貴文の想い人
ご無沙汰しておりました。
悠馬と蘭、貴文とまどかは会場からはなれたバーにやってきた。
「相変わらずタカのとこはギスギスしてるね〜」
「あー、まだ次期社長の兄貴を蹴落とそうとしてる奴らが諦めてないみたいだな。」
貴文は嘆息する。
「さっさと一掃してしまえばいいのに。晴臣さんなら簡単だろう。」
すでに経営者として晴臣の手腕を知る悠馬は不思議そうだ。
「…婚約のこととかもあるし、時期を見てるんだろうな」
婚約、という言葉に悠馬が思い出したように言う。
「そういえば。お前、まだ詩織さんのこと引きずっているのか?」
「はぁ⁉︎バ…っ、引きずってねぇよ!」
「あの態度じゃ意識してますってバレバレだよ〜」
「意識…?」
まどかが首を傾げると、
「タカ、晴臣さんの婚約者の詩織さんのこと好きだったんだよ」と蘭が説明する。
「余計なこと言うなって!てか、まどか、お前は知らなくていいことだからな!」
蘭の頭を小突きながらまどかに叫ぶ貴文。顔が真っ赤で、残念ながら何を言うにも説得力にかける。
一瞬瞳に陰を落としたまどかだったが、次の瞬間には【いつものまどか】に戻っていた。
「……出過ぎた質問をしてしまい、失礼致しました、貴文様。」
無表情で頭を下げたまどかの雰囲気が微妙に変わったことに、貴文は気づかない。
「 そして貴文様、まだ家の仕事が残っておりますので、失礼してよろしいでしょうか?」
「あ?あぁ…いやでも暗いから一人で帰らせるわけには」
「いえ、問題ありません。では、伊坂様、道明様、お先に失礼致します。」
貴文の言葉を遮り、すっと起立して残る二人に一礼をして退散する姿を、貴文は訝しげに見送った。
街の喧騒の中を静かにゆっくりと歩く。
緩くウェーブがかかった栗色の髪。
優しげな笑みが上品でお淑やかで、柔らかな雰囲気をまとった可憐な女性が脳裏にちらつく。
華やかな場で四苦八苦しながら何とかやり過ごしていた自分とは全く違う、本物のお嬢様。
慣れないヒールが踵を擦って、じんじんと痛みを訴える。
思うように歩けず、見た目だけ華やかに着飾った自分が情けなくて、俯いて立ち止まる。
「ねぇお姉さん、一人?」
顔を上げると、いつの間にか見知らぬ若い男性3人に囲まれていた。
「な、キレーだろ?」
「ホントだめちゃめちゃ美人じゃん!お嬢様みたいなコ、超俺好み!ねぇねぇ暇なら遊ばない?」
たったいま付け焼き刃のお嬢様っぷりを猛省していたところに傷をえぐってくる若者に、軽く苛立った声を出す。
「いいえ、仕事がありますので遠慮させていただきます。」
「えーいーじゃんちょっとくらい!」
「失礼します。」
「つれないなぁ〜、ね、じゃあ連絡先だけでも教えてよ!」
ガシッと手首を掴まれる。
いっそサクッと捻り倒してご退場いただきましょう
そう思い構えると、靴擦れをおこした足に鈍い痛みが走り、思わず顔を顰めた。
「…ッ!」
「あれ、お姉さん、大丈…「おい、何してる」」
若者の一人が顔を覗き込んできたところでドスの効いた声が落ちる。
「な、なんだお前?」
「五月蝿い。お前らこそなんだ。俺のモノに気安く触るな。」
完全に据わっている目で若者たちを射抜きながら荒々しい動きでまどかの手を奪い取る。
イケメンに凄まれたことで若者達も気圧されたのか、バタバタと立ち去っていった。
「帰るぞ」
「は、はい……、ッ!」
手を引かれたまま後に続こうとしたまどかだったが、忘れていた足の痛みが一気に主張し始めた。
「…どうした?ーーーん、足か」
「申し訳ありません…あの、少し休んだら帰ります。貴文様はお先に」
「バカかお前は!またさっきみたいのに絡まれるのがオチだ。…仕方ないな、タクシー捕まえるか。」
そう言ってさっさと車通りの多い道でタクシーを拾ってきた貴文が、まどかの元へ戻ってくる。
「ちょっと肩つかんでろ。」
「は…?」
唐突に言われた理由がわからず、ぽかんとすると、「早く!」と怒られた。
そっと肩に手をやると、貴文はまどかの膝と背中を手で支え、スッと抱え上げた。
「な、あ、ちょ、貴文様っ⁉︎平気です歩きます下ろしてください!」
珍しく慌てるまどかを貴文は面白そうに見てニヤリと笑みを浮かべる。
「せっかく綺麗なカッコしてんだ、最後までちゃんとエスコートさせろよ。あと、今日はありがとなーーまどか。助かった」
和らいだ瞳にサラリとこぼれた感謝の言葉は小さくて聞き取りづらかったが、まどかの耳にはひどく響いた。
胸が苦しい。
なぜこんな気持ちになるんだろう。
優しくしないでほしいーーー
そう思いながら、まどかは目を閉じた。
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