目覚めと対面 (改訂)
俺は肩口に走った鈍痛に目を覚ました。
「知らない天井だ」
家は木造だが、これは煉瓦か?上体を起こして周囲を確認する。体を動かす度に鈍痛が走ったが、あれだけの無理をしたんだ。死んでないぶんマシというものだ。
「見たところ、病院か何かか?」
「ギルド備え付けの治療室ですよ。目が覚めたんですね、良かったです」
「貴女は?」
その女性は何故か窓から侵入してきた。恐らくはギルドの人間で清潔そうな白衣を纏っていることから治療師なのだろう、と予想してみる。
「私はエミリ。君の治療を任されたしがないギルドの受付兼ギルド専属の治療師よ」
「それは・・お世話になりました」
「いえいえ。私も君を治療できて良かったわ。眼福だったもの」
後半聞こえてますよ・・まあ、どこまで見られたのかは男の沽券に関わるため、非常に非常に気になるが一旦頭の隅に寄せて現状の確認を済ませてしまおう。
「俺、何日寝てました?」
「三日よ」
三日か、随分寝てたんだな。道理で腹が空いているわけだ。一日程度なら飲まず食わずで大丈夫な俺の胃もさすがに悲鳴を上げていた。
「あー、お腹減ってるところ悪いんだけど、私についてきてくれる?君が起きたら部屋に連れてこいってギルドマスターが煩くてね。さっさとくたばらないかしら」
物騒だな。明らかな問題発言だが、やはり突っ込むのは止そう。こういうのはヤブヘビだ。黙ってエミリさんに追従する。
「外に出るんですか?」
「ギルドの治療室って言っても、独立してるの。隣り合わせではあるけど」
怪我人を搬送しやすいように、ということらしい。本館の方は昼頃ということもあって冒険者の数もまばらで大勢から注目を浴びる事態にはならなかったものの、エミリさんに懸想しているっぽい冒険者数人からは殺気を頂戴した。勘弁してほしい。
フロントを通り抜け、2階への階段を上る。案内されたのは最奥にある部屋だった。言わずもがなギルドマスターの部屋である。扉の前に立っただけで冷や汗が半端ないんですが。なんで部屋の中の人、威圧感をむき出しにしてらっしゃるんだろう。先ほどの冒険者方の殺気が可愛く思えてくる。
「エミリさん、中の人、大分機嫌悪そうなんで今度にしませんか」
「本当に機嫌悪くなるから大人しく入ってくれない?」
「いやいや、そもそも俺はパンピーっすよ。一般ピーポー。ギルドマスターに呼び出しくらうような大層な人間じゃねぇです。あ、用事思い出したんで帰るっす」
「急に小物臭くなったわね。この世の中にギルドマスターの威圧受けて平然としてるパンピーはいないわよ」
いやいやまさか、現在進行形で膝がガクブルしてる。それでも平然としている風に見えるならば、それはきっと先日目撃した飛龍の存在が大きい。あれで、多少の耐性がついたのだ。あくまで、多少だけど。飛龍にしてもギルドマスターにしても対峙すれば、骸になるのは俺の方ってわかる分、やっぱり怖い。結局、威圧を収めたギルドマスターのお声が掛かるまで耐久した。
部屋の中は執務用の机や本棚が置いてあるだけで意外と質素な印象を受けた。だが対面して改めて思う。まだ俄の域をでない俺とは比べ物にならない。ギルドマスターは幾度も戦闘を経験し死線を掻い潜ってきた歴戦の戦士、間違いなく、そう称される者達の一人だ。二階に上がる際、ロビーで見かけた冒険者達とは違う。身体から滲み出る覇気も身に纏う風格も一線を画している。
「早速本題ですが、一般ピーポー代表の俺に何用ですか?」
「ここらで最も危険な魔物、鬼熊を農業用の鉈で殺した人物がよもや一般人を騙るとは驚きだ」
「俺は農民の息子ですよ。十分一般ピーポーです」
「だが君は最適化の儀式を受けていないのだろう?」
「儀式?初耳なんですが」
「まあでも、儀式の効果は名前そのままよ。戦闘向きに身体をつくりかえるの。けど、これを受けているか否かで大分違うわ」
エミリさん曰く、数値で言うと1.5倍~2倍ほど差がでるらしい。
「過去、儀式を受けずに魔物を殺せた者は数多存在するが、あくまでゴブリンなど比較的弱い部類の種だ。然るに君が倒した鬼熊はギルドの定めた討伐難度で言うとC+からB相当。過去に類を見ない功績だ。そんな稀代の新人と面識を持とうと思うのは至極当然ではないだろうか」
「買いかぶり過ぎです。運がよかっただけの奇跡ですよ」
「奇跡は自ら手繰り寄せるもの。それに運も実力のうちだぞ。それでだな、君にはこれを渡しておこうと思ったわけだ」
そう言って手渡されたのは一枚のカード。材質は金属。
「これは?」
「冒険者の身分証明書(仮)だ」
「(仮)ですか?」
「うむ。近年、若い冒険者の死亡率の高さが問題になっていてな。冒険者ギルドの方でも初心者講習やベテランの冒険者による戦闘技術指導という形で対処を試みてきたが、どうにも成果が上がらなかった。若い冒険者には貴族出身のものもそこそこいたこともあって、国と冒険者ギルドで話し合いが持たれ、冒険者学校なるものが出来た」
「つまり冒険者を資格のいる職業にした、と」
「そういうことだ。だからと言って、戦える人間を資格がないからと遊ばせておくわけにもいかない。魔物が増えている以上、狩り手は多い方がいいからだ。そこで登場したのが、それだ」
手元の冒険者の身分証明書(仮)に目を落とす。
「いわば、討伐許可証だ。と言ってもゴブリンの討伐依頼レベルのものしか受けれんがな」
一般に一番多い魔物被害はゴブリンによるものだ。奴らは個々のスペックの低さをその繁殖力による数で補う。暗にやれ、と言われてる気がする。
「一応、身分証明の役割も持っているが、それが使えるのは国内のみだ。冒険者学校の入学費はそこそこ掛かる。しっかり狩って、しっかり稼いで、資格をとってくるといい」
「了解しました」
一礼してから、エミリさんを伴って部屋を出た。
「途中から、私空気だったわ」
「腹が減りました」
とりあえず、エミリさんに食事をごちそうになった。冒険者(男)の視線が痛かった。