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山田さんはヴァンパイア

作者: ししおどし

「全く! 何の連絡もなく突然やってくるなんぞ、あまりにも礼を欠いておるとは思わんかね!」

「そうですねえ、せめて電話の一本でも寄越してほしいですねえ」


 年の瀬も迫った十二月の終わり。

 ぷりぷりと怒る山田さんの話にうんうんと適当な相槌を打ちながら、せっせせっせと筆を走らせる。

 炬燵の上には、たっぷりの年賀状。それに筆で宛名を書くだけで、一枚につき三百円。葉書は自分で用意したものではないので、三百円がそっくりそのまま私の儲けになる。なかなか、お得なバイトだ。

 本当なら筆ペンで済ませたいところだけれど、依頼主の意向によりきちんとした筆を使っている。といってもあまり良い筆を使っている訳ではないのだが、毛筆らしさと墨の匂いがしていればそれでオッケーらしい。拘っているのかそうでないのかいまいち微妙な所だけれど、まあそれは宛名からして雰囲気が出ていればそれでオッケーなのだろうと勝手に納得することにした。


「ええと、次は阿瑠符礼怒、様、と。山田さん、アルフレイドさんのこの怒っていうの、怒るって意味なんですけどこれでいいんですか?」

「構わぬ」

「はーい、分かりました」


 どう考えても当て字である宛名は、画数が多いものが多くって、バランスを取るのが結構難しい。人名としてはどうかと思う意味のものも多々あるので、その度に山田さんにこれでいいのかと確認を取る。

 私の差し向かい、炬燵に入ってぶつぶつと文句を言いつつお茶を啜っている山田さんは、すっかりとくつろいでいる様子で、私への返答もなんとなく適当な気がするけれど、彼が良いと言うのならば従うまでだ。なぜならこの宛名書きの依頼主は、山田さんなのだから。


「しかし全く、嘆かわしいことである。二十一世紀になって生まれたダンピールですら未だ、ヴァンパイアというものは血を吸わねばならぬという固定観念に縛られておる。やつらは一体いつの話をしておるのだ! そもそも我輩は血など吸わぬ!」

「思い込みってめんどくさいですよねえ。っと、山田さん、天板を叩かないでください。字がぶれちゃいます」

「む、申し訳ない」


 山田さんは未だ、先日やってきた不躾な訪問者への怒りが収まらぬのか、いかにも不本意であるといった調子で文句を垂れ流す山田さんは、ついにべしべしと天板を叩き始めたので、私は一旦宛名書きを中断することにした。やめてくれと言えばすぐにやめてくれるけれど、どうせまたしばらくすればヒートアップしてべしべしし始めるに違いない。ならば山田さんの気が済むまで愚痴に付き合った方が、効率がいい。


「人の世がこれほど進化した現在、ヴァンパイアの世界とて変わるのが道理であろう。しかしあやつらは、いつまで経っても何世紀もの前の偏見にみちたヴァンパイア像を捨てようとはせぬ。一体今が何世紀だと思っておるのだ! 二十一世紀であるぞ!」

「そうですねえ。もう二十一世紀に入って結構経ってますよねえ」


 ヴァンパイアやらダンピールやら、どこの物語の中のお話かと思う単語がちらほらと聞えてくるけれど、大仰に肩を落としてため息をつく山田さんの顔はどこまでも真面目で、とても冗談を言っているようには見えない。そして頷いた私も、けして山田さんの話を冗談だと思って適当に流している訳ではない。

 なぜなら、とてもびっくりな事実であるが。

 山田さんは正真正銘、ヴァンパイアと呼ばれる生き物なのである。





「隣に越してきた山田太郎である。ヴァンパイアという身のため、迷惑をかけることがあるやもしれぬ。だがしかし、けして危険は及ばぬよう配慮するつもりである。故に、親しきご近所づきあいをする間柄になりたいと願っておる」

「は、はあ……ええと、よろしくお願いします……?」


 山田さんの第一印象は、ものすごく強烈だった。

 四月の初め、ぴんぽんと鳴ったチャイムに呼ばれて玄関を開ければ、そこには明らかに日本人には見えない、金色の髪に青い瞳の、彫りの深い顔立ちの大柄な男性が立っていた。手には熨斗紙で包んだタオルらしきものを握っていたので、隣に越してきた人かなとそこまでは予想がついていたのだが。

 とても山田太郎には見えない山田さんが、続けて喋った自己紹介に、私は混乱した。だって厨二病を患っているようなお年には見えないのに、明らかに何か患っていらっしゃる。

 日本に来てはしゃいじゃったのかな、新天地に浮かれてヴァンパイアになりきってるのかな、とその時は深くつっこむことなく、当たり障りなく挨拶をするだけに留めた。設定を尋ねて、面倒なことになるのを恐れたのである。


 ところが、普通に応対したのが良かったのか悪かったのか。

 それから私は、妙に山田さんに懐かれてしまった。

 「作りすぎてしまったのである」と鍋いっぱいの煮物を差し入れられ、空になった鍋にちょうど家にあったイチゴをつめて返せば、大変喜ばれて更に差し入れが続く。道で会えば会釈するだけだったのに、そのうち時間があれば世間話をするようになり、時折互いの部屋へと行き来するようになった。


 「ナオコ以外の住人は、我輩に素っ気無いのである。差し入れも断られてしまったのである。居留守を使われているようなのだ……残念である」と、しょんぼりと肩を落とした山田さんに告げられたのは、部屋へ行き来するようになってしばらくしてから。

 まだ夏の最中だったと思う。私の部屋にて、冷房をがんがんにきかせて、鍋をつついていた記憶がある。

 私は親しい相手には割とあけすけに物を言う方なので「まあだって、山田さん怪しいですしねえ……」とついつい正直に言ってしまい、山田さんをますます落ち込ませてしまった。


「何が怪しいというのだ。会えばきちんと挨拶をしておるし、ゴミもきちんと分別しておる」

「……名前とか?」

「山田太郎の何がいけないのだ!」

「すごく偽名くさいですもん」

「偽名ではないのである。郷に入っては郷に従えという諺により、日本での通り名として山田太郎を採用しただけなのである。良き名であろう」

「あ、やっぱ本名じゃなかったんですね」


 そして流れで、山田さんの本名が山田太郎でないことを知った。おそらく偽名だろうなとは思ってたけれど、もしかしたら複雑な事情があって本当に山田太郎なのかもしれないし、とそこにはあえて触れないようにしていたため、その時まで確証は持ててなかったのだ。本名も一応教えてもらったけれど、ピカソ並に長かったので、正直覚えてはいない。山田さんも山田さんと呼ばれたがっているようなので、これからも山田さんのままということで落ち着いた。


「そんなに名前が長いと大変そうですね、書類とか手続きとか」

「何を言う、我輩は山田太郎である。故に書類を書くときは非常に楽なのである」

「え、そういうのって、通り名でもいけるんですか?」

「む、残念なことに、駄目だと言われる事もあるのだ。そういう場合は、致し方なく力を使う。我輩はヴァンパイアであるのでな」


 内緒であるぞ、としいっと口の前に指を立てた山田さんは、その大きな図体に似つかわしくなく非常に可愛らしかったけれど、喋った内容はあまり可愛らしくなく残念だった。そちらについてもそれまでは名前同様触れないようにしていたけれど、相変わらず患ってるんだなと内心では失礼な事を考えた私は、ついでとばかりに踏み込んでみることにした。


「その、山田さん。ヴァンパイアって自称するのも、あまりよろしくないかもしれないですね」

「ふむ。しかし我輩がヴァンパイアである事実は変わらぬのである。何れ知られる事ならば、最初に伝えた方が良いであろう」

「ええと、うん、そうなんですけど。初対面の相手には厳しいといいますか、ぶっ飛んでるといいますか……」

「ぶっ飛ぶ? そうか、飛んでみせれば興味を惹けるやもしれぬ」

「そうじゃなくって……ってえええええええ?!」


 はっきりと厨二病は卒業した方が、と口にするのはさすがに躊躇われたので、遠まわしに濁しつつ伝えてみたのだけれど、さっぱり通じない。一切怯むことなくすらすらと飛び出る設定に、無駄に作りこんでやがると思わず舌打ちしそうになった。

 だがしかし。

 何やら思いついたらしく顔を輝かせた山田さんは、おもむろに立ち上がると、いきなり飛び上がったのである。

 狭い部屋で一体何を、と驚きつつ山田さんを嗜めようとした私は、すぐに別の事で驚くことになった。


 なぜなら、山田さんは本当に、飛んでいたのである。

 いつまでもいつまでも床に下りてくることなく、ぷかりぷかり、天井にぴたりと頭をつけて、浮かんでいたのだ。


「どうだ、こうしてこの建物の周りを飛んでみせれば、さすがに気になるであろう。そして我輩に声をかけずにはいられなくなるのだ! 何故今まで気づかなかったのであるか!」

「埃が舞うから部屋の中で飛ばないでください……!」

「むむ、これは失礼をした」

「ってそうじゃなくって。山田さん、あの、ほんとに、吸血鬼ってやつ?」

「ほんとにとは何なのだ。……さてはナオコ、我輩がヴァンパイアだという事を信じていなかったのであるな?」

「ええ、そうですね……」

「てっきり我輩のようなヴァンパイアの事を知っていて、気にしておらぬのだと思っていたが……。まさか信じておらぬとは。我輩、少しショックを受けたのである」

「ご、ごめんなさい。いや、だってまさか、ねえ」


 手品の類でないことは、すぐに分かった。だって現場は私の部屋だったし、狭い部屋なら何か仕掛けがあればすぐに見破れただろう。けれどふわふわと浮かぶ山田さんの周りには、一切の仕掛けが見つけられなかった。

 それでも完全に、信じた訳ではなかった。信じる信じないの前に、目の前で起こった事を整理するだけで、精一杯だったとも言える。


 そんな私の様子を、大変不満げに見下ろした山田さんは、すっと床におりて腰を下ろすと、食べかけの鍋をつつくのを再開しつつ、私にヴァンパイアとはどういったものかとの説明を始めた。

 必ずしも血を飲む必要はないこと。血以外のもので食事を摂れるようになってからは、血はヴァンパイアにとって嗜好品の類に分類されるようになったこと。

 一般的にヴァンパイアの弱点とされている太陽の光や炎も、時代を経ると共に克服されつつあるらしい。にんにくも、今や好き嫌いの範疇であるというから驚きである。


「地球の裏側と、一瞬で連絡を取れる時代ぞ。昔では助からぬとされた病も、先進国では克服されつつある今、なぜに我輩たちが変わらぬままでいなければならぬのだ」

「言われてみれば、そうですねえ……」


 お話の中のものとは、全く違っていたヴァンパイアの生態は、らしい部分が大変少なくなっていて聞き手としてはすんなりと納得しにくいものもあったけれど、山田さんの主張を聞けばそういうものかとも思えてくる。人間の技術が日々進歩するように、ヴァンパイアの世界でもいろいろ進化してたっておかしくない。むしろ何世紀も変わらない方がおかしいという主張は、変わらぬよりもよっぽど説得力があった。


 そうして鍋の具材が空っぽになり、締めのラーメンを投入する頃には、私はすっかりと山田さんがヴァンパイアであることを信じたのである。作り話というにはあまりにも筋が通っていたし、何より人間は飛べない。仮にヴァンパイアでなかったとしても、人間以外のものであるのは確かだと思うようになった。





「さて、そろそろ年賀状の宛名書き、再開しましょうかね」

「うむ。よろしく頼むのである」


 ひとしきり山田さんの愚痴を聞いたあと。

 私が筆を握ると、山田さんはどことなく満足そうな顔で頷いて、ずずずとお茶を啜りテレビをつけてザッピングし始める。音楽番組でチャンネルを止めて、最近流行りのバンドの歌にあわせてふんふんと鼻歌を歌っているが、実はお目当てはそのバンドではなく、端にちらりと映ったアイドルだと私は知っている。

 基本的に何事もあけすけに語る山田さんであるが、唯一私に隠しているのは、アイドル好きということだ。しかし好きなアイドルがテレビに映ると、分かりやすくそわそわしだすため、全く隠せてはいない。

 私は山田さんの挙動に全く気づかず手元に集中するふりをして、こっそり様子を伺い小さく微笑む。そんなことで気持ちが明るくなるなら、いくらでも観てってくれて構わない。


 年の瀬はヴァンパイアハンターが活発に動く季節らしく、山田さんも何度か襲撃を受けているらしい。山田さんは基本的には平和主義なので、襲われてもなるべく傷つけず無効化して帰しているらしいけれど、それでも血を吸うヴァンパイアと一緒にされ謂れのない敵意を向けられれば、それなりに鬱屈も溜まってしまうようで、十二月に入ってから愚痴の量が増えた気がする。

 一応、ヴァンパイアとハンターの間に純粋な人間は介入させないこと、という取り決めがあるため、私には特に何かある訳でもなく、何か出来るわ訳でもないのだけれど、気心の知れた相手がストレスに苛まれているのに放っておくのも気分がよくないので、時間が合えばご飯に誘うようにして話を聞くようにしている。さりげなくテレビのチャンネルを山田さんが好きなアイドルの出ている番組に変えて、山田さんの意識がハンターたちから可愛らしい女の子たちに移るようにと気を配る。元々アイドルにさして興味はなかったけれど、山田さんが分かりやすく上機嫌になるため、最近では私も彼女たちのことが結構好きになってきていたりする。


「よし、出来た。んーっ!」

「おお、助かったのである。報酬は既に、ここに用意しているのである。確認してほしい」

「はーい……確かに。でも本当にこんなに貰って大丈夫なんですか? 貰いすぎな気もしますけど」

「構わぬ。これはプラス五百円のオプションなのである。よってナオコに支払った分を差し引いても、我輩に利益は出るのである」

「さすが、そこはちゃっかりしてるんですね。では、遠慮なく」


 ようやく百枚の宛名書きを終えてぐっと背中を伸ばせば、気づいた山田さんが懐から封筒を差し出してきた。促されて中身を確認すれば、諭吉が三枚。何かと物入りな年末年始には、ありがたい収入である。念のために山田さんにいいのかと尋ねれば、しれっとした顔で内情を教えられる。


「しっかし、よくもまあこれだけ希望が来ましたね。年賀状一枚に五百円もするのに」

「己の名が漢字で、しかも筆で書かれたものが届くと宣伝すれば、やつら面白いくらいに食いついてきたのだ。我輩もここまでとは思わなかったのである。これからもまた、頼むことがあるやもしれぬ」

「勿論喜んでお引き受けしますよ。いいバイトですしねー」


 ふふふふ、とちょっぴり悪い顔で笑った山田さんは、ヴァンパイア相手の通信販売をして生計を立てているらしい。私が宛名を書いた年賀状は、その顧客向けのサービスの一貫だったのだ。

 売り物の内容はヴァンパイア仕様の便利グッズあれこれ。ヴァンパイア専用にカスタマイズされたホームページを一度見せてもらったけれど、一粒で人間の血液一リットル分の栄養が取れるサプリやら、さっと塗るだけで太陽の光の影響がほぼゼロになるクリームやら、いかにもヴァンパイア向けのラインナップだった。何でも売り物の全ては山田さんが発明したものらしく、ヴァンパイアの弱点克服にも山田さんが大いに貢献しているらしい。

 本人が言っていることなので、どこまで本当かは分からないけれど、山田さんは基本的に嘘はつかないので、おそらく全てが真実なのだろう。だとしたら、山田さんの功績ってなかなかすごいものだ。ヴァンパイアハンターが挙って山田さんを狙う理由も、少しだけ分かる気もする。


「そういえば、レヴィンがまたナオコのカレーが食べたいと言っていたのである」

「えええ、レヴィンさんってあのレヴィンさんですか?」

「そうなのである」


 書道道具一式を片付けている最中、ふと山田さんが喋ったのは、一人のヴァンパイア仲間のこと。山田さんと交流を深めるうちに、芋づる式に知り合いになってしまったうちの一人だ。

 名前を聞いて、思わず顔を顰めてしまったのは、山田さん以外のヴァンパイアに偏見があるからではない。レヴィンというヴァンパイアの、性質が若干受け入れ難いからだ。


「あの人、母乳母乳煩いからちょっと苦手です」

「安心するのである。あれは確かに、我輩から見てもどうかと思う部分はあるが、けして女性に無体を働くことはないのである。よってナオコが自発的に子を孕むまでは安全なのである」

「ううん、安全、なんですかね……?」

「……おそらくは」


 なにせレヴィンさんは、無類の母乳好き。彼の主張によれば、母乳は血から作られているから彼が母乳を好きであるのは当然の事らしい。

 初対面の私に妊娠する予定が無いか尋ね、もし母乳が出るようになったら連絡してほしいと言った彼に、正直あまり良い印象はない。直接吸うわけではないと、赤ん坊に飲ませる分は確保した上で、余った分を送ってくれるだけいいのだと、きちんと謝礼も払うと、力説された上で渡された連絡先は、確認もせず捨ててしまった。積極的には会いたくない相手だ。

 それでも、山田さんにとっては友人の一人である。ならば仕方ない。


「しょうがないですねえ。いいですよ、作りますよカレー」

「本当であるか! ありがとう、ナオコ!」


 だって私は。

 たとえちょっぴり、受け入れ難い趣味の持ち主であろうと、山田さんを笑わせてくれる相手ならばまあいいかと思ってしまうくらいには、この、少しばかり変わった隣人のことを。

 とてもとても、気に入っていってしまってるのだから。

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