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契約と涙


それから共同生活が始まった。


幸いなことに部屋数はたくさんあり、部屋の1つをまどかが使っているのだが、まどかはよく働いた。


朝は前日に言っていた時間に貴文を起こし、朝ごはんを用意し、

掃除洗濯、学用品や日常品で足りなくなったものの買出し、時には貴文の課題まで手伝うようになった。


といっても専門的なものではなく文章をまとめたり書き写したりというだけなのだが、

多忙を極めるときには正直ありがたい存在だった。


まどかという存在がいてくれるおかげで人間らしい生活が出来ている…

としっかり認識しているあたり貴文も馬鹿ではない。


最初の敵対心むき出しの態度は改めた。



しかし、相変わらず表情ひとつ変えずに何でもソツなくこなすまどかに対し、

違う表情も見てみたい、そう感じ始めていた。


「おい、お前。」


「はい、貴文様。」


「ちょっと笑ってみろ。」


「契約外です。」


「はぁ!?つかお前の契約どうなってんだよ!んな無表情で世話されても気が滅入るだろうが!」


「…気分を害していらっしゃるのであれば申し訳ありません。」


「はぁ…」


こんなやりとりが何度かあった後で、軽い悪戯心がくすぐられたのは事実だ。

もちろん女性に対して意地の悪いイジメなどする気はさらさらないが、

ホラー映画を見せてみたり、部屋に虫を入れてみたり、後ろから驚かせようと大きな声を出してみたりした。



…どこの小学生かというツッコミはおいておく。

彼はれっきとした20代半ばの成人男性である。



しかしながら、まどかは何をしてもその無機質な表情を変えることはない。


そこで貴文は、違う方向から驚かせてみることにした。

突然ホールケーキを買って帰ったのだ。

驚いて、そしてともすれば笑うかな、どんな顔をするんだろう?

そんなことを考えながらの帰り道はなんだか足取りも軽い。


「これ、やるよ。課題を手伝ってもらった礼だ。」


「…ケーキ、ですか?」


可愛らしい人形の砂糖菓子がのったいちごのホールケーキ。

しばらくそのケーキを抱えて固まっていたまどかは、

ぎこちなく顔をあげ、「ありがとうございます」と言って部屋に駆け込んでしまった。


驚いたのは貴文のほうだった。


まどかは確かに珍しく感情をあらわにした。

その瞳を潤ませ、何かを耐えるように唇をかみ締めて。



どうやら自分が何かしでかしてしまったらしいが、何が悪かったのか全くわからない。

でもあれは完全に部屋で泣いているのだろう。


「…くそっなんなんだよ!」


喜ぶと思ったのに。

泣かせるつもりなんてこれっぽっちもなかった。

そういう顔が見たかったんじゃない。


「なんで俺はこんなにあんな女に振り回されてるんだ…」

苛立たしげに頭を掻く。


様子を見にまどかの部屋の前に行くと、

部屋の中からかすかにすすり泣くような声が聞こえる。


コンコン


貴文は思わずノックしたが、返事はない。


「おい。……入るぞ!」


勢いよくドアを開け、部屋に入る。


物の少ない殺風景な部屋の真ん中にまどかはいた。

驚いて顔を上げたまどかの頬に幾筋もの涙の後を見て、貴文はそっと傍に寄った。


「…どうした?」


肩に手を置き、目線を合わせて静かにそう尋ねる貴文に、しゃくりあげたまどかが答えようと口をあける。

「何でもあ「ありませんてことないだろ。」」


「俺がしたことで傷つけてしまったなら、悪かった。だが何が原因かわからないと、

これからも世話になる身としては困る。だから教えてくれ。」


「……貴文様は、悪くありません…。」


そう言ってからしばらくして、ぽつりぽつりと語り始める。


「…両親が事故にあった日は…私の誕生日でした。

驚かせようとケーキを用意してくれていて…

両親はそのケーキを取りにいったせいで死んだのだと、わかったのは、

そのケーキ屋さんから電話があってからでした。

2人が用意してくれたケーキ、1人で、家で、食べ…っ」


まどかは言葉につまり、また涙が溢れてくる。

両親がなくなった原因のケーキが自分のためのもので、

3人で食べるはずだったそのケーキを結局は1人で食べた。


想像して心の中で自分を責めた。

知らなかったとは言え、なんてことしたんだ、俺は。最低だ。


震えながら泣いている小さな肩を抱いて、もう片方の手で、ぽんぽんと頭を撫でる。


「…悪かったから、泣き止め。」


しばらくそうしてまどかが落ち着いたころ、

「貴文様、ご面倒をおかけして申し訳ありません…」


フン、と口の端をあげて乱暴に頭を撫でる。

「馬鹿にするな。こんなことが面倒なほど俺は狭量じゃない。」


す、とその場を離れてキッチンでフォークを2つ持ってきて、1つをまどかに渡す。

家政婦として働くまどかは一緒に食卓を共にしたことがない。



「まどか、食べるぞ。これは契約内だろ?」



目を見開いた後、少しだけ泣きそうに顔をくしゃりとして、


「はい、貴文様。」


そう言って、まどかは、ふんわりと微笑んだ。


可憐な花が咲いたかのような笑みに、貴文はゆでだこのように赤くなっている自信があったが、

気づかないふりをして、ケーキをつついた。


それに続いてまどかも一口食べて、

あまい、と、また口元を綻ばせたのだった。




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