後編
よかったー、ホワイトディまでに書き上がって。
一時は、間に合わないかとハラハラとしましたが。(自分のことだろーが)
今回はクライマックスでキッチリと落ちてますよ、えぇ!
どうぞ、お読みくださいませ。
『サヴィトリー・ダキーニー』という名の紫色の無形生命体が退出すると、途端に招子の宇宙船の船内は静まり返った。
「慌ただしかったなぁ」
ダン教授はヘルメットの内側に額を当てて、珍しく疲れた表情を見せた。ダン教授にしては珍しく、かなりの緊張を強いられていたらしいことに、僕は少々驚いた。
そりゃそうだな。DPPPDの試運転だとか言ってたし、もしそれに何かがあれば、定期報告どころではないから。考えてみれば、星間交流の大事な役割を果たしていることを、たぶんダン教授は十分に意識されてのことなんだろう。だから、その心労は計り知れないほどのものだろう。僕なんか考えも及ばないくらいの。
「ダン教授、早過ぎるのも考えモノね」
夏美は、相変わらずの夏美ルックで疲れも見せずに、招子の入っていたボックスの角に腰を下ろして佇んでいた。ガイノイドだから疲れないと言えばそうだけど、それを口にすると夏美に突っ込まれるから、僕は黙っていた。
夏美も今のところ、正常に機能しているみたいだな。僕の着ている、このペラペラなスペーススーツでGCRが防げるくらいだから、夏美のボディコーティングでも十分なんだろう。
「ホントだな。宇宙空間を旅行したという気分は全く無いな。一万五千光年をたった七分で通過してしまうのは、ちょっと気分が出ないなぁ」
ダン教授はちょっとガッカリした雰囲気だった。
何ですか、その態度。そういう問題なんですか、それ?
経過時間の問題? それはまるで、漫才の「間」の取り方を研究しているっていう感じにしか思えないんですけど?
僕自身の理解力を超えた、あまりにも進み過ぎたその科学力に、もう魔法のようにしか思えなくなっていた。
「タカシ助手はどう思うかね?」
ダン教授は、魔法にしか思っていない僕に意見を求めてきた。
僕は、自分のバッグから携帯電話を取り出して時刻を見た。
高速艇からカプセルに乗り移ってから半日、地球を出てからまだ三時間ほどしか経ってなかった。
「確かに、時間経過的にはあんまり宇宙旅行という気分ではないですねぇ」
僕は正直な感想を口にした。
ダン教授は腕組みをして考え込み始めた。
「そうかー、そうなのか。あまりにも早過ぎて、有り難味が無いということだな」
あ、いや、だから、そーゆーことじゃないと思いますよ、絶対に。
そうじゃなくて。
あまりにも洗練され過ぎてるんですよ。
このスペーススーツにしろ、招子のこの宇宙船にしても、スマートに決め過ぎなんですよ。
僕は、自分の携帯電話を繁々と眺めていて、ハッとした。
「あ、やべ。すっかり失念していました」
やらなければいけないのに忘れていて、今だにしていないことを思い出したのだ。
「どうしたの?」と夏美。
「何を忘れたというんだい?」とダン教授。
二人に真剣な顔で見詰められて、少したじろいだ。
だが、モジモジしていると余計に怪しく思われるぞ。
とっとと白状しておくに越したことは無い。うん、うん。
「実は、ダン教授に頼まれた『侑華先生へのお返し』の件ですが、何の段取りもしてなくて……。すみません」
二人は「なーんだ、そんなことか」といった風体で、少々落胆した顔を僕に見せた。
「そのことなら、クシ教授のところの優美子女史に頼むといい。メールでも送っておけば、何とかしてくれるだろう」
「はい、分かりました。そうします」
ダン教授にそう言われて、持っていた携帯電話ですぐにメールを送信した。
宛先:優美子さん
件名:お願い
本文:
優美子さんにお願いがあります。
ダン教授が朝霧侑華先生に、バレンタインのお返しを送って欲しいと僕に依頼されました。
申し訳ないんですが、九百八十円で三枚入りの派手なパンツでいいですから、ダン教授の名義で侑華先生に発送していただけませんか?
何卒よろしくお願いします。
タカシ助手
さすがに一万五千光年も離れていることを実感する、この『送信中』の表示。
五分ほど掛かっただろうか、やっと『送信中』の表示が消えて『送信しました』の表示に変わった。
「よし! これでバッチリです」
僕は晴れやかに周りを見回したが、ダン教授は招子の宇宙船の機器類のチェックをしており、夏美は持ち込んだ荷物を点検していた。
何だよ、僕ってそんな存在? 助手って何?
……あ、いやいや、何事も受け入れなきゃ。
僕はぐっと我慢した。
ぐっすし。
また、スペーススーツの除去装置が水分を吸い取ってくれたようだ。
突然、夏美が難しそうな表情になった。
「あ、招子から連絡。そろそろ式典が終わるって。もうすぐ招子が、いや、サヴィトリー・ダキーニーが迎えにくるから、搭乗口で待機して欲しいそうよ」
「相分かった。それでは早速向かうとするか」
ダン教授はゆっくりと腰を上げて、搭乗口に向かって歩き始めた。
夏美が僕に先に行くように手招きをした。
「アンタは『助手サマ』だよ、先に行くのが筋ってもんでしょ」
僕は夏美の心使いがちょっと嬉しかった。
やっぱり、夏美だな。こーゆーことを分かっているところが憎らしいんだよ、うん。
「殿はあたしが務めなきゃ、やっぱ、ダメでしょ」
そーゆー意味か。
確かに僕では役に立たんわ、ははは。
ぐっすし。
搭乗口まで来ると、招子であるサヴィトリー・ダキーニーよりもずい分と大きな、紫色の無形生命体が待ち構えていた。
何かを語り掛けているらしく、持ち上がった紫色の先端がクニャクニャと動いていた。
後から夏美の声がした。
「これからは夏美が同時翻訳をします」
ダン教授と僕は夏美の案内にうなづいた。
そして、夏美は目の前にいる紫色の無形生命体の言葉をテレパス感受装置で翻訳した。
「我が星『ガネーシャ』へようこそ。我々は貴方達太陽系人を歓迎致します。どうぞ、我々の歓迎をお受けくださいませ」
その紫色の無形生命体は向きを変えると付いて来いというジェスチャーのようにその紫色の先端が動いた。
「私は王女様の執事『アリムタ』と言います。私がご案内します。どうぞ、こちらへ」
それを暗示したかのように、夏美の翻訳音声も同意だった。
うむ、なになに? 「王女様の執事」だって?
誰なんだ、王女様って?
え、まさか!
そんなことをツラツラと考えていたら、執事「アリムタ」の後を付いて歩いているダン教授がポロリと呟いた。
「ステーションBは、どうやら銀河連邦からの貸与機材のようだな」
へぇ、そうなんだ。彼らガネーシャの、紫色の無形生命体が造った訳ではないのか。
「彼ら自身にこのような物理的なモノを作れる技術は無いに等しい。精々土の山を作るのが関の山だ。だが、精神感応力とそれを基に発達した精神文化とその積み重ねは、我々の地球でいうところの哲学を遥かに越えているのだ。だから決して彼らのことを見下してはいけない。だが、必要以上に怖がることはない。分かったな、タカシ君」
ダン教授は前を向いたまま、いつもとは違う重々しい口調で僕に諭した。
「はい、分かりました。肝に銘じます」
僕は気を引き締めた。
「うむ。よろしい」
ダン教授の重々しい納得の返答が、僕の気持ちを更に引き締めた。
そうでなくても「王女」の言葉にビビリ始めてますけど。
しばらく歩いてゆくと、ステーションの節に当たる『セクション』の広い空間に出た。
その先には、たくさんの紫色の大きな無形生命体が列を成していた。
一番手前に、小さくて紫色の薄い無形生命体がこちらに向かって動いていた。
夏美が同時翻訳を開始した。
「ダン教授、タカシ助手様、夏美、ようこそ、私の星『ガネーシャ』へ」
どうやら、小さい無形生命体は、招子、いやいや、サヴィトリー・ダキーニーのようだ。
「王女様、丁重にお連れ致しました」
あちゃー!
やっぱり、そーだったか。
招子、いやいや、サヴィトリー・ダキーニーは王女様だったんだー!
「ありがと、アリムタ。いつも私の無理を聞いてくれて、ホントにありがとう」
「王女様、それが私の仕事ですから」
セリフだけ聞いていると、微笑ましい主従関係の会話に聞こえるが、僕には大きくて色の濃いサツマイモと、小さくて色の薄いサツマイモが無言の会話をしているようにしか思えなかった。
そんな感想を抱いてボケーと突っ立っていると、ダン教授が肘鉄を食らわした。
「おいっ!ガネーシャ国王のお出ましだ。立て膝をして頭を下げよ!」
僕はダン教授の肘鉄を食らったために、その場でぶっ倒れてしまった。
そして、この姿勢から素早く起き上がって平伏すには、あのポーズしかなかった。
そう、僕は「土下座」をしたのだった。
「ま、その姿勢でもいいぞ。相手はまさしく水戸のご隠居、もしくは八代将軍と同じかそれ以上の身分だからな、ククク」
ダン教授は、漏れ笑いをしながらそう言った。
どうせ、僕は江戸時代の長屋暮らしの庶民ですよーだ。
「お父様、お母様、さぁ早く早く、こっち、こっち!」
アリムタの三倍近い大きさの無形生命体と、更にその二倍、つまりアリムタの六倍の大きさの無形生命体が、ゆっくりとこちらに近づき、目の前で並んで停まった。
僕は緊張の余り、既に震え上がって膝はガクガク、腕はワナワナしていた。
「三度、お逢い出来まして、光栄に存じます、ディーヴァ・ダギーニー国王様、そしてマイトレーヤ・ダギーニー王妃様」
ダン教授が口上を述べた。
え? 再びでなく、三度だって?
もう過去に二回もここに来てるってことなの?
「ダン教授殿、いつも娘がお世話になっております。わがままな娘で迷惑ばかりお掛けしております」
ちらっと見上げてみると、小さい方の無形生命体の先端が動いていた。
え? 小さい方が国王様?
え、え? じゃあ、大きい方がひょっとして……。
「ダン様、硬いご挨拶は抜きよ。早速、お土産をいただきたい程よ、おほほほ」
今度は、大きい方の無形生命体の先端が動いていた。
や、やっぱりー。大きい方が王妃様で、招子のお母上様なんだー。
「あら? この方は初めての方ね」
僕はヘルメットを地面に擦り付けて、完全に平伏していた。
「ダン教授の助手を勤めることになった『タカシ』様です。今回は、彼がお母様のためのお土産を選んでくださったのよ」
招子であるサヴィトリー・ダキーニーが、僕のことを丁寧に紹介してくれた。
「あら、そうなの。それは嬉しいわ。顔を見せてくださいな」
夏美の翻訳を聞いてからおずおずと顔を上げた。
すると、招子の大きさからいうと十倍以上の紫色の無形生命体の、微妙に点滅した先端が、僕の目の前にドカンとあった。
僕はかなりビビッたが、あまりにもビビリ過ぎて動くことが出来なかったことが功を奏したようだ。
「あら、なかなかいい男じゃない。サヴィトリーが惚れちゃうかも。……なんてね」
お母上様、冗談がキツイですよ。冗談が。
僕の右のほっぺがピクピクしてます、えぇ。
また、目から水分が出たけど、ありがたいよ、このスペーススーツ。
またスッカリと除去してくれましたよ。
ぐっすし。
「はい、お母さん。お土産を持ってきましたよ」
夏美はいつの間にか宇宙船に戻り、一辺五十センチメートル角の立方体ジュラルミン密閉ケースを抱えて戻ってきた。
「この中に、タカシ助手サマがコンビニで買った、十個のスィーツが入ってますよ」
おいおい、何もさ、言わなければ分からないことを言わなくても。
コンビニで買ったとか、十個のスィーツとか。
具体的なことは言わなくてもいいんだってばさ。
「あーらー、嬉しいわー」
そう言いながらお母上様は、無形なだけに自由に変形して紫色の触手を二本を突き出して、夏美からジュラルミンケースを受け取った。
しかし、なんでジュラルミンのケースに入っているんだ?
僕は入れた覚えが無いぞ。
それにケースは密閉仕様のようだ。どうして密閉する必要があるんだろう?
「実はな、この星の大気組成には、亜硫酸ガスと硫化ガスが混じっているのだ」
ダン教授は、僕のヘルメットに自分のヘルメットを押し付け、振動で会話を伝達していた。
「亜硫酸ガス、つまり二酸化硫黄については食品の保存料や漂白剤として使用されているが、それは地球ではPPMのオーダーだ。ここはそんなレベルではない。それに、硫化ガス、つまり硫化水素との食品の味についての研究は行われていないので明確なことは言えないが、それが原因で味が落ちているのではないかと考えてな。今回は食べる直前まで密閉して届けようということになったんだ。タカシ助手クン、理解してくれたまえ」
ダン教授のより詳しい説明に、僕は大きくうなずくしかなかった。
招子のお母上様は器用にジュラルミンのケースを開けて、中に入っているコンビニのビニール袋を開けて、十個のスィーツを並べた。
クリームたっぷりエクレア
生クリーム仕立てのクレープ
純生クリームカスタードシュー
ふわふわワッフル
なめらか仕立ての濃厚杏仁
香り広がる深煎り珈琲ゼリー
至福の口どけ水ようかん
つるっとわらび餅
ホイップクリームオニ盛プリン
ひと巻きロールケーキ
「うーん、どれも美味しそうで、いつもながら天にも昇る気分だわ。あら? よく見ると、この中にあたくしの大好きなものが無くてよ」
僕はドキッとした。
やべぇ、やべぇよ、きっと!
ぼかぁ、殺されちゃうかも。
「あたくし、チーズケーキに目が無いのよ。あたくし、開けても暮れてもチーズケーキのことばかりを考えてるの。今回も楽しみにしていたのに……。とっても悲しいわ」
そう言って、その紫色の先端が僕の方を向いていた。
ひぇぇぇ! ゴメンなさーい!
そんなつもりじゃなかったんですぅ。
ただ、ただ、予算と時間がなかっただけですぅー。
「お母様、御免なさい。私がタカシ助手様に、そのことを言わなかったので、その中に入ってないのよ」
招子は、僕の代わりに説明してくれていた。
「すみません、気が付かなくて。申し訳ございません」
僕は、もう一度土下座をした。
すると、僕の目の前にあった紫色の先端は、すっとスィーツが並んでいる方へと移動した。
「いいわ、許してあげる。わざわざ、あたくしのために買ってくれたんですものね。次回はよろしくお願いしますね」
僕はスクッと顔を上げて返事をした。
「はいっ、わっかりましたー!」
招子の薄紫色の先端が揺れていて、笑っていることを直感で僕は感じていた。
僕はホッとした。
次の時は、チーズケーキばっかりにしてやると心に誓った。
「そうか、彼女の好みは『チーズケーキ』だったのか。納得したぞ」
不意にダン教授の声がした。
「イマイチとか、味が落ちるとか、それは要するに『チーズケーキが食べたい』ということだったんだな。ははーん、なるほど、なるほど」
ダン教授は腕を抱えて眉間にシワを寄せていた。
「奥が深い」
その一言を残して、宇宙船へと戻っていった。
奥が深い、だって?
単に「わがまま」でしょ、それって。
結局、亜硫酸ガスとか硫化ガスとかは関係ないってことだった訳で。
「んまぁ、なんて美味しいんでしょ、この杏仁は。あたくし、とろけちゃうわー」
遠くで、王妃であるお母上様の美味しい口上が何時までも響き渡っていた。
ディーヴァ国王とマイトレーヤ王妃にあいさつをした後、ダン教授と夏美、そして僕は宇宙船に戻った。
戻ったといっても特に何かをすることは無い。
残りの三日間、僕は実に暇だった。
飲み食いもしないで済むのだし、せいぜい寝ることだけだ。
ダン教授は宇宙船やステーションBの機器で観測を行ったり、またガネーシャの科学者、もっともガネーシャでは「僧侶」というらしいが、彼らと精神文化の交流を行っていたようだ。
夏美は船外活動を行って、ステーションBの補修、特に物理的な修理を行っていたらしい。
「君はとにかく、こういった環境に心を慣れさせることだ。じっくり考えることも必要だぞ。すぐに答えの出ない問題はこの世にたくさんあることを身に染みて感じたまえ」
ダン教授はそう言ってくれた。
確かにそうだ。
僕は地球の、それも日本の常識しか知らない。
この機会に何でも受け入れられるようになっておこう。
まだ無理かもしれないが。
サカツキ教授の言っていた「先ずは受け入れろ」って言い得て妙だと、しみじみと感じていた。
地球に帰る日となり、アリムタを伴ってサヴィトリー・ダキーニーが宇宙船に戻ってきた。
「お父様とお母様に『行ってきます』って言ってきました」
心なしか寂しそうな、サヴィトリーの紫色の先端だった。
「王女様、お寂しいのは国王様も王妃様も同じでございますよ」
「うん、そうね。あたしはガネーシャの英雄なんだから、にこやかに出発しなきゃね」
小さい無形生命体は、紫色から青っぽく変化していた。
「そうでございますよ、王女様。その勢いでお出掛けくださいませ。次回のお帰りを楽しみにお待ちしております」
アリムタがそう言うと、大きめの無形生命体がスルスルと足早に搭乗口の方へと去っていった。
「アリムタったら。それでは、地球に向けて進行します。でも、ものの十分で着いちゃいますけどね」
そう言うと、小さい方の無形生命体は、銀色の部屋の中央の箱の中に収まった。
その蓋を閉じてから、夏美はこう言った。
「同時通訳を終了します」
すると、スクリーンには懐かしい招子の姿が現れた。
いやー、懐かしいよ。
ダン教授と夏美以外はぜーんぶ、サツマイモのお化けばっかりだったから。
「オートパイロット作動。ステーションBのドックポートより離岸します」
軽快な招子の声が船内に響いた。
「DPPPDを作動させます」
「よし、地球に帰ろう」
ダン教授は静かに言った。
「はい」
それに対して、招子が静かに返事をした。
なぜか、僕は名残惜しい気持ちが心の中に湧いてきた。
あぁ、これが旅情なんだろうか。
ちょっとしんみり。
それでも、スペーススーツの除去装置は容赦なく僕の目から出た水分を消し去ってくれたのだった。
「地球に到達。父島沖十キロメートル海底の格納庫内に到着しました」
「お、やっぱ、早いなぁ」
ダン教授は呆れた声で叫んだ。
「先ずは除染だ。招子クン、コスモ・クリーナーFⅡを動作させてくれ」
「了解」
プルトニウムを吹き飛ばした時に使った万能除去装置ですね。
この船にも搭載してあるんですね。
「当たり前じゃ。硫化ガスと亜硫酸ガスを除去せんと、こっちが死んでしまう」
「夏美さんお願い」
招子は夏美を呼んだ後、中央の箱の蓋が開いた。
「了解」
夏美は招子のぬいぐるみを箱の近くまで持っていくと、紫色の無形生命体はスルスルと中に入っていった。
すると萎んでいた身体は膨らみ、目にはあの紫色が戻ってきた。
「やっぱり、地球ではこの方が動き易いですね。次回はガネーシャでもこの格好で居ようかしら?」
「ご両親がビックリするかも」
招子の問いに僕がそう言うと、夏美が突っ込んだ。
「前回はその格好だったもんな。結構好評だったんだぞ」
あ、そーですか。
どーせ、僕は今回が初めてで、何も知りませんでしたよーだ!
「それでは船外へ出て、お迎えを呼ぼうかのぅ」
そう言ってダン教授が搭乗口から出て行くと黄色い声が聞こえた。
「ダンちゃーん、おかえりなさーい!」
「な、な、なんだ、お前は!」
あの声は、あの裏返った、上擦った声は!
え、まさか、まさかでしょ?
あの朝霧侑華先生?
何で? どうして?
僕は慌てて、船外へ出ていった。
予想は見事に当たった。
朝霧侑華先生が、ダン教授に首っ丈で抱き付いて離れない様子だった。
「ダンちゃん、ありがとう。あんなにたくさんのパンティを送ってくれて。とても一年じゃ穿き切れないわ。あたし、どうしましょ。それもね、ダンちゃん、聞いて、聞いて。全部のパンティに「ダン教授」って名前が入っているのよ。嬉しいじゃないの、もう。ね、ね、今日も穿いてるのよ。ね、見る? 見たい? ねぇ、どうなの?」
侑華先生の饒舌は止まらない。
ダン教授は宇宙船の周囲を逃げまくった末に、この格納庫にTGがあることに気付いた。
「TGだ。ここから逃げるぞ!」
そう言って、ダン教授はTGへと姿を消した。
「待ってー。待ってよー、ダンちゃーん」
侑華先生もダン教授を追ってTGへと姿を消した。
「どうなってるの?」
ちょうど、そこに居合わせていた優美子さんに訊いてみた。
「どういうことですか、あれ?」
僕の言葉が信じられないような口ぶりで、逆に問い返された。
「だって、君から来たメールの、その通りに、侑華センセにホワイトディのプレゼントを贈ったわよ」
それでも僕は納得出来ないでいた。
その様子を見て、優美子さんがメールを見せてくれた。
「あたしに来たメールはこうだったわよ」
送信:タカシ助手
件名:願い
本文:
優美子さん、お願い。
ダン教授が侑華先生に、お返しを送って、と依頼され。
申し訳ない、九百八十枚、派手なパンツで、ダン教授の名入りで、発送して。
よろしくお願い。
タカシ
僕はビックリした。
全然違ってるじゃないか!
「嘘ですよ! こんなメールじゃないです。こういうメールのはずですから」
僕は優美子さんに送信したメールを見せた。
宛先:優美子さん
件名:お願い
本文:
優美子さんにお願いがあります。
ダン教授が朝霧侑華先生に、バレンタインのお返しを送って欲しいと僕に依頼されました。
申し訳ないんですが、九百八十円で三枚入りの派手なパンツでいいですから、ダン教授の名義で侑華先生に発送していただけませんか?
何卒よろしくお願いします。
タカシ助手
「あら、全然違うわね」
優美子さんはニッコリと笑っていた。
「笑いごとじゃありませんよっ!」
僕は真剣だったが、優美子さんは相手にしてない様子だった。
「いいじゃないの、それはそれで」
僕はしおしおのパーになりそうだった。
「これは、長距離送信によってエラー訂正が追い着いてなくて、情報が抜け落ちたのが理由だな」
どこかで聞いたことのある声だと思ったらサカツキ教授だった。
「でも、この間違いのお陰で、ここも便利になったんだから文句は言えまい」
え? それってどういうこと?
その前に、フィーンド・パレスの住人が揃いも揃って、こんな辺ぴな場所に来るなんて。
「あれ? サカツキ教授まで。遠くて大変だったでしょ?」
サカツキ教授は首を振った。
「いや、そんなことはないよ。朝霧侑華学長が、ここに慌ててTGを作ったからね」
僕は格納庫の正面にTGがあることに気が付いた。
「ホントだ。TGがあるよ。ビックリだ! このTGって余程の理由がないと許可が下りないんでしょ、確か?」
「あぁ、そうだよ」
「じゃ、なんで?」
「侑華学長、九百八十枚のダン教授の名前入りパンティにいたく感動してね、『ダンちゃんの格納庫にTGを造りなさいっ、今すぐ!』っていう鶴の一声だったそうだ」
僕は頭を抱えた。
「ま、いいじゃないか。『漁夫の利』だと思いなよ。ダン教授にはしばらく女難の相に遭ってもらってね、ふふふ」
サカツキ教授は、僕の肩を叩いて励ましてくれた。
「ねー、もう片付けは終わったのー、招子ちゃーん、夏美ちゃーん」
優美子さんが二人に声を掛けていた。
「はーい、終わりでーす」
「終わりましたー」
二人の声に、優美子さんが応えた。
「それじゃ、新設されたTGでフィーンド・パレスまで帰りましょう。サカツキ教授も、そしてタカシ助手も。ねっ」
優美子さんはそう言って僕にウインクをした。
招子と夏美が優美子さんと一緒にTGに消え、そしてサカツキ教授も消えた。
最後に残った僕は、曇一つない銀色の、流麗で流暢な流線型の、招子の宇宙船をジックリと眺めてから、TGへとゆっくりと歩いていった。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
当初は一万文字程度のつもりでしたが、いざ書き始めるとキャラは動くわ、タイプは進むわで、二万二千五百文字余となりました。
前回と同様で、SF成分が多くてホワイトディの分量が少なくて申し訳ないですが。
面白かったと感じていただけたのなら、作者冥利に尽きます。
何か一言でも残していただけたら、嬉しいです。
ありがとうございました。