第7話 漆黒の男
和也に怒りを見せた水音、
水音の為に必死な和也、
2人の関係に小さな亀裂が走る。
その2人を物陰から見張る、残酷な瞳の正体は・・・?
いつもの帰り道を半分まで差し掛かった所で水音が立ち止まった。
(・・・)
水音はゆっくりと後ろを振り向いたが水音以外の人は見えない。
(付けられてる・・・?)
目には見えないが何かが後ろからつけている感覚があった。
水音は足を速めた、
後ろから同じ様に人がつけている気配がする。
「!!!」
水音の背筋にゾッとする様な寒気が走った。
水音は一気に走り出した。
今度ははっきりと後ろから走る足音がする。
ドゥン!
後ろから大きな音と共に足を何かがかすめ飛んだ。
「キャ!」
突然の足の痛みにバランスを崩して前のめりに転んだ。
ッキと水音は後ろを振り向くと、黒いフードを被った男が拳銃を片手に不気味に微笑んでいた。
「逃げナよ」
澄んだ少し高い声が男から聞こえた。
「え?」
水音は壁に手を寄せながらヨロヨロと立ち上がった。
どうやら銃弾が足を翳めた様だ、
足から血がドクドクと出ている。
その時、フードから見える漆黒の黒い目を見えた。
さっきと同じ様なゾッとするような寒気が走る。
男は不気味にニタァっと笑った。
「!!」
頭の中でもう一人の声が聞こえる。
逃げろ 逃げろ
逃げろ
逃げろ
逃げろ
何度も響く声、
こいつは―――
危ない
水音は足の激痛に耐えながら走り出した。
本能的に感じた、
この男は危険だと―――
ッハッハッハ、
どれ位走っただろう、息が酷く荒い、
額からも汗が滲んでいる。
足は既に限界を超え、血を流しながらも走り続けていた。
その後ろをあざ笑うかのように走るでも無いスピードで黒いフードの男が追いかけている、
片手にはフードよりも更に黒い拳銃を握っている。
水音が道の右に出ようとした瞬間、男が後ろから拳銃を構えた。
ドォン!!
短い銃声音が響く、
水音の前方を銃弾が霞め飛んだ。
水音が目を見開いて立ち止まった。
男は拳銃を下ろしながら口を開いた。
「そっちじゃないよ」
男は楽しそうにまたニタァっと不気味な笑みを見せた。
水音は慌てて前に走り出す。
「そうそう、そっちだ」
男は先ほどと同じ様に水音の後を追いかけた。
(これは…誘導されてる…?)
水音は息を弾ませながら前方を見ると、古ぼけた廃工場が見えた。
ドアを押しのけて一気に工場の中に入ると、中はとても広く、埃まみれだ。
しばらくは誰にも使われていない様に見えた。
水音は急いで振り向いた。
その先には入り口の前で黒いフードの男が立っていた。
「フゥ・・・中々頑張ったネ」
フードの男は、頭からすっぽりと被ったフードを捲り上げた。
その男は和也とは全く正反対な漆黒の真っ黒な髪に同じ様に真っ黒な瞳をした男だった。
「あなた・・・何のつもり!?」
水音はッキと男を睨んだ。
「ククククク、まだ虚勢を張る体力は残っているんだね、足が震えているよ、可愛いじゃないか」
男はあざ笑うかの様に水音を見た。
男の言う様に、水音の凄味は虚勢に過ぎなかった、
足からはまだ血がボタボタと落ちている上に体力的にも精神的にも追い込まれていた。
「質問に答えて!!」
水音は更に睨んだ。
「OK、解ったよ、そう怒らないでよ」
男はまだ不気味に笑っている。
(この人・・・からかってるの?)
水音は男から目を離さないようにしている。
「僕は君を殺しに来たんだ」
水音は一瞬、男が言った言葉が理解出来なかった。
「え?、私を・・・殺す?」
「そう♪」
男は何か楽しそうだ。
目の前が真っ暗になった様な感覚、TVの中のだけの世界が今現実として水音の目の前に現れた、
コロサレル
水音は顔を真っ青にした。
(そんな、どうして?何で?)
水音の頭の中はグルグルと回っていた。
「それにしても大変だったよ」
男は水音の状態を無視して話を続ける。
「君がいつまでたっても一人にならないから、
殺すタイミングがこんなに遅くなってしまったよ」
男は興奮した様にスラスラと話を進める。
「あの男のおかげでね、純白の男」
水音が少しだけからだを動かした。
「かず・・・や?」
「和也と言うのかい、どうやら和也は君が狙われている事に気付いていたと思うよ、
やはりあの男は凄い男だったんだよ」
男は嬉しそうに話していた、まるで新しい玩具を見つけた子供の様にはしゃいでいる。
(和也は気付いていた?何で?教えてくれなかったの?でも…そんなのは今はいい)
水音はゆっくりと顔を上げた。
顔はさっきまでの青い顔からしっかりとした顔つきに戻っていた。
「私はここで死ぬわけにはいけない!!」
(和也には酷い事を言った…帰って謝らなきゃ…)
「ククク!!そうこなくっちゃ!!あっさり死なれちゃ僕がつまらないよ!」
男は拳銃を片手に構えなおした。
水音はポケットからハンカチを取り出すと血が出ている足に巻きつけるとキュッと締めた。
(応急処置はこれでいい、後は私がどれだけ戦えるか・・・)
立ち上がると血が止まらない足を不安そうに見た。
(水音・・・先に行ったのか、大丈夫だといいんだが)
和也は一人、帰り道を歩いていた。
周りにも何人か歩いている人たちが見て取れる。
和也は廊下での水音の事を考えていた。
(帰ったら・・・謝ろうか・・・)
珍しくしょんぼりと顔を伏せていた。
「ねーコレ何ー?」
前方で二人組みの女性が下を見て騒いでいた。
「血の跡かなー?何かコワーイ」
二人組みはすぐに前を歩き出した、
和也が先ほどの二人組みが見ていた地面につくと何となく下を見てみた。
「・・・これは」
下には血痕が落ちていた、
ジッとそれを見た後、しゃがみこんでその血を指先で触った。
指先に赤い血が少しだけ付いた。
(まだ完全には乾いていない…)
和也が前方を見ると血痕がたんたんと続いていた。
「まさか・・・」
和也は胸騒ぎに襲われ、続いている血痕の後に向けて走り出した。
「水の柱!!」
水音が構えた両手から一直線に水流が男に飛んだ。
男はギリギリで地面を蹴って攻撃を避けた。
水流は外れ、工場のコンクリートの壁に激突した。
「アハハハハ!!どうしたんだい!!攻撃が荒いよ!!」
(く!早く戦いを終わらせなきゃ、勝てなくなる!!)
水音も同時に男に向かって走った。
足に激痛が走る。
「水の矢!!」
間髪居れずに水音が即座に手を向ける。
水音の手から4本の細い水の糸が男に向かっていく。
「ハ!この程度で僕を倒すきかい!?」
男は拳銃を向けて引き金を引いた。
ドゥン!!ドゥンドゥン!!
3つの短い銃声音が工場内に響き渡る。
3つの弾は水音の水の矢の内の3本に一ミリもずれずに弾が当たり、水の矢は粉砕した。
バシャァ!
残った1本の矢が男に当たった。
男の体には少し強い水鉄砲程度にしか衝撃は与えられなかった。
濡れた体を見ると男は呆れた様にため息を付いた。
「なんだい?この程度かい?」
「!!」
水音が男に向けた手をグッと丸めた。
男にかかった水が冷気を帯びながら固まっていく。
「これは・・・氷!?」
男の顔色が豹変していく。
「力自体が弱ければ応用すればいい!!」
水音は叫ぶと男の頭上へと飛んだ。
空中で、頭上で男に両手を向ける。
「氷の柱!!!」
叫ぶと同時に両手からみるみる巨大な氷が出来上がっていく。
「体が…動かない」
男は逃げようとするが凍った水が地面と連結して、動くことが出来ない。
(勝った!!)
そう水音が思った瞬間であった、
水音の体に何かの異変が起きた。
「!?」
体の力が抜けていく。
同時に男の体に付いた氷と、氷の柱が消えていった。
「キャ!」
水音は着地に失敗して背中から落ちた。
「な・・・何!?」
立つ力さえ出てこない。
「残念だよ…」
男は肩を竦めた。
「面白くなってきたのに…これだったら最初から本気でやれば良かったよ…」
男はブツブツと誰に話すでもなく顔を伏せていた。
「う・・あ・・・」
足は血だらけで、頭痛と眩暈が水音を襲っていた。
「毒が回るのはもっと遅いと思ったのに・・・本当残念だ・・・」
男は倒れている水音にコツコツと足を為らして近づいていく。
「ぐ・・・ぅ」
水音は手を男に向けたが力が抜けていき、水を作り出すことが出来ない。。
男は水音のすぐそこまで行くとしゃがみ込み片方のツインテールを握って持ち上げた。
「キャァ!!」
髪が引っ張られ、激痛と共に顔が持ち上がる。
「もう興醒めだよ・・・さっさと死んで」
男は残酷な目で拳銃を水音の眉間に銃口を突きつけた水音の眉間に冷たい物が当たる。
その冷たさが死ぬ瞬間というゾッとする感覚を走らせた。
(この人、人を殺すのに躊躇が無い!何て気持ち悪い殺気・・・でも、私は似たような殺気をしってる、何だっけ・・・)
ゆっくりと男が引き金を引いていく。
カチャッ
嫌に耳の近くで音が聞こえる。
その瞬間考える事が出来なくなった。
(ゴメン・・・和也、あやまりたかった・・・)
水音は覚悟を決めて目を瞑った。
バァン!!
工場のドアが大きな音と共に開いた。
薄暗い工場の中に光が入る。
壁に手を掛けて息を整えている影が見えた。
(だ・・・れ?)
光の影で顔が見えない。
息を整えるとッスと顔を上げた男は、純白の目をぎらつかせていた。
(!)
ッドと水音の感覚に押しのせる殺気、
(そうか、この人に似てる殺気って、たまに和也が見せる殺気だったんだ・・・)
「水音を離せ」
声は冷静に見えたが、感情を押し殺しているようにも見えた。
「ククククク!待っていたよ」
男は水音から手を離すと立ち上がった。
「・・・・」
2人の間にピリピリとした空気が漂う。
「君とまた会いたくてね、もう少し遅かったら帰るとこだったよ」
和也の目には倒れている水音しか映っていなかった。
「覚えているかい?黒猫の時に噴水事斬ろうとしたじゃないか、あれには焦ったよ、それに」
「黙れ」
和也の無機質な声が男の声を遮った。
「下がれ!」
和也の声に薄らと怒りが見えた。
「・・・」
男はフゥッと小さくため息を付くと大げさに両手を上げて後ろに下がった。
下がるのを確認すると和也はすぐに倒れている水音に近づいた。
「・・・大丈夫か?」
しゃがみこんで倒れている水音を抱きかかえた。
「エへへ…かっこ…悪い…所見せちゃった…ね」
無理に笑っている様に見えた。
和也が即座に水音の状態を確認した。
(息が荒い、熱もある、顔色も悪い・・・
特に足の出血が酷いな、早く病院に連れて行って適切な処理をした方が良い)
「和也・・・ゴメン・・・ゴメンね」
か細い声は擦れて震えていた。
「喋るな体も動かすな、息を整えて寝とけ」
体を揺らさない様にゆっくりと頭を下ろした。
「待ってろ、すぐに病院に連れて行ってやるからな」
和也は無表情ながらも優しい声で言った。
「和也・・・駄目・・・逃げて」
水音は先ほどの殺気で男の実力が解っていた。
勝てない―
水音の脳裏に浮かんだ言葉は口に出す事は出来なかった。
ッザ
和也は男とは少し離れた位置で立ち止まった。
「ククククク、僕を退屈させないでね」
男は子供の様に目を輝かせながら拳銃を抜いた。
「・・・」
和也は無言で刀を抜いた。
「僕の名前は美濃悠那ヨロシ…」
男が言い終わるか終わらないかの瞬間、
和也の刀が振り下ろされた。
ギィン!!
悠那はギリギリに拳銃で自分の身を守った。
(!、あの間合いを一瞬で)
「ゴチャゴチャとうるせぇんだよ…こっちは急がなきゃならん、即効で終わらす!」
数センチの間で和也はドスの効いた声を発した。
怒りで手に力の入る刀は悠那をギリギリと拳銃を震わせていた。
「クククク、そう言わずもっと楽しもうよ…」
少し高い声は興奮した様に嬉しそうであった。
「殺し合いをさぁ!!」
悠那はそう言うと拳銃で刀を払った。
和也は刀を構えながら1メートル程後ろに飛んだ。
ギッと睨んだ瞳はまだ怒りに燃えている。
「そんなに僕があの子を傷付けたのが許せないかい?」
悠那は顎で倒れている水音を指した。
「黙れ、貴様と話す事は無い」
和也はジリジリと歩み寄りながら睨み続けている。
「もっと仲良くしようよ」
ニコニコと悠那は笑っている。
「・・・」
和也は何も答えずに刀を一直線に向けた。
「炎尾!」
刀の先から一直線に炎の弧を描きながら悠那に向けて火の塊が走った。
悠那は呆れたように肩を竦めた。
「全く気が早いね」
ドゥン!
拳銃から出る鉄の塊が炎の塊に当たった。
パァン!
ぶつかる音と共に炎尾がかき消された。
炎が放たれた場所には和也は居なかった。
「さて…何処かな?」
まるでこうなる事を悟っていたかの様に悠那はニヤニヤと笑っていた。
悠那は後ろに拳銃を向けた。
「!!」
後ろから刀を振り下ろさんとしていた和也の目の前に拳銃が付きつけられた。
「フフ!、背後からの奇襲…悪くない戦い方だね」
悠那はそのまま引き金を引く。
「チィ!!」
和也は舌打ちと同時に地面を蹴り上げた。
ドォン!!
目的を外した弾丸がコンクリートの地面に弾かれる。
飛び上がった和也の体は悠那の頭上を越えて目の前で着地した。
「!!」
和也は腹部に刀を振る。
(片手はまだ後ろを向いた状態だ、この体制から拳銃を向ける事は出来ない
殺った!!)
ギィン!!
もう一つの片手で抜き取られた拳銃が腹部をガードしていた。
「クク!手は2本あるんだよ」
悠那は戦いを楽しんでいる様に笑っている。
(2丁持ってるのか・・・めんどくさいな・・・だが!)
カチャッ
和也は刀の向きを上に変えると
腹部から上段へと刀を振り上げた。
ガキィン!!
拳銃が宙に浮いた。
「あ・・・」
悠那は間抜けな声を漏らした。
和也が振り上げた刀は腹部を守っていた拳銃に当たった。
振り上げからの2段構えの一直線の突きは喉もとを確実に狙っていた。
(今度こそ終わりだ!!)
和也は勝利の確信に目を光らせた。
「!!」
喉元に刀を突き付けたままピタッと止まった。
ガシャンッ
遠くで拳銃が落ちる音がした。
「どうしたんだい?
そのまま突き刺せば、君の勝ちだよ?」
刀を突き付けられているというのに顔色一つ変えず悠那は微笑を浮かべている。
「・・・く」
和也の白い目から怒りが消えていった。
和也の脳裏には赤髪のストレートヘアーの女性の後姿が映っていた。
「殺しは…しない、去れ」
和也は刀を突きつけたまま言い放った
「今更なんだい?君の目を見れば解るよ、たくさんたくさん殺してきたんでしょ?
僕と同じ濁った目、殺し合いをしようよ」
不気味な微笑みは今も続いていた。
(なん・・・の・・・話?)
ぼんやりとした頭のまま水音の耳に二人の会話が入っていた。
和也は一瞬驚いた様に目を見開いたが、すぐに元の顔に戻っていた。
「俺はお前とは違う・・・サッサと消えろ」
悠那は笑顔を顔からッフと消した。
子供が玩具に飽きた時のつまらなそうな顔。
漆黒の目は先ほどの和也の様に澱んだ。
「残念だよ…」
そう言った瞬間、悠那はしゃがみ込み右足の太ももに巻きつけられていた物を抜き取った。
それを立ち上がると同時に突き上げた。
「くっ!」
一瞬反応の遅れた和也は間髪いれずに上体を後ろに反った。
それは和也の頬をうっすらと縦に切り、血が少し飛び散った。
和也が避けながら見えた者は小型のサバイバルナイフだった。
(あんな物まで持ってやがるのか)
和也は頬から垂れる血を手で拭うと刀を構えなおし悠那を見た。
右手に拳銃、左手にサバイバルナイフを握って、漆黒の目を光らせていた。
その姿が和也には妙に禍々しく見えた。
悠那はサバイバルナイフを戻すと、和也に背を向けて歩き出した。
「貴様…戦闘中に背を向けるとはどういう事だ」
和也は刀を構えながら睨んでいる。
「君なんぞに本気もクソも無いからね、攻撃したきゃ攻撃しなよ」
笑顔を消した悠那の顔は無表情ながらも酷く残酷な目をしていた。
(こいつ・・・俺をなめてやがるのか・・・?)
「あったあった」
悠那はしゃがみ込み、拳銃を拾い上げた。
「さぁ、やり直しだよ、まぁすぐに終わる事になるだろうけど」
悠那は両手に持った拳銃を腰のホルダーに収めた。
和也は水音の方を見ると、先ほどより息が荒くなっている。
和也は軽く舌打ちすると顔をしかめた。
(時間が無いかもしれない・・・絶対に・・・絶対に助ける・・・!!)
和也は悠那に向かって一気に走った。
ドォン!!
(!?)
銃声の音と共に反射的に横に飛んだ。
悠那の方を見ても、少しも動いていない。
(あいつ、撃ったのか?いつ?)
ドォン!!
またしても銃声音が響く。
その瞬間に和也の目に悠那の動きが見えた。
(早撃ちか!!)
察した瞬間、もう一度悠那に向かって走る。
ドォン!!ドォン!!ドォン!!
今度は3発の銃声音が響く。
和也はタイミング良く右、左、右と避けた。
(目を凝らせば、銃の向きで、何とか避けられる!)
悠那の1、2歩前で刀を振り上げる。
(両手からの連続の早撃ち、サバイバルナイフを出す事は出来ない、近距離では早撃ちで狙うのは難しい!)
拳銃とは元来、1に抜き、2に構え、3に狙い、4に撃つ、この一連の動作によって行われる。
早撃ちの場合1、2から3を飛ばし4に向かう事により一連の動作の一部を削ることによって生じる能力である。
和也は動体視力で目に終えるギリギリの部分で2の構えで銃口の向きで弾丸の飛び出す部分を見ていた。
近距離に近づけば3の動作を飛ばした、ただの早撃ちなら当たる事は無いと和也は判断したのだ。
「な・・・に?」
悠那の目の前で和也は立ち止まっていた。
ポタッ
真紅の血が和也の腹部から垂れ落ちた。
「ほーら・・・すぐ終わった」
あっけらかんとしたつまらなそうな声。
和也の腹にはサバイバルナイフが深く刺さっていた。
カランッ
和也の手から刀が零れ落ちた。
和也はゆっくりと倒れこんだ。
「君みたいな考えの人多いんだよね、拳銃はフェイク
本当はもっと早く撃てるんだけど、本気だすとサバイバルナイフ抜けないしね」
つまり、悠那はすざまじい速さでホルダーに銃を収め、サバイバルナイフを抜き取ったのだ。
「貴様…実力を隠してやがったな」
和也は苦しそうに手で刺された所を抑えていた。
「隠す?君が弱すぎるんだよ」
はき捨てるように言うと悠那は倒れている悠那を無視して歩き出した。
その歩く先には水音が倒れていた。
「!!!」
和也の表情が青くなった。
「きっさまぁぁ!!!水音に手を出したらぶ飛ばすぞぉ!!」
和也の叫び声が工場に木霊する。
悠那の手に持つ真っ赤に染まったサバイバルナイフが更に恐ろしく見えた。
「もう君に様は無いよ、サッサと仕事終わらせて帰ることにしたよ」
「くそ!くそ!」
和也は必死で体を捩じらせて立とうとしている。
「ジッとしてなきゃ早く死ぬよ?思いっきり刺したからね」
悠那に微笑が浮かぶ。
「そこで倒れときナよ、すぐに済ますから」
悠那は水音の前で立ち止まると、真紅に染まったナイフを逆手に持った。
「待て・・・つってんだ・・ろ」
刀で体を支えながら和也は立ち上がった。
服は腹の部分だけ真っ赤に染まり、その血の量を物語っていた。
悠那は振り向くと少し驚いた顔を浮かべた。
「へぇ、丈夫だね、でも無理したら腸が飛び出るよ?」
「水・・・音に・・・さわ・・るな」
息が続かない、喉に血が溜まり喋り辛い。
「・・・うるさいな、もう君にはあきたんだよ」
拳銃を和也に向けた。
ドォン!!
何度も聞いた銃声音は和也の足に命中した。
「グァァ!!」
呻き声と共に和也は倒れこんだ。
カランッ
虚しそうに刀はコンクリートにもう一度音を立てて倒れた。
足からも真紅の血が垂れる。
「かず・・・や」
水音の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「・・・死んでもらうよ」
同情も何も無い、よどんだ漆黒の2つの目だけが水音を見つめていた。
水音に触れようとした瞬間、悠那の後ろから声が聞こえた。
「触るな・・・つってんだ・・・ろ」
悠那はバッと後ろを振り向いた。
(確実に足を貫通させたと思ったけど・・・)
和也の顔にうっすらと汗が滲んでいる。
足からも腹からも血が出続けていた。
(・・・ふうん、もう長くはないな)
和也が倒れている場所から今和也が立っている場所までの道が血の道と化していた。
悠那は呆れた様に肩を竦めた。
「もう立ってるだけがやっとみたいだね」
さっきと同じ様に拳銃を和也に向けた。
和也はフラフラと体を揺らすだけで最早避ける力は無かった。
「和也・・・ヤダ・・・」
水音は力無くフルフルと首を振っていた。
ドォン!!
さっきと同じ銃声音が木霊する。
銃弾は和也の胸を貫いた。
「ゲホォッ!!」
和也の口から血が噴出された。
バランスを崩した様に倒れた。
ドサッ
水音の顔に和也の血が飛び散った。
「あ・・・あ・・・」
水音は目を見開き、顔を強張らせて震えていた。
「イヤーーーーーー!!!」
水音は立ち上がると叫びながら和也に走りよった。
パシャッ
和也の近くに来ると足に水の音がした。
「これ・・・は、血?」
水の音の正体は和也の周りに広がった真っ赤な血。
「和也!」
更に顔を青ざめた水音は和也の頭を持ち上げた。
「うご…くな…つったろ…」
和也は力なくそう言った。
「これでもう動けないね」
悠那は拳銃を水音に後ろから向けた。
「水音!!」
グンッと和也は水音の腕を引っ張った。
「キャッ!」
和也はとっさに水音を抱きかかえて悠那に背中を見せた。
ドォン!!
和也の背中に弾丸が当たる。
「グァァァ!!」
和也が苦痛の叫び声を上げた。
「!?、まだ・・・動けるのかい!?」
悠那は一瞬呆然としていた。
「ヤダ・・・ヤダ・・・和也・・・」
水音の目から涙が溜まる。
「絶対・・・助けるからな・・・『もう、同じ過ちはしな・・・い』」
和也の虚ろな目は最早何も見ていなかった。
ただ、ゆっくりと倒れていった。
(ア・・レ?俺、なにしてたん・・・だ・・・け・・?)
血を出しすぎた和也は最早考える事も出来なくなっていた。
「和也・・・和也・・・お願いもうやめて・・・」
右手でギュッと背中を握り締めポロポロと涙だけは流れ続けていた。
(この子は・・・何で・・・泣いてるんだ・・?)
「何故だ!?もう動けるはずが無い!」
騒然と目を見開いた悠那は信じられないと見ていた。
(コイツが・・・あの子を泣かしたのか?『沙羅を』・・・)
「もう・・・やめ・・・て・・・私は大人しく殺される!!だから・・・だから和也は助けて!!!」
水音は泣きながら悠那に言った。
(駄目だ・・死なせない)
和也は自然にそう思った。
「それは出来ないよ、君もこいつもここで殺す」
拳銃をもう一度水音に向ける。
「そん・・・な」
水音は涙を流しながら、顔を伏せた。
「やらせな・・・い、」
和也の服は血で真っ赤な服になっていた。
「和也・・・もう・・・もう立たないで・・・」
水音は必死で和也を止めようとしていた。
「何で・・・何で立つんだよ!!もう死ぬんだぞ!!」
悠那が奇声を上げた、
「大丈夫・・・沙羅・・・俺が・・・守るから」
和也は水音に笑い掛けた、誰にも見せない様なとても優しそうな笑顔だった。
「!?、和也!どうしたの!?」
水音は和也の言葉に違和感を覚えた。
(誰かと・・・間違えてるの?)
和也の目には静かな光が宿っていた。
(何なんだ!?コイツは・・・何故、何故まだ立ち上がる、何故逃げない!)
「う・・・あ・・・」
悠那は自然に体が後ろに一歩下がった。
「うああああぁあぁぁあぁ!!」
ドォン!!ドォン!!ドォン!!ドォン!!…
悠那は狂った様に銃弾を飛ばし続けた。
先ほどの早撃ち等ではなく、恐怖に駆られた荒い撃ち方であった。
和也の体に銃弾が当たり、掠り、その度に真紅の真っ赤な血が飛び散り、服は純白の髪と共に更に赤く染まる。
和也の純白の目は何もみていなかった。唯、薄らと光る目の光だけは、消えていなかった。
・・・リィン
意識が薄れ行く中、和也の耳に鈴の音が聞こえた。
−真っ白な世界-
(ここは・・・?)
和也は真っ白な世界にポツンと一人だけ立っていた。
(俺、なにしてたんだっけ・・・?)
和也の頭には何も浮かぶことは無かった。
『こんにちは』
突然目の前から、透き通った声が、白い世界に響き渡った。
前方をグッと和也は目を凝らしたが、声の主は白い光の影によって見えることは無かった。
小さなシルエットが光の中で浮かんだ
(子ども・・・?)
和也は口を開いた、
「・・・」
(おい)
和也の口から声は出なかった。
驚いた和也は両手で喉を抑えた。
試しに和也は声を出そうとした。
口はパクパクと開いたが声は出ることは無かった。
(何だこれは!?)
『『あの時』は出たのにね』
透き通った声がまた響く。
(あの時?どういう事だ?)
『何だ、それまで覚えてないの?』
「!?」
(心が読めるのか!?)
『読める?解るんだよ、僕は君だからね』
子どもはうっすらと笑った様に見えた。
(貴様は何を言っている?)
和也の声は出ないが口だけは動く。
『まだ今の君が知る事じゃないよ』
またその子供は小さく笑った。
(そうだ!!水音!!今はもう何でも良い!!出口は何処なんだ!?)
和也は何故一瞬の間、水音の事を忘れていたのが全く解らなかった。
『何で行くの?』
子供は不思議そうに首を捻った。
(早く行かなきゃ水音が・・・!!)
和也の顔には恐怖が薄らと浮かんでいた。
『君が行っても無駄だよ、勝てないのは解っているんでしょ?』
和也はグッと顔をしかめると拳を握り締めた。
(解っている…俺が行っても勝てるはずがない…)
漆黒の男が和也の脳裏にうっすらと浮かんだ。
(でも・・・でも・・・)
和也の胸が熱くなる。
「それでも俺はあいつを助けたいんだぁ!!!!」
和也は慌てて両手で口を塞いだ。
(声が・・・出た・・・?)
子供はとても嬉しそうに笑った。
『その言葉・・・待ってたよ』
(あ・・・れ・・・?)
和也の意識が霞み始めた。
薄れ行く微かな景色の中、子供の声が聞こえた。
『信じてるよ、もう同じ過ちはしないでね』
そこで意識は途切れた。
『信じてるよ…』
妙に耳に残る、優しそうな声、何処かで聞いたような。
(何処・・だ・・け・・・な・・・)
血の海の中で和也は倒れている。
「ヤダ…ヤダ…和也…和也…」
水音は和也の横で座り込んでポタポタと熱い滴を流していた。
震える手を伸ばすと和也の顔に触れた。
―冷たい
そのまま和也の口に近づけた
―吐息が手に掛からない
「そんな…そんな…」
水音の顔は真っ青になる。
また眩暈が生じる。
「う・・・」
手を付いて体を支えた。
悠那は少し離れた所で座り込んでいた。
ッハ…ッハ…ッハ
呆然と座りこんでいた悠那は荒い息遣いをしていた。
周りには沢山の弾丸が転げ落ちていた。
(僕とした事が・・・感情に流されてあんな殺し方をするなんて・・・)
悠那は立ち上がると、拳銃を握った。
(これで邪魔する物は無くなった)
チャキッ
拳銃は真っ直ぐに水音に向けられた。
それに気付いた水音は涙で濡らしながら悠那を見た。
「お・・・お願い・・私は死んでもいいから・・・和也を・・・和也を病院に連れて行ってあげて」
水音は声を震わせながら言った。
「そいつはもう死んでるよ」
酷く冷たい声だった。
(何で・・・この子といい・・・あいつといい・・・自分よりも他人を優先するんだろう)
悠那には全く解らない事だった。
(何で?自分の命が大事に決まってるじゃん、あそこまでしなくてもいいじゃないか、勝てないのに、助からないのに・・・どうして)
悠那はこの2人の行動が妙に苛ついた。
(むかつく・・・)
自分には全く解らない行動がとてつもなく嫌だった。
引き金に指を掛けた。
水音の顔が強張る、
だが和也を守る様に手を広げて睨んだ。
・・・リィン
水音の耳に入った微かな鈴の音。
(まただ・・・)
悠那の瞳に力が入る。
「なんで・・・なんで!!もう死んでるじゃないか!!」
悠那の手に力が入る。
ドォン!!
「!!!」
水音はギュッと目を瞑っていた。
痛みを感じない。
ゆっくりと目を開けた。
銃口からは煙が出ているので銃弾が飛ばされたのは解った。
この近距離で銃弾が外れることは考えられなかった。
水音の目に映っているのは目を見開き呆然としている悠那と震える手で持つ拳銃、
拳銃は今も水音に向けられている。
その瞬間ゾッとする者が背中に伝わった。
慌てて後ろを振り向くと、
さっきまで倒れていた和也が立っていた。
体中に血を染み付けさせていた。
純白の髪は所々に血を被っている。
そして今、見開かれた純白の目、
その姿は血を纏う悪魔の様であった。
「ククク・・・」
和也の口の端が不気味に広がる。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
空を仰ぎ、大声で高笑いする和也の姿が目の前にあった。
「!」
ビリビリと叫び声が水音の体に伝わる。
悠那の口から、言葉が漏れた。
「・・・・じゅ・・・『純白の悪魔』・・・・」
「君があの純白の悪魔なのかい!?」
驚きの顔から悠那の顔は和也と同じ様に残酷な笑みに変わっていた。
「クク!!君が!!君がそうなのかい!?
君こそ実力を隠していたじゃないか!!今度こそ殺し合いになるねェ!!」
「ヒヒヒヒ!!殺す殺す殺す殺す殺すゥ!!」
和也の声とは思えない、気持ち悪い声が小声で言っているのが水音に聞こえた。
水音は立ち上がる事が出来なかった。
ッズと背中に背負われる様な重みが掛かっていた。
(これは…!?また殺気!?いや…違うそんな生温い者じゃない!!これは…『狂気』!?)
リリリリリリリリリリリ!!!
落ちている和也の刀、氷鈴刀の柄の先に付いている三つの鈴が激しく鳴っていた。
水音の耳に鈴の音があらあらしく聞こえていた。
まるで、和也を止めようとしているかの様に鳴るその音は妙に悲しかった。
「アハハハハハハハハハハ!!!!」
「ヒャハハハハハハハハハ!!!!」
2つの残酷な笑い声が工場内で響き渡った。
第7話 漆黒の男 ―完―
遅くなってすいません・・・
ですが、第8話と同時に作っていたので第8話はすぐに出せると思います。
次でこの話も区切りふがつきます、
それでは次の話でまたあいましょう。