第1話「復活の日」
「これで全てが……」
床一面に描かれた発光する魔法陣の中心にいる「私」が呟く。
――何だ、これは?
私はこんな場所は知らない。
いや、しかし、でもこの魔方陣は。
痛ッぅ、頭がクラクラする。
「……………」
目を瞑った「私」の肩に真っ白い手が置かれた。
その手の持ち主は「私」の隣にいる黒のマントを着た顔にぼんやりと霧がかかっている男。
彼は肩に手を乗せたまま口を開き、何かを喋っていた。
「えぇ、そう。たぶん、そうなるわ。
でも、それでも、私たちは。
……大丈夫よ、私と貴方なら大丈夫」
「私」はその手に頭を乗せ、自らの手を重ねてそう言う。
次の瞬間に私の背筋が寒くなった。
「私」が男に抱きついてその顔を撫でていたのだ、愛おしそうに。
何だ、こいつは!?
「……………」
「私も愛しているわ、××」
「私」は私だ、こいつは!?
……こいつは?
いや、私は、「私」は、何を?
「…………」
「…………」
抱き合う二人を床に描かれた魔法陣の光が包み込んでいく。
「私」もまた光に飲み込まれてその空間から消えていった。
第一話 「復活の日」
(………!!……ろ!!……きろ、…じ…さま!!)
耳障りな声が頭の中を響いている。
(……うるさいぞ)
とても私は眠いのだ、寝かせておいてくれ。
それに、さっきまでとても気持ちの悪い夢を見ていた気がする。
もう一度寝て、今度こそ良い夢を見なくては。
こんな気持ちで起きるなんてとんでもない。
(そんな事で二度寝しようとすんなっ!!)
相変わらず頭の中でギャーギャーと騒ぐ声。
その声のお陰で、ゆっくりではあるが眠気は引いていく。
仕方なしに目を開けて見れば、そこには目を瞑っていたときと何も変わらない何処までも続く闇が広がっていた。
それと同時にぼんやりとしていた意識もまた覚醒する。
あぁ、そうだ。
私は確か、あの龍と一緒に世界から永久に消え去ったのだ。
……いや、それならばなぜ私は生きている?
(その声は糞杖か?
ここはどこだ?
イリアの奴らが言っていた地獄なのか?)
なぜか再び私の手の中に握られていた糞杖に問う。
(さてな、俺もまだよく分からん。
俺はご主人様より少し早く目覚めただけだからな。
とりあえず、魔法を使えるから地獄で無いのは確かだと思うが。
それと、魔法を使って周りを照らしてくれ。
どうにもここは魔素が薄くて、俺一人だと魔法が使えない)
(魔素が薄い?封地なのかここは?)
魔素とは世界に散らばる力の源。
一般の人間や魔族、亜人は魔法を使う際にそれを身体に取り込んで魔法という現象を起こすエネルギーにする。
しかし、私の場合はこの呪われた身体が魔素を生成し続ける為に大気魔素濃度に関わらず魔法を使える。
自分の身体から魔素を出し、手に光る魔方陣を創り出す。
その魔方陣の中からは数秒後に青く光る球が出てきて、私の周りを暖かな光で照らし出した。
(……洞窟か)
(……洞窟だな)
辺りを照らすとそこにあったのは沢山の岩と氷。
私が寝ていた辺りだけが氷の侵食が無く岩肌を晒しているが、それ以外の床は全て白い氷で覆われていた。
(糞杖、一つ聞きたい。
私の魔法は成功したか?)
(あぁ、それはキチンと成功したぜ?
ご主人様は早々に寝ちまったから知らないと思うが、最後には綺麗さっぱりだ)
なら、何で私はまだ生きている?
私の最後の魔法は極限圧縮転送魔法
物体を極限まで圧縮し、魔法誘導転送路から外れる程の高エネルギーを持たせて、故意的に転送事故を起こす魔法だ。
過去に失敗して行きかけた事があるからこそ分かるが、転送事故の行き着く先は「無の空間」。
幾ら不死の身体を持つ私でも完全に消滅する筈。
(ご主人様、色々と考えたいのは分かるが後で幾らでも出来るだろ?
とりあえず、今はこれからどうするかを考えた方が良い)
(……ふむ、確かにそうだな。
とりあえずはここから出よう。
封地では魔力回復が遅い)
封地、魔素を中に入れないように結界を張った空間。
お陰で『魔杖ジルニトラ』の優位性である、持ち主の影響されない自主的な魔力行使が不可能になっている。
それに浸透の問題から私の魔力回復を著しく妨げているのだ。
この場で襲われたりなんかしたら、今の私では軽く捕まってしまうだろう。
(おぅ、ならまずは家に帰ろう。あそこなら失った魔力を回復させる為の魔法薬のストックもある)
無言でその提案に頷くと、魔力を杖に流し足元に転送魔方陣を浮かび上がらせる。
記憶しておいた座標を魔方陣に入力し、起動魔力をぶち込むと蒼から緑へと色が変わり………?
(おいおい、座標までど忘れしちまったのか、ご主人様?)
(いや、あっている筈。……これは、向こうの座標が存在していない?)
感覚的には光の道が一直線に指定座標に伸びるのだが、その場所が存在しないとばかりに光の道が出てこないのだ
(何を馬鹿な事を。
制御を貸してくれ、俺がやってみる)
糞杖は制御を奪い、何度も試行しているが私と同じで繋がらないようだ。
嫌な予感に背筋に冷や汗が滲み出てくる。
……いや、まさか。
焦燥感にかれらながらも糞杖と一緒になって、覚えている座標を手当たりしだいに打ち込んでいく。
しかし、どれも駄目。
この世には存在しないとばかりに全てが弾かれてしまった。
(糞杖、とりあえず洞窟から出る。
外の様子を確かめたい)
(あぁ、俺もそう言おうと思っていた)
二人して無言となって、立ち上がり洞窟の中を歩き始める。
本当ならば上に向かって魔法をぶっ放して出たかったが魔力が心もとない今、慎重に動くべきだろう。
色々と悪戦苦闘しながら氷に包まれた狭い洞窟を探知した風を頼りに動き回る事数時間。
ようやく見えた優しい光の下に崖を上って外へと出る。
「…………」
そこに待っていたのは懐かしいと言える光景。
竪穴となっている洞窟から出た私を優しく包む青い光。
あの日と同じではない、小さな姿で私を「痛々しく穢された月」は見ていた。
「…………」
(…………)
私も糞杖も絶句状態で固まる
い、いや……こ、これはさすがにう、嘘だろう?
月とは魔法を扱う者にとってみれば最も重要な物の一つだ。
巨大な魔法石の塊のような物であり、照らす夜には眠る人々の魔力を癒し、そして地上の魔物を活性化させる存在。
具体例を言えば、魔法薬を作る時に月齢によっては同じ素材で調合方法でも完成品の効果は十倍近く違ったりするのだ。
そんな魔法の象徴でもあった月は今も私達を照らしてはいるが過去に感じていた膨大な魔力は何処へと消え去り、ただの宙に浮かぶ石となりつつある。
(おいおいおい!?俺はまだ夢でも見ているのか!!)
(…………)
しかし、これで一つの謎が解けた。
そもそもここは封地ではない、普通の土地なのだ。
月の魔力消失で魔素が活性化されない為に封地だと私は誤解をしてしまったらしい。
(冷静になれ、糞杖。それよりもっと不味い事が分かった)
(そ、それより不味いって、月があんな事になっていてあれより不味いっていうのか!?)
私はそれにコクリと頷く。
月の魔力消失は確かに重大だが、それより不味い事が月のお陰で分かったのだ。
(どうやら、私たちは千年近く、眠り続けていたらしい)
(………………は? 異常事態でとうとう完全に呆けたかのか、糞ババア)
無論、すぐにポキッと何かが折れる音が聞こえた。