デート
どうしてこうなったのだろう
まどかは、頭を悩ませていた。
もちろん傍目にはいつも通り全くの無表情であったが。
まどかが涙と弱音を零したあの日。
『ねぇ、まどかちゃん。その気持ちがなんなのか、教えてあげようか?』
そう蘭は言った。
そうして何故か、その週末に一緒に出掛けることになったのだった。
共に出かけることが自分の気持ちのモヤモヤの解決にどう繋がるのか理解できないが、せっかくの善意を無駄にもできまい。
そう思いながらまどかが自室で準備をすませると、チャイムが鳴る。
「あ?誰だこんな時間に。」
訝しげな貴文に対して部屋から出たまどかがさっさとインターホンで応えると
『あ、まどかちゃん!お待たせ〜!!』
蘭の元気な声がリビングに聞こえてきた。
「いいえ。いま降りますので。ーーーでは、貴文様、出かけて参ります。夕御飯は冷蔵庫の中にありますので温めてお召し上がり下さい。」
「え?あ、あぁ」
すっとお辞儀をして背を向けたまどかを貴文はどこか呆然とした表情で見送った。
マンションの自動ドアをくぐると、まどかを見つけた蘭が破顔しつつ手を振った。
「すみません、お待たせ致しました。」
「ううん、俺が楽しみすぎて早く来ちゃっただけだから」
そうニッコリ笑う姿は貴文とはまた違う、さながら俳優のようなオーラがあって、通りすがりの人の目を釘付けにしている。
「にしても、まどかちゃん今日は雰囲気違うんだねぇ」
さすがにセレブと出掛けると言われて普段着を着て行くわけにもいかず、家を出るときに持ち出すことができた数少ないワンピースを引っ張り出してきたのだが、おかしいだろうか?
「すみません。場違いでしたか」
「違うよーさらに可愛くなってるまどかちゃんと出掛けられて嬉しいよ」
どこまで本気なのか、スラスラと出てくる褒め言葉に、頬を染めるより感心してしまう。
「伊坂様のコミュニケーション能力はすごいですね。勉強になります。」
「え〜俺は思ったことしか言わないよ?ていうか、まどかちゃん、堅苦しすぎ。ずっとそれだと疲れるから、蘭、て呼んで?」
ちょい、とこちらを覗き込む整った顔にビックリして、言われた内容にもビックリして、目を丸くしてしまった。
堅苦しいのはいけなかっただろうか。
「え、と。……ら………蘭……様?」
「いまの流れで何でそうなるかなぁ?ら・ん!」
極度の緊張で手に汗をかいてきた。
ぐ、と拳を握り頭1つぶん上にある顔を見上げる。
「蘭…さん?」
「ーーーー、ん、いっか、ひとまずそれで。」
呼んだ瞬間に口を押さえながら顔をそらされたが、及第点はもらえたようだ。
まどかにとっては、いきなり難題すぎて疲労感が半端無い。
何がそんなに嬉しいのか、蘭はニコニコしながら今日の予定を話していた。
「とにかく一緒に行きたいところがたくさんあってさ〜!急ぐよ!」
「わ…っ」
グイッと手を引かれて歩く速度を速める。
背後から大きな音がして騒がしくなったが振り返る暇もなく、まずはランチをとおしゃれなカフェにやってきた。
メニューの意味がよくわからない。
「まどかちゃん、何が食べたい?」
「……よくわからないです。」
「ガレット初めてか〜よかった!甘いのと野菜系とどっちがいい?」
「がれっと?…えーと、甘いのを。」
「了解〜」
店員を呼び止めてサラリと注文をする蘭を見てまた感心する。
「さすが、こういうオシャレなお店にも慣れていらっしゃいますね」
「え、そう?普通だよー。ココ初めてきたし。」
「そうなのですか」
「うん。まどかちゃんは何が好きかすっごい考えたんだけど分からないから、あまり食べたことなさそうなものにしてみたんだよね〜」
「そう、なのですか。申し訳ありません、わざわざ…」
「こういう時は、『ありがとう』の方が嬉しいな」
そう微笑する姿に周りのテーブルの女性客が釘付けになっている。
「あ、ありがとうございます…」
「どーいたしまして!」
遠慮がちのお礼ににっこりと返す姿は余裕があって、やっぱり慣れているなぁと思ったりしたのだった。
そのあと、まどかは初体験のガレットに目を丸くすることになる。
「美味しい…!これは、家でもできるのでしょうか…」
材料は、などブツブツ言いながら考え出す。
「本当に仕事熱心だねぇ」
嫌味なくそう言われてハッと自分の世界に入り込んでいたことに気づく。
「ちょうど、貴文様もお好きそうな味でしたので。」
そう言って申し訳ありませんとぺこりと頭を下げたが、困ったような蘭の笑顔が返ってきただけだった。