第14話 VSデストロイヤー
和也と正人が戦っているなか、和也から離れた水音達にも一つの影が迫っていた。
今井は情報人という仕事をしていたからこそ現状を理解できた。
何も知らない水音に話さなければならない、
現在の状況を。自分達の状況を。
第14話 VSデストロイヤー
眼の前が真っ暗な世界。
何も無い世界、視覚という物が存在していない。
と言った方が解りやすいかもしれない。
最初は視覚も存在していたと思う。
いつから消えたのかは覚えていない。
だけど聴覚はまだ生きている。
声がする、低い声。
「―――−」
心地良いその声を私は聴いていた。
言葉を聞いてるというより、声を聴いていた。
動けない私に沢山声を聴かしてくれた。
最初は無機質だと思った。だけど聞いてるうちに沢山表情が有る事が解った。
明るかったり、暗かったり、表情豊かな声。
「―――−」
「―――−」
「―――−」
「―――−」
「―――−」
毎日毎日聴かしてくれた。
−ふと疑問に思った。
何で聴かしてくれるんだろ?
この声以外の声を聴いた事があっただろうか?
その時初めて聴くのではなく、聞く事にした。
「―――だよっ…」
良く聞こえないな。
耳を、もっと耳を澄ましてみる。
「何で―――だよぉぉっ…」
おかしいな?声を聞くのってこんなにも難しかったっけ?
「――に―――て――に―…」
そういえば声を聞くのって久しぶりな気がする・・・?
もっと耳を澄まさなきゃ、思い出せ、
「ぅ…え…ぅぇ…うええぇぇ…」
聞こえた…?
言葉じゃない、言葉。
悲しい、悲しい、悲しい、
泣いてるの?
何で?
どうして?
こんなのが聞きたかったんじゃない。
泣かないで、泣かないでよ。
何で泣いてるの?
お願い、泣かないで?
変だな、私も悲しくなってきた。
「ぅぅっ…ぅぅっ…また、手を…繋いでくれよぉ…」
手を繋いだら、泣きやんでくれるの?
だったら手を繋ごう?
そしたら・・・泣き声じゃなくて、笑い声が聞きたいな…
「っ!!」
ッバ!!と起き上がると同時に妙な声が聞こえた。
「ぐべはぁ!?」
「ん?あれ?私寝てた?」
キョロキョロと周りを見渡すと首を捻る。
(夢・・・?)
あまりにも現実的な夢。
右の掌を見つめて、もう一度首を捻る。
「ぬぐぉぉぉぉ・・・・」
すぐ近くで、顔面を押さえて悶えている今井の姿があった。
「今井君・・・何してんの?」
「すんげぇ石頭だね・・・水音ちゃん・・・」←気絶していた水音が心配で覗き込んだ所にヘッドバットが顔面に炸裂。
「?」
「…まぁいいけどさ、」
今井は諦めた様に小さく溜息を付いた。
「ここは?佐久間君は?」
水音はまだ状況を把握していなかった。
頭がまだ上手く回転していない。
佐久間とは、正人の苗字だ。
あまり面識の無い水音は苗字で正人を呼ぶ、
だが面識が無くても正人の事を知らない者は、この学校内にはあまりいない。
「水音ちゃん、あんた正人の作った亀裂に落ちたんだよ、ここは一つ下の階じゃないかな」
改めて水音はあたりを見渡す。
長い廊下に幾つも分けられた授業用の教室。
先程とあまり変わらない風景。
変わった所と言えば、一つ一つの教室名の表示板が変わっていた。
保健室であった場所は科学室という表示板に変わっていた。
頭上を見上げると、確かに人一人なら簡単に入りそうな程の亀裂が存在していた。
「んで、俺は気絶してる水音ちゃんを追い掛けてきたんだよ」
ボゥッとしている水音の頭が回り始めた。
体の節々が痛い。
亀裂から落ちた時に気絶したのでは無く、正人がサーベルを振った瞬間、体が弾かれた様な痛みの所から記憶が無い。
そこから意識が飛んだ様だ。
自分を追い掛けてきた今井はともかく、和也の姿が見当たらない。
「和也は…?」
今井は口を一度噤むと、鼻から大きく息を吐いた。
「置いてきた」
「置いてきた…?」
来ていないでは無く、置いてきたという言葉が引っ掛かった。
「多分、今も正人と戦闘中だろ」
「え?」
正人の言葉を聞いた瞬間、血の気が引いて行った。
「佐久間君って、この学校で7人しかいないAランクの能力者なんじゃ・・・!?」
この学校では優秀な成績、能力者の高ランクは数少なく、様々な学校の中では『最もレベルが低い』とさげずまれているが、変わりに『戦闘能力が極めて高い』人種が多い。
特にS、A、Bの戦闘能力が群を抜いている。
その数少ないAランクの一人が正人である。
正人の付けているカチューシェは能力制御用のアクセサリーで、水音の付けている髪留めと同じ力を持つ。
水音も数少ない一人であるが、戦闘能力は然程高くない事で、知られているわけではない。
「早く助けに行かなきゃ・・・!」
っば!と翻し、今井に背を向けた。
突然、剣を振りまわす状態の正人ならば、和也を殺してもおかしくはない。
嫌な物が水音の頭をよぎった。
「水音ちゃん!」
今井が走り出そうとする水音の腕を掴んだ。
「は・・・離してよ!!」
今井の掴む力が更に強くなる。
「落ち着くんだ!!犠牲は少ない方がいい!!」
今井の言葉に水音は、え?と小さく言葉を漏らした。
しまった、と言う様に今井は水音から目を逸らす。
掴んでいた腕がゆっくりと離された。
水音は今井に向き直ると肩を掴み強く揺さぶる。
「どういう事?ねぇ!今井君!!どういう事!?」
「・・・」
今井の口は堅く閉ざされていた。
無理に口を噤んでいる様な感じだ。
「何でそんなに『不安』にしてるの!?」
今度は今井が、え?と言葉を漏らした。
「何を『怖がってる』の!?今の現状がどうなってるか知っているなら教えてよ!!」
水音の言葉と共に今井の目が驚愕に見開かれた。
「水音ちゃ・・・」
今井は一言も、顔の表情にすら『不安』も『恐怖』も表したつもりは無かった。
(っかしいな…)
今井は開かれた目をゆっくりと戻すと、大きく溜息を付いた。
「解ったよ、心配させたくなかったんだけどな…」
「…」
水音がホッとした様な表情をすると、今井の肩から手を離した。
「とりあえず・・・簡単に説明する、今はあまり時間を掛けたくない」
「う・・・うん」
今井の表情の変わり具合に一瞬躊躇いを覚えた。
「まず、この学校は危険に直面している、下手をすれば死ぬ」
簡単に死という言葉を使った。
今井の表情はふざけているわけではなかった。
「あの時の2度の放送は能力者による者だ。多分、俺達以外の人間は全員身動きが取れて居ないと思う、確証は無いが極めてその可能性が高い」
あまりにも早い早口が水音の目の前で展開されていた。
「そしてその中の何人かは…」
今井は口を一度噤んでから水音をチラッと見た。
今井と水音の視線が交差する、話に付いて来れているかの確認。
案の定、一生懸命聞こうとしているが、若干困惑気味に見えていた。
「水音ちゃん、大丈夫?」
「だ!大丈夫!続けて!」
今井は鼻から大きく息を吐くと口を開いた。
「その中の何人かは操られてる、正人を見て核心した、目が赤かったろ?」
水音の頭の中で先程の正人が思い浮かべられる。
(確かに・・・赤い目になってた)
「マインド(操り)の能力者は操る対象に、『跡』を残す、今回の場合はマインドコントロール時に対象の目が赤くなる、そういう能力者は聞いたことがある、多分そいつだな、マインドの能力にも色々あるが、この能力者は対象の状態によりマインドの成功率に比例する、
そこで、先程の最初の放送は別の能力者による『眠り』を引き付ける力、これを放送で流し、眠らせてから能力を使えば、より成功率は上がる、眠りながらでも状態が強い人はたまにいるが」
(簡単じゃ無いんですけど…)
「…???」
水音が首を横に軽く傾けた、それを合図に今井は喋る事を止めた。
「・・・」
今井は表情を変えず、ゆっくりと説明を始めた。
「OK・・・、要するに学校は今占領されてるんだと思う」
水音が慌てて、うんうんと頷く。
「誰が占領したかは、わからないけど・・・占領の仕方は簡単」
水音が付いてきているかを確認しながら話を続ける。
「さっきの放送は学校の奴等を全員眠らせる為の者だ」
水音は、さっきとは違い今度はしっかりと付いてきていた。
「あれ?私達は大丈夫みたいだよ?」
「まぁ眠ってない奴が居た時の為の保健に、今度は人を操る能力者だな」
水音も何となく現在の状況が見えてきた。
「洗脳能力者で眠っちまった学校の奴等を操って、例外を消す」
今井は再び口を閉ざした。
そして視線を水音に向ける。
「じゃあ正人君は・・・」
「っそ、操られてる、つっても実際…操ってる奴が動かしてるんじゃなくて、そういう風にオートにしてるだけ何だけどな」
「え…えっと?」
水音が再び首を傾げた。
「・・・ミスった、今の無し、要するに操ってる奴が『〜を殺せー!』とか命令出して自分の意思じゃ反抗出来ず言われた通りにしちゃう状態」
「でも私達は?」
「ああ、俺達は条件が合わなかったんだよ、マインドの能力者は確かに強いけど指定した条件が合わない限り能力を食らう事はない、」
「その条件って、さっき言ってた人の状態によるって言ってた奴?」
「いや、それ以外に別の条件があると思う」
「1つは操る人間の状態で、もう1つの条件は…?」
そこで今井はバツが悪そうに頭を掻く素振りを見せた。
「ここまで偉そうな事言ってたけど、それがどんな条件かはわからないんだよな…これだけの人数が同時に揃う条件何てすぐ出てきそうなんだけどな…」
今井は少し考える素振りを見せたが、すぐにやめた。
「とにかく和也を助けに行ける状況じゃないってのは解った?」
「じゃあ和也を見捨てるの!?」
水音の目がッキ!と今井を見詰める。
今井は表情も変えず、水音を見据える。
「まぁ聞きなよ、今現在戦闘に特化した能力者達が殆ど敵に回ったと考えた方がいい」
その言葉に水音はまだ完全に自分が状況を理解していない事に気づいた。
「俺達の最優先は援軍を呼ぶ事だ、それにこの3人で和也が残ったのは運がいい、和也が最も生き残る可能性があるからな、俺達の今出来る事は助けを呼び、少しでも早く和也を助けに行く事だ、違うかい?」
言葉はなだめる様に優しかったが、今井の目は真剣そのものだった。
自分一人が助けに行っても無駄なのだと知る。
助けに行っても自分の実力じゃ足手纏いになるだけだと気づいた。
その事実に自分の無力さに唇を咬む。
そして今井の『不安』と『恐怖』が何なのかが解った。
「っ!」
言い返す言葉がみつからず、言葉を詰まらせる。
(・・・)
今井の言葉は正論だ。
そしてその言葉が水音と同じ様に和也を心配している事に気づいた。
「解ったよ、今は援軍を呼ぶ事が優先・・・だね」
水音は俯いた。
がむしゃらに動こうとしていた自分が恥ずかしく思えた。
今井は3人全員を生かす最優先の計画を立てていた。
今井がそこで表情を崩した。
ッフと小さく笑みを作る。
「時間も無い、直ぐに行動しよう」
「…うん」
水音は顔を上げた。
今は和也の為に少しでも早く、助けを呼ぶ事。
それが現在の一番の選択肢。
「確かに和也なら耐えてくれる…よね」
横目で決心した様子の水音を見ながら、目を細める。
(耐えてくれる…ねぇ、まぁそれだけじゃないんだけどさ)
今井は水音に全てを言ったわけではなかった。
和也なら死ぬかも知れない。
全生徒が殺しに来る。
確かに、これは考えた。
だがそれを打ち消す程の『恐怖』は別に存在していた。
『逆に和也が全生徒を殺すかもしれない』
それだけは水音には言わない。
和也を友だと思うから。
考え事をしていた今井の耳に笑い声が聞こえた。
慌てて水音から視線を外して前を見る。
水音も同時に同じ方向を向いた。
廊下の離れた先に、仁王立ちの様に立っているショートカットの少女が居た。
「アッハッハッハ!!さっすが今井!!けど逃すき無いけどねー!!」
明るい笑い声が廊下で響く。
2人は一瞬呆然としていた。
先に口を開いたのは今井では無く水音の方であった。
「み…美奈・・・?」
小顔に似合う綺麗な黒髪も、絶やさない笑顔も変わらない。
ただ、赤い目だけが妙に浮いてる気がした。
「そういう事!残念だけど、ここからは出れないよ?」
笑顔でゆっくりと水音達へと近づく。
水音達は一歩、後ろへと下がった。
「どういう…」
事?と言おうとしたが、そこで言葉が止まった。
驚愕に目が見開けれる。
直ぐ目の前に美奈が居た。
水音に向って小さく舌を出して、悪戯っぽく小さくウインクをした。
そして水音の目の前から直ぐに消え去った。
「がっ!ぁ?」
すぐ横の今井から、うめき声の様な、疑問符の様な声がした。
反射的にそちらを向くと丁度、今井が床に崩れるように倒れていた。
倒れた今井を見降ろす美奈がそこに居た。
「今井君!!」
水音の声に反応せず、今井は床に突っ伏したままだ。
ゆっくりと、見下ろす今井から水音へと視線が移った。
水音に向かって、いつもの笑顔を向ける。
「今井は色々知ってるから先に眠ってもらわないとねぇ〜」
正人は内面も、目以外の外面も変わった様子はなかった。
唯、先ほどまで無かった手にはめた黒い革手袋、そして上靴から白いスポーツシューズに。
美奈の戦闘スタイルへと変わっていた。
しかし、何処となく妙な違和感があった。
正人の時とは違う、また別の違和感。
人を傷つける事を好まない正人だからこそ思えた違和感。
美奈にはその違和感が無かった。
まるでそれが本来の姿の様に。
本当に何時も通りの美奈に寒気が走った。
「美奈…操られて…る?」
赤い目を細めて楽しそうに笑う。
「うん!みたいだねー!」
冷たい汗が背筋を通る。
「闘わないと…いけないの?」
水音の言葉に、変わらない笑顔のまま頷いて見せた。
「死にたくないなら抵抗した方がいいと思うよ?」
その言葉と共に水音が口を噤むと下を向いた。
そんな水音を見ると、美奈は片眉を上げて見せた。
「水音は闘いたくないんだ?」
闘いたい訳がない。それが水音の本心だった。
いくら自分が死ぬかも知れなかろうが、友達を傷つけて平気な人間では無い。
「美奈…]
小さく言葉を洩らす。
美奈は俯くと、何時もの様に豪快に笑わずクスッと小さく笑って見せた。
「闘わないならー…」
ゆっくりと美奈が顔を上げた。
「無抵抗で殺すだけなんだけどね」
全くと言って良い程の感情の無い声。
そして、いつもそこに有る笑顔が消えていた。
あまりにも無表情に、無機質に、
「美…奈?」
肌に刺す様な剥き出しの感情、寒気が走る程の敵意。
殺気
(この殺気は似てる…!『あの時の和也と』)
殺気を超える押し潰されそうになる程の殺気に、言い方によれば『狂気』と言った方が解り易く思えた。
和也以外に狂気を持つ人間が身近に居た。
無機質な表情や、感情の無い声。
全てが美奈の初めて見る姿であった。
(こんな表情、初めて見た…)
昔から仲のいい水音ですら初めて見る姿は驚愕よりもショックが大きかった。
「隠して…たんだ…」
やるしかないのか・・・?この美奈と
そんな水音の思いも知らず、美奈が再び水音の前に現れた。
水音は振りかざされる腕を呆然と見ていた。
「!」
風を切る音と共に一直線に水音の顔面へと美奈の拳が走った。
当たる瞬間にその拳は水音の目の前で止まっていた、
親友による殺気の込められた寸止めに水音は我にかえった。
廊下中に水気が増していく。
【水】を使う水音は大気中の水分を最大限活用して【水】を作り出す。
美奈も空気中が湿気で湿るのを感じ、水音が戦闘モードに入った事を確信した。
「っそうこなくっちゃ!」
美奈の表情がいつもの笑顔へと戻った。
「…?」
外面はそう思えた。
だが水音には、いつもの笑顔と違い妙な違和感が有る気がした。
身近に居る人間しか解らない様な本当に小さな違和感。
タンタンッとリズミカルに両足で小さくジャンプを繰り返す。
黒い革手袋を嵌めた手を深く握り込んだ。
ブォン!と音を立て、顔の横を何かが走った。
水音の髪が何かの風圧で一瞬浮いた。
「ッフッフーン♪ボケてたら直ぐ死んじゃうよん?」
「…あ」
間抜けた声が水音から洩れる。
拳圧による生み出した風は水音の髪を数本散らせた。
ハラハラと赤い髪の毛が廊下に落ちていく。
黒い拳は余裕を見せる様にゆっくりと元の位置に戻された。
再び拳を前に置きフットワークを繰り返す。
「水音ー…もう2回も死んでるよ?」
「っ!」
美奈の呆れた様な言葉は水音に怒りを思わせた。
すぐ目の前に居る美奈に両手をかざした。
「水の柱!!」
水音の言葉と共にかざした掌に瞬時に水気が集中していく。
「おっとぉ!」
ゼロ距離から放たれた筈の攻撃は簡単に横飛びで避けられた。
「アッハッハ!ムキになっちゃってか〜わいー!」
高らかな笑い声が廊下に響き渡る。
外れた水の柱は粉の様に水蒸気へと再び変換された。
思ったように威力が出ない。
(駄目!本気でやったら廊下を埋め尽くしちゃう!)
水音の強すぎる能力は完全にコントロールする事が出来ず、中途半端に力を制御する事が出来ない。
水音が横眼で倒れている今井に目をやる。
(こんな狭い所じゃ今井君を巻き込んでしまう…どうしたら!)
美奈が軽く身を屈めた。
瞬間、美奈が消えた。
水音が慌てて再び両手をかざす。
「氷の壁!!」
水音の目の前で、まず水が作り出された。
そして氷へと変換。
同時に美奈が氷りの目の前に表れた。
低い体制から上空に突き上げる、狙いは真っすぐと水音の顔面を狙っていた。
「っひ!わ!」
手をかざしたまま、反射的に目を瞑った。
バキィィン!!と激しい音が響き渡る。
顔面に当たる前に固い氷りに遮られた。
「あっは!やるじゃん!」
(防げた…!でも、こんなたまたま続かない…あんな早いの受けきれない)
はっきり言えば実力差は歴然、一番身近に居たから知っていた。
周りが美奈の事を馬鹿な人間だと笑っていたの聞いたことがあった。
授業を真面目に受けていた所なんて見た事も無い。
運動だけのよくいるタイプの人間に見えるのも解る。
だが、それが間違いだと言う事を水音は知っていた。
長い付き合いの水音だから知っている。
昼行燈
美奈にはこの言葉が一番ぴったり来ると水音は思っている。
気楽な声が氷越しに聞こえる。
「しっかし、かったいね〜」
氷の壁を殴り飛ばした右手をプラプラと振って見せた。
「さ…流石の美奈の馬鹿力も氷の前じゃ歯が立たないみたいだね!」
嫌味で言ったつもりだったが、声が微かに震えていた。
「アッハッハ!!声が震えてるね〜実践経験少ないんだから無理しない方がいいんじゃない?」
「む、無理なんかしてないよ!!」
実質図星であった。依頼による戦闘は全て怜次、和也に任せ後方支援。
上位ランクになれば戦闘経験もある程度身に付くが、唯でさえ低いランクの依頼ばかりをこなしていた分、戦闘の依頼も少ない。
「ま、上出来じゃない?あたしの一撃を止めたんだから」
美奈は軽く氷を叩いて見せた。
叩く音が氷の内側で反響した。
「ま、負け惜しみにしか聞こえないよ!!」
水音の言葉に一瞬、美奈がキョトンっと目を丸くした。
そして噴き出すように笑った。
「アッハッハ!!私の能力忘れた?」
美奈は笑いながら、ゆっくりと冷たい氷に掌を添えると。
「あたしの能力は…」
当てた掌を中心にピシ、ピシ、と音を立て、氷りにヒビが入っていく。
先程殴られた時は、傷一つ付かなかった筈の氷の壁に亀裂が広がっていく。
「な、何で!?」
パキィン!とガラスの様な音と共に水音の氷の壁が砕け散った。
氷の破片は落ちていくと共に気体へと戻っていく。
残ったのは、笑顔のまま右手の掌を水音に向けている美奈と、呆然と美奈に両手を向けている水音。
「あたしの能力は【力】、単純な【パワー】!直ぐ終わっちゃうから使いたくないんだけどね〜」
水音もゆっくりと手を下した。
全力で殴っても砕けなかった氷は、美奈が能力を使った瞬間、掌を添えて少し押しただけでいとも簡単に砕け散った。
人、一人を気絶させる事が出来る程の力も持った美奈が全力でぶん殴っても氷の壁に傷が付く事は無かった。
しかし、美奈の能力は氷を簡単に打ち破った。
単純にその威力は想像出来る。
(あんなの一発でも食らったら…)
水音の背中に寒気が走った。
「直ぐに終わっちゃうのは嫌なんだけどね」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
その言葉通り、先程の様に氷で防ぐ事は出来ない。
能力を使いながらならば氷事潰されるだろう。
勝てない…死
瞬間的に頭に過った言葉に、否定する様に慌てて首を振った。
「まだ解らないよ!!」
声が震える、正直に怖かった。
美奈のいつもの笑みが見えた。
その笑みを見た瞬間、恐怖が消えた。そして再び違和感が。
先程のいつもどおりの違和感では無く、底抜けに明るい美奈からはあまり似合わない感情。
水音の鋭い感覚はそんな小さな感覚を逃さなかった。
(何で?操られてるのに…悲しい…?)
確かに感じた、悲しみという負の感情。
「水音は知ってたっけ?あたしの請負人ネーム」
依頼人時に別名とされる名前、
付けられる名前は、本人を示す。
「デストロイヤー(破壊者)[Destroyer]…あたしは全てをぶっ壊す!!」
「!」
はっきりと感じた。
悲しみの感情。
美奈は再び構えなおした。
(何…これ…!?)
禍々しい狂気を思わせる感情と、悲しみを思わせる感情。
2つの感情が水音の頭をなんども過る。
自分の知らない2つの美奈の世界。
いつも笑っている美奈からは感じたことのない。
悲しみの感情。
狂気の感情。
美奈が俯いた。
陰に隠れた顔は見る事が出来ない。
しかし、その顔が笑っている、と思う事は出来なかった。
「死な…ない…で…」
苦しそうな、嗚咽の様な声が漏れた。
(え?)
水音には美奈の言葉を聞きとる事は出来なかった。
それは、美奈が先程と同じ様に状態を低くしたからだ。
最高速を出す為の構えだ。
先程までの突然目の前に現れるのはこれによるものだと理解する。
ドン!と地面を蹴る音と共に、一瞬で距離が詰まる。
「っ!」
水音は瞬時に手を前にかざすと再び氷の壁を作り出す。
それを見た美奈は口の端を更に吊り上げ、拳を強く握りしめた。
一直線に氷に向かって拳を突き出す。
パリン!と先程よりも豪快に氷の壁が割れた。
拳の勢いは止まらず、そのまま水音へと襲いかかる。
「!」
恐怖で目を瞑りながらもかざしていた両手をギュッと握る。
破片となった氷は先程の様に消えずに水へと変わった。
薄目でしっかりと水音はそれを確認する。
水音に当たる直前で拳がビタッと不自然に止まった。
(?)
それも一瞬、直ぐに拳は動き出す。
美奈の耳に不自然なパキッという音が聞こえた。
その一瞬を水音は逃す事は無い。
(!)
慌ててその場から転がるように逃げ出した。
美奈の拳がすざまじい音を立てながら空を切る。
(とりあえず別の場所に!今井君を巻き込まない所に!)
水音の目の前に先程確認した『科学室』と表札された教室。
慌ててドアを開けると中へと転がり込んだ。
ドアを閉めると同時に集中力を瞬時に底上げする。
パキパキ!と音を立ててドアが固い氷で封じられていく。
そこでへたれこむと、辺りを見渡す。
見覚えのない教室は3年生専用の科学室と知る。
その教室は水音達の教室よりも大きな教室だった。
大きな机が数個置かれたその教室は、数人で実験をする為に用いられたもの。
教室の端に置かれた2つの大きなガラスケースにはビーカーや禍々しい物が点在されている。
教室の前には大きな黒板と教壇。
授業後だったのか、教壇の上には幾つかの科学用品がそのまま置かれていた。
一番ドアから遠い机へと向かうと机の陰に座り込む。
「落ち着け…落ち着け!!」
震える手を押さえながら自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返す。
美奈と戦う事は初めてだ。
しかし、水音は美奈を昔から知っていた、その実力も。
水音の表情は青ざめ、体が微かに震えている。
突然だったからこそ、美奈との戦いに対応出来た。
美奈との戦闘に、間が出来た事により緊張が沸々と湧いてきた。
考える事が出来てしまった。
和也は?
今井君は大丈夫かな
何とかしなくちゃ・・・・
美奈が私を殺す…?
美奈を倒さないと駄目なの!?
嫌だ!!!
そんなの!!
怖いよ…
水音には致命的な弱点があった。
日頃から反射的に人の感覚を読み取ってしまう水音は思考が混乱しやすい。
そして精神的に弱い面がある。
極度の緊張と焦りが水音の神経をすり減らし、現状況に震えていた。
だが、それ以外の理由で自分がおかしくなっている事には気づかなかった。
実験室の端に一列で並ぶ蛇口からポタポタと水が垂れ落ち始めた。
能力は自らの意思以外に、本人の状態によっても異なる。
集中状態や感情の高ぶりにより能力の力の上下も変わる。
水音自身の混乱は能力にも影響される。
自らが制御しない強すぎる能力は暴発する。
ドォン!!
爆発の様な音は一列に並ぶ蛇口から。
大量の水が全てから噴き出していた。
噴出す水は溢れ出ると、床へと流れる。
教室の床が一瞬にして水びたしへと変わった。
その現象を起こしたのは、濡れた床に三角座りで震えている少女。
殺せ
声がした。
何処かで聞いたことのある声。
慌てて水音が辺りを見渡した。
しかし、そこに水音以外の姿は無い。
「だ、誰!?」
怯えた水音の声は教室内で反響した。
再び頭に言葉が響く。
美奈を殺せばいいんだよ。
その言葉が水音の心に染みた。
それが当たり前の様に。
そこでッハと我にかえった。
(私は今何を…?)
水音に寒気が走った。
今、一瞬でも美奈を殺す事を考えた自分が居た。
「わ、私どうしちゃったの!?」
一度頭を振ってから再び頭を抱える。
(早く美奈を倒す方法を考えなきゃ…)
再び何処かで聞いたことのある声が頭の中に響く。
『倒す』何て甘い事を考えるから弱いんだよ
『殺せ』ばいいんだよ
「!」
殺せという言葉が体を震わせる。
「や、やだ…」
気づいた。
この聞き覚えの声が誰なのか。
自分自身の声だ。
「何で…」
その疑問に答える声が頭に響く。
何で?今更?声はずっと聞こえてたはず
聞こうとしなかっただけ
殺せないなら代わってよ
再び寒気が走った。
「い、いや!」
先程よりも強く声が響く。
出来ないんでしょ?
だったら代われよ!
代われないなら殺せよ!!!
頭がガンガンする、ドッと汗が流れる。
「う・・・ぇぇ・・・」
吐き気と寒気が同時に水音を襲う。
消えたはずの苦しみが一気に帰ってきた。
殺せ!
「や・・・めて」
頭が破裂しそうになる響き渡る声。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!
狂った様な自らの声で何度も何度も同じ言葉が頭に響く。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
狂ったようにかぶりを振った。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
バキィン!!と割れるような音が幾つも教室に響く。
噴き出していた蛇口は威力と共に砕け散っていた。
壊れた蛇口から未だ噴き出す水は空中に分散され、水しぶきは舞う。
床を埋め尽くしていた水が音を立てて氷へと変わっていた。同時に水しぶきは粉雪へと変換される。
そこに異様な風景が広がる。
「・・・・・」
教室内でサラサラと舞う雪の中、無言で水音が立ちあがった。
パキィン!と割れる音がした。音と共に水音の髪留めが床へと落ちる。
暴発した能力に耐え切れなくなった能力制御(髪留め)が完全に壊れたのだ。
両方で結ばれた赤い髪がゆっくりと下に落ちる。
髪型が綺麗なストレートへと変わった。
顔を上げた先に、紅い髪に負けない位の赤い眼へと変わっていた。
第14話 VSデストロイヤー −完ー
第14話 VSデストロイヤー
でした。
殆どが現状況の説明で終わるとか…
そこは置いといて、水音と美奈でした。
この2人の過去の話等をいつか書きたいのですが、それも大分先になるかもしれません。
美奈は一見お気楽に見えるが、実はまとも。
みたいなキャラがほしいな〜とか思って書きました。
友達に「この子良いね!ショートカットてのが良い!良いね!」
などと興奮していたので一瞬書かなきゃ良かったと思ったり…
というよりもう出てこないはずだったんですが…
色々言いましたが、これからもよろしくお願い致します。
それでは次回もよろしくお願い致します。