Matryoshka
なんとなくの思い付きで書いた作品です。
深く考えずテキトーに読んでください。
あるところに、ひとりの少年がいました。
その少年は、とてもせまい、うす暗いへやでひとり、まっすぐ前をむいています。
へやからは、カタ、カタ、カタ、と、何かをたたく音がきこえてきて、その音はしばらく止まったり、ものすごい速さできこえてきたりしています。
「どうして君はそんな場所にいるんだい?」
人々は少年に質問を投げかけます。
「どうして……ですか?」
少年は、すこし困った顔をして、
「ここでしかできないコトなんです。今は……まだ」
と、いつもこう答えます。
時計の針が十二時をさします。
だけど少年は、へやから出ようとはしません。
いったい少年は何をしているのだろう?
とうとう日もすっかりおちてしまい、外は少年のいるへやのように暗くなってしまいました。
とつぜん、今まできこえていた何かをたたく音がピタリと止まりました。
へやはシンと物音ひとつしません。
それは、何かが終わったかのような静けさでした。
しばらくするとドアがゆっくりと開き、少年が出てきました。
その少年の手に持っていたモノは――
* * *
カランカランカラン。
遠くで夕刻を知らせるベルの音が響き渡る。
「あら、もうこんな時間。それじゃあこの続きはまた明日にしましょう。暗くなる前に皆お帰り」
椅子から立ち上がってそう言うと、子供達は口々に不満の声を上げる。
「えー先生! なんでそこで止めちゃうんですか!」
「少年は何を持っていたんですか?」
「せんせー教えろよー」
押し寄せてくる生徒に少々たじろぎながらも、私は彼らに小指と人差し指を立てる仕草を見せた。
すると、子供達は一斉に口を閉じる。
「はい、よくできました。この仕草をした時は先生が大事な話をする時だからしっかり聞くように。…この本はこれからが面白くなるところだから明日のお楽しみにしておきましょう。それまでに宿題はちゃんと済ませておいてね。……それから、よく知っていると思うけど夜になると森の中から怖いエルフが出てきてしまうの。あなた達もヴィーネさんみたいな事にならないよう、必ず早く帰るのよ」
分かった? と皆に視線を向けると、子供達は私の話を理解してくれたのか、一人、また一人と帰り支度を始めた。
私のクラスは、元気がよく、はしゃぎすぎる子供が多いけれど、その一方でとても素直でもあった。
私は、ここの担任になって本当によかったと思っていた。
……あの事件が、起こるまでは。
「先生、さようならー」
手を振って最後の生徒を見送ると、入れ違いになるように一人の若い男がこちらに向かって歩いてきた。
「あっ、お疲れ様です、クラウド教授」
私は白髪の入り混じった彼に軽く会釈をする。
「お疲れ様、というか、いつも言っているが教授と言うのはやめてくれ。これでも同い年なんだから。……ところで今朝の話は聞いたかい?」
今朝の話、というのは学年毎に行われる職員会議の事である。
「……ええ。エルフの動きがいよいよ活発化してきた、という話でしたね」
「そうだ。共存協定が破棄されてしまった今、我々には戦う以外に選択肢は無い。……君の生徒の仇でもあるんだ。それは君も分かっているだろう?」
クラウドは腕を組み、私を見る。
三ヶ月前、野外実習の時、彼女――ヴィーネ――が森に迷い込むのを止める事ができず、エルフの餌食となってしまった。今思えは、あれがエルフ族の異変の始まりであったのかもしれない。
だが。
「…確かに今のエルフの行動は危険です。だけど、私はそれは違うと思うんです」
私は彼をじっと見つめる。
「だっておかしいじゃないですか。半年前、共存協定があった時は私達ルケミ族もエルフ族も自由に互いの場所を行き来していた筈です。それなのにたった数ヶ月でこんなに敵対するなんて考えられません。恐らくどこか別の種族が介入している、としか考えられないです」
私がそう言うと、クラウドはため息をつく。
「……君は子供の頃からそうだ。お人好しが過ぎるんだよ。まぁ勿論その可能性も政府は考えたさ。でも、肝心の後ろ盾の手掛かりが見つからず、そもそも後ろ盾という存在自体いるのかどうかも分からないんだ。それに、危険予知課の話によると、エルフ達は明日の明け方にでも攻めてくるらしい」
クラウドは窓の外を見る。
「もう猶予は……残っていないんだ」
その表情は、少し強張っていた。
「クラウドも……行くんですか?」
「ああ、僕ら高等魔術課は既に生徒も含め全員が臨戦態勢に入っている。政府の軍隊は既に動き出しているそうだ。我々が招集されるのも時間の問題だろう。なに、心配はいらないさ」
怪訝そうな表情を浮かべる私に、クラウドは無理矢理笑って返した。
「そう……ですか……」
二人はゆっくりと廊下を歩き出した。
しばしの沈黙が訪れる。
窓の外は、鮮やかな黄昏に染まり始めていた。
「一つ、お願いしても?」
沈黙を破るように私は口を開いた。
「……何だ?」
クラウドは前を向いたまま言う。
「もし戦いに行くのなら、できるだけエルフの方々を傷つけないようにしてください。それと……必ず皆で生きて帰ってきてください」
私ははっきり、力強く言った。
再び静寂が訪れる。
「…………ぷっはははは!」
しばしの沈黙の後、クラウドは突然笑い出した。
「なっ……何がおかしいんですか!」
「ははは、いや申し訳ない。君がいつも以上に真面目な事を言っていたもんでね」
「わ、私は真剣に言っているんですよ!?」
「いや、勿論僕も真面目さ。エルフは傷つけない。君の言うことに間違いは無いからね」
何はともあれ彼が納得してくれたようで良かった。
「それに……幼馴染を置いて死ぬわけにもいかないからな」
「え?」
彼が何か小声で呟いたが、聞き取れなかった。
「あ、いや何でもない。それじゃあ僕はこれで」
そう言うと、クラウドは高等魔術課棟へと走っていった。
「あ、ご、ご武運を!」
果たして彼に聞こえただろうか。
日はすっかり落ちて、辺りは薄暗い闇に包まれた。
いよいよ明日、夜明けと共に戦争が始まる。
* * *
ここまで読んだところで、顎鬚を生やした男はううむと唸り、原稿を無造作に放り投げた。
「どうですか……夏目先生」
僕、は険しい表情をして座っている彼、夏目漱一郎に恐る恐る訊ねる。
「どうといわれてもね君。私は小説家であって小説評論家ではない。君の作品をどうこう言える立場ではないんだ。ただ、一つ言いたいのは、君の書く小説は実に風変わりだ。そもそも何だよこのエルフとかルケミって。日本で言う妖怪の類なのか?」
そう言うと彼は目を細める。
「エルフ、というのはヨーロッパ地方で言い伝えられている『妖精』のようなものです。伝承では悪魔の使いとも呼ばれていると聞きました。そしてルケミというのは……
「あーもういい。何言ってるかサッパリだ」
僕は必死に説明を試みるが、夏目氏はそれを遮った。
「あのねぇ、今は大正なんだ。分かるか? 新垣。他の小説家の作品を見てみろ。君のような突拍子もない物語を書く人間なんてこの時代一人もいないぞ。まぁ、百年くらい経てば一つや二つは出てくるかもしれないが……コホン」
そこまで言うと、一つ咳払いをする。
「ともかく、だ。君の熱意は十分に伝わった。だがその前に私の助手である以上、そっちの仕事を優先させてくれ。ただでさえ新聞社に出す私の小説が遅れているというのにそんな物を出されても困るんだ」
「す……すいません」
「まったく……もう今日はこれで終わりだ。さあ帰った帰った。明日はちゃんと仕事をして貰うぞ」
「はぁ……」
帰り道、僕は大きくため息をついた。
夏目先生の助手になってから早一年が経とうとしている。
しかし、一向に自分の小説の才能は開花しない。
「僕には才能が無いのだろうか?」
僕は空を見上げながら、誰かがいるわけでもないのに問う。
だが、その問いに答えるのは朱色に染まる空の遥か向こうで飛んでいるカラスの鳴き声だけだった。
……もう、小説を書くのは諦めて普通の仕事に就こうか。
そんな事を考えながら山道を歩いていると、不意に横のスギ林から蜩の鳴く声が聞こえてきた。
「蜩……か。まるで、今の僕の気持ちを代弁しているみたいだ」
そう呟くと少し立ち止まり、点々と聞こえるその合唱に耳を傾けた。
もうすぐ、夏も終わる。
その時だった。
彼の脳裏に洪水の如く様々な情景と文字が流れ込む。
そしてその一つ一つの情報が複雑に構築され、やがて一つの塊へと変化していった。
「これは……そうか! この作品なら……今までに無いこの最高傑作なら……いけるかもしれない!」
反射的に地を蹴り、走り出す。
こうしちゃいられない。早く執筆をしなければ!
山道を全力で駆け降りる今の僕は風よりも速く、炎よりも熱く、そして、何よりも輝いていた。
今、彼の手にはペンという名の剣が握られていた。
後に彼の作品はこう呼ばれる事になる。
* * *
「ヒグラシの鳴く刻に」
「………………」
部室がシンと静まり返る。
私は無言で立ち上がり、小説を読み終えた佐藤の顔を殴った。
「ってぇ! 何ですか部長!?」
佐藤が顔を抑えながら呻き声をあげる。
「何ですか、じゃねぇよ! 完全にアウトだよこれ!! 色んな意味でアウトだよ!!」
思いっきりタイトルが被っている。あらぬ誤解を招きかねない。
「いやでも今回の話は俺の中でも中々良い感じなんですよ。海外留学してきた主人公が偶然有名小説家、夏目総一郎と出会い、様々な困難を乗り越えながら一流の小説家へと成長していくストーリー!! もう続編も書き始めていますよ」
佐藤が得意げに語る。
「まぁ一旦タイトルの話は置いておくとして……そう、内容! 何で物語の中に物語が入っていて更にその中に物語が入っているのよ! 何でファンタジー主体にしなかったの!? あっちの方の結末が知りたいわ!」
実際、佐藤の書くファンタジーはかなり出来の良い作品なのでそれが私の苛立ちを加速させていた。
「あーご希望があれば、また単品で作りますよ」
「そういう問題じゃねえぇ!」
「まーまー堀内~ アイツも昨日まで「スランプだー」とか言って全然小説手付かずだったんだしさ。大目に見てあげたら?」
関谷が話に割って入る。
「そうは言っても今回の文学誌は今月末の『灯火祭』に出す物なのよ? こんな中途半端な話で……ってそういえば関谷! あんた思いっきり〆切伸ばしてるでしょうが!」
「ゴメンっ あと一日…二日待って! 友達の顔に免じてッ!」
関谷がショートカットを揺らしながら手を合わせて謝る。
「……はぁ」
私はぐったりと机に横たわった。
こんなので果たして大丈夫なのだろうか?
「……でも、こいつらもやる時はやってくれるわよね」
私は、ざわつく部室を眺めながらふふっと笑うと、勢いよく立ち上がった。
「はいしーずーかーに! じゃあ次! 長月さん読んで!」
部室に部長の声が響き渡る。
灯火祭まであと二週間。
ここからが、正念場だ。
* * *
眠い目を擦りながら俺はパソコンに向かう。
時刻は午前一時を指していた。
現在、俺はネットカフェの一室にいた。
まさか小説を書く為にネカフェに行ってた、なんて事誰も考えないだろう。
それにしても3時間800円は一人暮らしのお財布には少々キツい。
なんだかんだで9時間粘って、ようやくここまで書き終えることができた。
大体、五月の文化祭でもう出展っていきなりハード過ぎです誰か助けてください。
「よし、これで完成っと。あぁー眠い。もう無理だわこれ。早く帰りたい」
大きく欠伸をし、俺は上書き保存ボタンをクリックした。
マトリョーシカ 完成
いかがでしたでしょうか。
「物語の中に物語がある」という事でタイトルを『マトリョーシカ』にしてみましたが、特に深い意味は無いです。
ところで最初と最後が繋がってる、という部分にお気づきでしょうか。
その辺の仕掛けが分かってもらえると作者が喜びます。
それではここまで読んでくださってありがとうございました。