」
「……ふっっざけんなあああああああ!!」
今このうすらボケ神様と何についての話をしてるのかというと、それは俺の転生先である。
どの異世界も満席状態で、俺の魂が入り込める隙間がないんだとか。
「んー……。良い物件ってのは埋まりやすいからねえ。君が死ぬ前に良質な異世界ってのはあらかた抑えられちゃったんだよ。別の死者にねえ」
「だからってハイそうですかって行くわけねーだろ!? せっかくの異世界転生チャンスなんだぞ。これを逃したら死んでも死にきれねーよ俺!」
「君、死んでるけどね。というお決まりのツッコミ待ちかい?」
「……なんで神様がツッコミなんて知ってんのかねぇ……」
はあ、とため息をつく俺に、神様ヤンキー兄ちゃんは笑いながら手に握っていた紙束をパラパラとめくり始める。
そしてとある一ページを俺に突き出してきた。
「君の行き先にはここが相応しいだろう。大波の異世界『グローテ・ホルフ』。剣あり魔法ありのそれはそれは素晴らしい世界さ」
「素晴らしく、糞な世界か?」
俺の嫌味な言葉にくつくつと喉で笑う。
金髪グラサンと相まってそんな笑い方されると怖い。
「良質で安全な世界を期待されてたら困るねえ。大波の異世界の“大波”って意味も、海が近いんじゃなくて犯罪が多いって意味だからさ」
「そんな世界に善良で無力な一般人を送るのがお前の仕事かよ」
「そう急くなって。お前に一つチートをやろうとしてるんだ。悪い話じゃないだろう?」
「チート!?」
来たぜ! 異世界転生のお約束!
「何でもいいぜ? せっかくのチートだ。大事なものを選ばなきゃなぁ」
「そ、そうだな……。チートの定番っていや、ステータス無限とか、全魔法使い放題とか、いや、それよりもやっぱり魅力値あげて美少女ハーレム三昧とか!?」
「早速やる気になってんなー。日本人って好きだよね、チート設定とか」
悪いか。
こちとら犯罪まみれの貧民街みたいな場所に飛ばされるっつーんだよ。
貰えるものはガッツリ貰っておいた方がいいに決まっている。
とはいえ、神様の言うことにも一理あるのかもしれない。
あまりに無敵になりすぎると、成長する楽しみがなくなってしまう。かといって、弱すぎる能力を貰っても、ごくごく一般人の俺だとあっけなく死んでしまうだろう。
「……なあ、神様よ。そのチートって、能力だけじゃなく物でもいいのか?」
「物」
神様が顎に手をやりながらオウム返しをする。
「そうだよ……。わざわざ能力を高めて自分を超人にする必要はねえんだよ。なんかこう……、無限に入るアイテムボックスとか、異世界でも使える現代の便利グッズとか、なんでも防げる鎧やなんでも斬れる剣なんてのでもいい。ステータスチートは正直似合わねえから、すっげえ強いアイテムくれねえか!?」
ステータスお化けに興味がない、わけではない。実際、攻撃力や防御力(そんなものがあるのかは知らないが)が高ければ身を守りやすくなるだろうし、一人で生きていくことも容易になるはずだ。
それでも今回俺がアイテムを貰いたい理由は、この機を逃したら拝めなくなるような貴重なアイテムが欲しかったからだ。
身体能力は最悪、自力でも訓練などであげることができる。しかし、アイテムは別だ。一度逃したら二度と手に入らない、そんなアイテムがゴロゴロあってもおかしくない。
要するに。
「レア度のたっかーいアイテム、ちょうだい!」
「ははぁーん。なるほどねぇ」
神様がいやらしくほくそ笑みながら、俺のことを見下してくる。
すっげームカつくし、すっげー怖い。
なに、もしかして俺、変な選択肢を選んじゃった的な?
神様がしばらく、くつくつと口の中で笑った後、こんな提案をしてきた。
「何でも斬れる剣ならちょうどあるぜ。それに似たようなのがな。もちろん、伝説の武器だ」
「おお、伝説! レジェンド! いいね、俺好みじゃねえか!」
伝説と聞いてテンションが上がらない男ではない。呪いの武器とか大好きだぜ!
もちろん、実際に手に入るのなら呪われてない方がいいが。
「その剣って、なんかデメリットとかあるの?」
「メリットデメリットは自分で決められる。っつーのもな、この剣の能力は『未定』なんだよ」
は? 剣の能力が未定?
神様がぽかんとする俺を見てまた口の中だけで笑う。
「この剣は使用者との契約……約束事によって能力が決まる。使用者が『こんな能力を持った剣になってほしい』と思えば、その通りになるのさ」
「へー?」
面白そうだがピンと来ねえな。
要するに、炎を飛ばせる剣を望めば振りかぶるたびに炎を飛ばせるし、ありえないけど猫に化けれる剣を望めば好きな時に猫に化けてくれるってことか?
「どうせ化けるんなら美女の方がいいけどねぇ~。ま、そういうことだぜ。モトムくん」
心を読むんじゃねえ。
確かに俺も猫よりは女の子だけどさ!
「まあ、言いたいことはわかった。じゃあ提案なんだけど、その剣って『絶対に勝てる剣』とかにすることってできるの?」
「絶対に勝てる剣、ねえ……。条件次第じゃできないことはないだろうが」
「ほら、こうさ、一振りすればどんな敵でも倒しちまう、みたいなさ!」
「一振りすれば敵を倒せる剣、か……。くっくっく、それならできねえこともないぜぇ?」
「ほんとうか!?」
「ああ、ほんとうさ。一振りでどんな敵でも倒せる剣、だろ? できるできる」
俺は少し考えるふりをする。
といっても、こういうのはフィーリングが大事な気がする。俺の勘が言っている。
これにするべきだ、と。
しかし、もうちょい粘れば別のアイテムもおまけでつけてくれるかもしれない。
「うーん……、どうしようかなぁ……いや、しかし、即決するのも怖いしなぁ……」
「なんだ、いらねえんなら別のにするぜ」
「心読めよ神様! 悩むふりしてネダってんだよ!」
思わず心の内を晒した俺を笑いながら、神様は首を横に振った。
「ダメだダメだ。貰えるものは一個まで。そんなにあれこれ欲しいのなら、生産系のチートでも貰うんだな。かなり制限はつくがな」
「生産チート! なんだそんなのあるなら早く言えよ! それで伝説の武器作っちゃえばいいんじゃん!」
「無理に決まってんじゃん。制限がかなりつくって言ったろ。武器とか作るにしても基本的に能力のないただの武器ができるだけさ。それでも食事はほぼ無限に出せるから、餓死することはなくなるぜ?」
う。それはそれで魅力かも……。
「いや、だが俺は初志貫徹! 決めた! そのなんでも斬れる剣を貰うぜ!」
「潔いねぇ~。損するぜ~? そんな性格だと。お前がこれから行くところは危険犯罪餓鬼病気あふれるワンダーランド♪ なんだからよぉ」
「もうそれ地獄だよな!? 俺は罪犯してないから程よい世界に送るって話はどこ行ったんだよ!」
神様が俺の言葉に、ついに沸点を迎えて爆笑する。
やだなあ、この神様。犬歯が牙みたいなんだけど。
「ああ、愉快愉快! お前みたいないちゃもん野郎がたまにいるから、この仕事は面白いんだぜ。感謝してるよ、ほんとうに」
「ったく。さっさと送れよ、笑ってないで。もうないんだろ他には」
「クククク、そうだな……。じゃあ渡すもんだけ渡してさっさと旅立ってもらおうかねえ? モトムくん」
そう言って、神様がどこからか取り出した剣を、俺に向かって雑に放り投げる。
「雑だなおい! 俺の命綱だぞ! 大事に扱え!」
「ククククク。ほんじゃま、いってらっしゃいっと」
ガチャコン。
ガチャコン?
神様がなんか機械のレバー的なものを上から下に下げた。
そして、俺の足元だけ霧が晴れて、ぽっかりと奈落の闇がこんにちはと蓋を開ける。
直感的に悟る。あ、これ、俺が入って生きてられる穴じゃない。
「お、おおおおい待てっ」
落下が始まる。
徐々に徐々に速度を上げ、胃が悲鳴を上げながら絶望的な浮遊感に襲われる。
「んじゃな~! お達者で~! モトムくぅ~ん♪」
「お、おまっ……! 覚えてろよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」
俺は光さえ届かない深い漆黒の中へといざなわれていった。
そして、落下中に気づいたことがある。
剣の名前……、聞いてねえっ……!
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「どういうこと? スワンカン」
金髪グラサンな神様っぽい風貌の男の背後から、かわいらしい声がかけられる。
男が振り返ると、幼女と呼ぶべき見た目の少女が、後ろに手を組みながら立っていた。
「クロウリーアを渡しちゃうなんて……。何考えてるの?」
男はその発言を聞くと、くっくっくと笑いながら、再び前を見る。
その足元には、神庭求が落ちていった異世界へと通じる穴が開いていた。
「見てたのか、ビィ。相変わらずふてくされた顔だな」
「私のポーカーフェイスがあなたにわかるわけないでしょ。それより、なんで?」
「クロウリーアを渡した理由……か。なぁに、ただの賭けだよ」
男が穴に手をかざすと、たちまち霧が立ち込めて穴を塞いでしまった。
少女が首をかしげて無言で尋ねると、男はどこかに歩きながら、こう呟くのだった。
「クロウリーアが……あの約束馬鹿な烏が果たしてもう一度世界を救えるのか、な……」
男はその場から立ち去って行った。
後に残った少女は、無表情を保ちながらも、大げさに嘆息するのだった。
文章力はないけど、楽しく書いていきたいです。
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