デモーター
「着いたよ、ここがあたしの家」
ジェイドは黒尽くめの男を、自分の住処まで連れてきた。
そこは、巨大な汚らしい建物だった。
中に入ると、建物の中は迷路のようになっている。
入り組んだ狭いコンクリートの通路を迷うことなく進みながら、ジェイドは通路の途中に気まぐれに現れる階段を上がり、上へと登ってゆく。
通路は蛍光灯の弱々しい光で照らされ、カビと生ごみの混ざったような匂いがしてくる。
二人は錆び付いた鉄の扉のうちの一つの前で、足をとめた。
扉を開けると四畳ほどの一間が現れる。
ジェイドは灯りをつけた後、小さな窓を勢いよく開け放った。
9階なので、涼しい夜風が吹き込んでくのがせめてもの救いだ。
「汚いけど、楽にしてね」
男は部屋を見回した。
そこは少女が住む部屋には到底思えない。
最低限の生活品しか置いてないにも関わらず、むき出しのパイプや配線で、ごちゃごちゃした印象を受ける。
ジェイドは保冷庫から栄養成分入りのミックスジュースを2パック手に取り、男が腰を下ろしている床の隣に座る。
「あたしはジェイド、あんたは?」
ミックスジュースを男の方へ突き出し、自分はそれを飲みながら言う。
弱々しいランプの光がジェイドのオレンジ色の髪を照らす。
緑がかったグレーの瞳は、好奇心をめいっぱい浮かべている。
「レオ」
男は暗闇では黒尽くめに見えたが、ランプの下で見るとグレーの見慣ぬ服を着ている。
ダークブラウンの髪を、真ん中で分けたその髪型も、ここらでは見慣れない。
「レオ、なんで私を助けたの?」
ジェイドは真剣な眼差しで尋ねる。
「さあな、なんでだろうな」
レオは宙を見つめたまま言った。
「あんたって、何者?」
ジェイドはレオの服にそっと触れた。
触り心地が良く、張りのある布。
第三地区ではどう頑張っても手に入らない代物だ。
物珍しそうに、その感触を味わう。
「この服、第三地区のじゃない、すごい上等」
レオは溜息をついた。
ジェイドははっとしたような表情を浮かべた後、口を開いた。
「落ちぶれた者」
落ちぶれた者とは、財産を失うあるいは犯罪を犯すなどして第一地区を追放された人間の事を指す。
「もしかして、そうなの?」
「ああ、そうさ」
レオはあっさりと認めた。
衝撃を受けながらも、ジェイドは前よりも一層、レオに興味を持ったようだ。
「何をして、追放されたの?」
一息ついてから、レオは口を開いた。
「人を殺した」
うっ、と言いながらジェイドは身をそらす。
「それ、マジ?」
困惑顔のジェイドを見据えながら、レオは頷く。
「あたしは殺人鬼に命を救われたんだ」
「ああ、もう目の前で人が死ぬのを見るのは嫌なんだ」
レオは心底疲れた表情で言った。
ジェイドにはその憔悴した表情は、到底演技をしてるには見えなかった。
「そう、それはすごくいい心がけだと思うよ」
目には警戒を浮かべ、声には同情を含ませながら、言う。
「いつから第三地区に住んでるの?」
「つい、4日程前から」
「わーお、私に何か出来る事はある?」
それまでどこかぼんやりしていたレオは、急に焦点があった真剣な目つきになった。
「住むところを探してるんだが……」
命の恩人の役に立てると重い、ジェイドは張り切る。
「まかせて、嫌じゃなければこの建物に住むのはどう?身分証明ができなくても住めるし、安いよ。難点は、汚いのと、うるさい所かな。そう言えば、隣の部屋の人、一週間前に引っ越してたような……」
そういうと、ジェイドは立ち上がり、外に出る。
すぐ隣の部屋のドアをドンドンと騒がしく叩くが、中から返事はない。
ドアには鍵がかかっておらず、開けると部屋は真っ暗のがらんどうだった。
「ここに住めるよ、明日この階の管理人に紹介したげる」
「ありがとう、恩にきるよ」
そう言われると、ジェイドは歯を見せて笑った。
「以外と役に立つな、このチビを助けておいて良かったぜ」
ジェイドは一瞬驚いた顔をしたが、相手がふざけているのが分かると、しかえしに笑出しそうなレオのわき腹を一発殴った。