第10話 見え無い少女と桜木怜次 1
朝
漆黒の男との戦いから和也はその男の事を、今井【情報人】に捜査を依頼する。
水音を襲った組織が明らかになる。
昼
怜次は見知らぬ少女と出会う、
キーワードは『青空』
視え無いという事で悲観した事は無い。
むしろ好都合ではないだろうか
どんな形になろうと、
どうせ見え無いのだから、
吐き気を覚えることは無い
次第に記憶は色を忘れた。
血の色はどんな色だったろう?
人の体を巡るそれはきっと素晴らしい色だろう。
ソの色ヲ忘レタのだケガ残念でナラナイ
ワタシはキョうも浴ビる
人ヲ動かス素晴らシイ血トいウものヲ浴びる
生暖かイ【ソレ】はキっと素晴らシイ色に違いナイ
また、途中から自分が解らなくなった。
AM7:45
「うむ、良い味だ」
白髪白眼の男、和也は目を細めながら目の前の食卓を箸で摘んでいた。
紺色のブレザーの下にカッターシャツ、赤いネクタイにブレザーに合わせる様な同じく紺色の長ズボン、ブレザーの胸の所に金色の盾の様なマーク、本当ならピシッとしている様に見える姿のはずの制服は見た目からか少しだらしなく見える。
目つきが眠そうにしているのは、朝が弱いのかもしれない。
「しかし、塩加減が甘いな、弱火で焼きながら塩の粉末を少量加える事を求む」
何か妙な事を言いながら和也は湯気を立てる赤い鮭の焼き物を摘んだ箸の先の赤い実を睨んでいた。
「お前は姑か!!ってか料理出来ねェーのになァんで知識は持ってるんだよ!!」
身長180はある大男が和也に向けて声を荒げる。
不良っぽい感じが取れない男には妙な違和感があった。
その違和感の正体は大男の身につけている物にあった。和也と同じ様な制服の上から可愛らしいブタさんの絵がプリントされたピンク色のエプロンを身に付け片手でお玉を振り回している。
不良っぽいツンツン頭の大男はあまりにもその違和感が拭いきれない。
「怜次、馬鹿にするなよ料理の知識を持つ事で、いつ如何なる時も栄養配分を考え絶対的な健康バランスを保つのだ、そもそも・・・」
長くなりそうな言葉に怜次と呼ばれた大男が終止符を打つように叫んだ。
「お前、食いモンなら何でも食うだろーが!!」
その和也の隣では目の前の食卓をジッと睨んでいる赤髪の女性が居た。
可愛らしいピンクのリボンで2つに髪を括っている女性は綺麗というより何処か可愛らしいというイメージの女性であった。
上半身のみは和也達と変わらないが下のスカートは膝より上までの少し短いと思われそうな青色のスカート。
和也達とは違い綺麗にピチッと着た女性は端から見れば優等生に思える。
睨む様にその色鮮やかな食卓を見て、小さくため息を漏らす。
ため息と同時に両脇で括ったツインテールが少し揺れた。
「不公平だよ・・・」
女性が悲しそうに漏らすと独り言のように呟いた。
「なんで怜次君はこんなに料理が上手いんだい、まだ下手くそでも一生懸命作って、恥じらいながら料理を出して『ど、どうかな?』とか言う方がまだマシだよ」
怜次が水音の言葉に固まる。
「いや、水音ちゃん?俺にどんなキャラ希望?」
水音と呼ばれた女性は頬を膨らませながら怜次を睨んだ。
「不公平だよ、何で女の子の私よりも料理が上手いんだい」
その言葉に怜次と和也が固まる。
「私にも作らせてくれてもいいのに」
その言葉に二人の男は顔が青ざめる。二人の脳裏には全く同じ事が考えられていた。
過去に水音の料理 (ドロ状) を食し、その味は例えるなら核兵器を思わせるレベルの高さを見せた。
その核兵器(水音の料理)を食し、何度卒倒したかは数え切れない、救急車を呼ばれた事もあり、その料理の腕はある意味最強で最凶であった。
食べなければいいのだが、目を輝かせてジッとこちらを見ている水音を見ると正直断る事を考えると複雑な気持ちになる馬鹿二人なのだ。
しかし、毎日あんな物を作られては体が持たない。
そこで水音に料理をやらせない、という結論を得た二人は常に警戒を怠らず、怜次が料理を作り、台所を空けないという策に出た。
しかし、いつまでも続くわけもなく、そろそろ不満がるだろうな。
という予感は的中へと変わった。
二人の明日はデッド オア アライブ
「嫌々、水音ちゃんのはその、生死に関わるし・・・」
怜次は出来るだけ丁寧に言った。
つもりだが顔が強張っている。
水音は怜次の顔をジッと見た後、俯いた。
「そっか・・・そうだよね、あんな不味いもの食いたくないモンね・・・うん解ってる」
水音の肩が小さく震えた。俯いた時に前髪で顔が隠れているのが更に辛く見える。
へ?とポカンとする怜次の眉間にハンマーの様な怒りの鉄建が飛んだ。
ぐぼぁ!?という叫びと共に怜次が吹っ飛ぶ。
和也が若干顔に怒りを見せながら、拳を戻した。
「てめぇぇ!!!何!!しやがんだコラァァ!!!」
怜次も怒りに任せたて立ち上がると和也の胸倉を掴む。
「貴様・・・女(水音)を泣かす様な奴とはおもわなんだぞ」
和也も怜次の胸倉を掴む。
この男、もとい和也は水音に好意を寄せている・・・・・・というのでは無く、唯単に水音に甘いのである。
この言葉から見れば、ならいいじゃんと他人行事に考えてしまうのだが、水音が困れば即座に鉄拳が飛ぶ駄目駄目なのだ。
それの常に被害の中心に居るのが怜次である。
「はぁぁぁ!?ほんっっっっと!!お前はァァァァァ!!」
「フン、来るか?ブタさんエプロンをしている奴になど負ける気はせんわ」
「てんめぇぇぇ!!コロス!!ぜってぇコロス!!」
和也と怜次の言い合いの最中、二人の周りに熱気とバチバチと電流が迸る。
「やめなさーい!!」
先ほどまで肩を震わせていた水音はいつもの顔で怒った様に二人を見ていた。
「何で喧嘩してるのかな?駄目だよ喧嘩は!」
水音は両手を腰に当てて大きくも無い胸を張って2人を睨んだ。
(嫌、水音 (ちゃん) が原因なんだけど・・・)
「・・・」
いつ入ったのか、寮内の居間のドアの前に今井が立っていた。
和也達と同じ紺色の制服を着ている。
違うのはキッチリと着ているという事だけ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「あ、今井君」
二人の沈黙も露知らず、水音が軽く今井に手を上げた。
若干疲れた顔をしたまま、誰の遠慮もいれず、ズカズカと入ってくると、ッフーという声と共に椅子にへたり込んだ。
「何?お前いつから居たわけ?」
怜次は和也と掴みあったまま固まっていた。
いきなり今井が来るとは思っていなかった。現在は7時、今なら学校への用意が順当だろう。
予想外の事に怜次は頭の中をグルグルと模索していた。
「和也の『うむ、良い味だ』から」
今井が簡単に答える。
「最初からかよ!!声かけろよ!てかお前は【数少ない】突っ込み方面なんだからボケんな!!【俺が】余計疲れる!!!」
怜次は早口で今井に叫ぶ、未だに和也の胸倉を掴んだまま。
今井は疲れた顔を一層疲れを被せて椅子に背中を預ける。
顔を思いっきり後ろに仰け反らせた。
水音はいつもとは違う今井に違和感を覚えた。
「だ・・・大丈夫?」
今井は仰け反らせたまま枯れた声を出した。
「やっと、手に入れたんだ・・・情報を」
お茶を入れてくる、と水音はパタパタと音を立てて急いで台所に向かった。
「情報・・・・?どういう事だ?」
怜次が台所に行く水音を横目に聞いた。
和也達の請負人という、依頼を受けて仕事を遂行するのとは別に今井は情報人という仕事をしている。
情報人とは、警察等では入手出来ない様な情報や相手の戦力、はたまた城の見取り図まで様々な情報を売る仕事だ。
請負人は依頼で必要な情報は常に情報人から買い取る。
しかし、情報人は請負人のみに売るのではなく、犯罪者に情報を売ることも有り悪人、善人、隔てなく売り買いをする、いわば『中間』の人間だ。
情報人は請負人とはまた別のスキルを要する。
情報を集める為のずば抜けた記憶力。
情報を手に入れるための裏切りや戦闘という度胸、それを踏まえた上での客からの信頼を集める人柄。
オールマイティに何でもこなせなければ勤まらないこの仕事を学生で持っているのは珍しく、それは同時に今井がそれ相応の実力を持っている事を意味していた。
和也は鬱陶しそうに怜次の胸を押してむりやり放した。
その時に怜次の目がまだ治まっていないと、更に怒りに目を光らせていたが和也は気にしない。
「手に入ったのか?」
和也はそれだけ言うと今井をジッと見た。
今井は疲れた顔を向けて軽く頷いた。
和也は今井と向き合える形で長机に座る。
その一連を見ていた怜次は今井が何故ここに来たのかが解った。
「和也、今井に情報、頼んだのか?」
怜次は軽く驚くと慌てて和也の隣に座った。
和也が何の情報を頼んだのかは薄々察しが付いている。
今井は水音が運んできたお茶を軽くすすってから水音に軽く礼を言うと、和也を見て、それから怜次を見て、最後に水音を見た。
「情報はお前から・・・てなってたけど、別に怜次、水音に言ってもいいんだな」
和也は少しだけ頭を前に倒した。
その動作を了承と受け取った今井は情報人としての仕事をまっとうする事にした。
「俺が売る情報の名は―」
一瞬だけ間を空けた。重苦しい空気がこれから言うことを更に重くしている様に。
「犯罪組織、通称トランプ」
怜次はやっぱりか、と確信した。過去に己宮内に、どのような犯人か聞こうとしたが、「これ以上は言えない」と固く断られていた。
和也が入院時に己宮内が怜次達に教えたのは、
『和也が水音を守る為、何者かに大怪我を負わされた』これだけで、実際の事は己宮内は伏せていた。
これだけでも誰かがこの学校に侵入した事が解り、本当なら機密事項で有り、
周りには和也の傷は『腐敗した工場が壊れ、それに巻き込まれた』という事になっていた。
和也、水音に口止めをするのが普通なのだがあの時は己宮内の配慮によって教えられている。
情報人は最低限、何の情報か、誰の情報かを情報を提供して欲しい者に聞かなければ成らない。
『トランプ』
名前だけは水音が兄から聞いていた。
請負人としても、この学校都市にしても上位に居る風間は襲ってきた者たちの事を当然の事の様にしっていた。
どこまでも妹に甘い風間である。
今井から情報を取ったという事は和也も同じ様に己宮内に詰め寄っていたのか、と怜次は適当に考える。
怜次が椅子にもたれると、目の片隅に水音が映った。お茶を渡した後、すぐに怜次の隣に座った水音は顔が青くなっていた。
俯いて机をジッと見ている。
時々唇を噛む仕草を見せ、目に薄らと恐怖が浮かんでいた。
命を狙ってきた組織の名を聞いて、狙われたときの事を思い出したのかもしれない、と怜次は不安げな水音に同情する。
水音の脳裏に歪んだ純白の目をした和也の皮を被った狂気の塊の存在が浮かんでいたのを怜次は知らない。
次に怜次は今井を見た。
今井は珍しく困ったような顔をしていた。
疲れに染まっている顔は、はっきりと和也達の心配をしていた。
言おうか言うまいかという風に何度も口が開いたり閉じたりしている。
和也に頼まれ調べ上げた情報は危険な物、それを教えれば和也達が傷つくかもしれない。
今井は情報人としてはまだ幼い。
だからこそ甘い部分が有り、自分の情報のせいで友達が危険に踏み込むのは気が引けた。
それを見ていた和也が先に口を開いた。
「今井安心しろ、別に襲撃するわけではない、次に襲われた対処法だ」
和也は元々自分から首を突っ込んだりはしないし、『どこでどうなろうがどうでもいい』そんな考えの方が強い。
それを知っている今井は和也の言葉に偽りは無いと核心し、肩を軽く上げて目を瞑った。同時に重苦しい空気が軽くなった。
今井は淡々と話し始めた、水音を襲った組織の事を―
AM8:20
いつもの1−2のクラス、
いつもの様に暴れてる奴、話してる奴、能力使って遊んでいる奴、
その中に一人、椅子に大人しく座り、腕組みをして目を瞑る和也の姿があった。
和也は朝の今井の話を思い返していた。
「この組織はお互いをトランプの記号で呼び合う、その中で分割されている部隊はスペード,ダイヤ,ハート,クローバー,12人ずつに分かれた部隊だ。
この4つの部隊のそれぞれトップに立つのがKって呼ばれてる4人だ。
その中でもトランプのリーダー各として成り立ってんのはクローバーのKだ。
別に白のジョーカーと黒のジョーカーっつー雇われたっぽい二人組みもいる、そこはトランプの歴史でジョーカーが後から入ったのに関係してんのかも知れないな
数はトランプと同じ32枚と同じ32人。組織としては少数だが全員が能力者の総勢部隊だ。」
今井はそこで一旦口をつぐみ三人を見た。
質問を待っているようだ。
和也が口を開く。
「その4人組のKと二人のJの特徴や実力は?」
今井は軽く首を振った。
「悪いがそこまで解っちゃいない、実力はあるだろうよ、能力に特化した組織だ、警察も手を焼いてる」
水音も口を開いた。
「何を目的にしているの組織なの?」
歯痒そうに今井は目を逸らす。
「・・・まぁ、0能力差別の批判かなぁ、言ってる事は良い事に聞こえるけどよ、被害者にとっちゃ唯の無差別テロと変わらないさ、
前なんか差別反対の為にバスのっとって死人出した事もあるしな」
和也が舌打ちをした。
この様な能力者は少なくない、0能力者は極めて嫌われやすい、だからこそ立ち上がるものもいる。
やり方は色々だが、トランプは暴挙、力で無理矢理、差別を組み替え様としている。
このやり方を持つ組織は数多く存在、その存在が関係の無い0能力者達に非難が降りかかる事は解らないのか。
何故トランプが水音を襲ったのかを聞くと、今井は悔しそうに首を横に振った。
あの後、実質判ったのはそれだけであった。
今井は謝っていたが、本来これだけの情報でも手に入れるのは法律の合間を縫う仕事だ。
今井は十分やってくれたと和也は思っている。
そして、皆で寮を出る時にさり気なく和也の手に紙を握らせていた。
不思議に思ったが今井の目が『ここで見るな』と告げていた。
和也はポケットに手を入れて一瞬固まると、周りを確かめ、誰も見ていない事を確認する。
ゆっくりと朝渡された紙を出すとシワを広げていく。
その紙はA4程の薄い紙、今井が慌てて渡したので沢山の折れ目でグシャグシャになっている。
そこにはカラーで写るある男のプリントの絵とその下にある文字だけで構成されていた。
『美濃悠那 ガンナーのマスター(凄腕)のAランク
12歳の頃に請負人の職業に就き、その容姿と解析不能の能力、黒い翼を持つ事から、別名【黒翼の堕天使】と呼ばれている。12歳にしてAランクの仕事をこなす事から最年少内では最強、と呼ばれ将来に期待されるが、13歳で請負人を脱会、現在では15歳とされているが、その姿を見るものは皆無、最先端の情報では【裏】の世界の住人となったと言われている。現在では最も有力な情報だと思われる。』
器械の文字で密集された言葉は全てあの時の工場の一人の少年を指していた。
そのプリントされた絵は幼いながらも、漆黒の目とその髪は変わっていない。
グシャッと紙を片手で握るとA4の紙が押し潰される。
「今井・・・感謝する」
和也はトランプを襲撃するつもりは無い、今井に言った様に次に襲われた時の対策だ。
だが、和也はある男の事はそんな安易に考える事は出来なかった。
水音(仲間)を傷つけた事を忘れた訳ではない。
「次は潰す・・・」
和也がぼそっと口に出た言葉はクラスで騒いでいる者達には聞こえない。
和也の周りだけ冷たい空気が走った。
瞬間であった。
「か!ず!やー!」
「必殺!ドキ☆2人一緒のドロップキックゥゥゥ!!」
2人分のドロップキックが和也の後ろから頭部に的中。
すると、椅子から凄い勢いで吹っ飛んだ。
いやっはー!と2人がハイタッチ
和也は直ぐに立ち上がるとドロップキックをかました2人を睨む。
机の角に頭をぶつけたのか、頭からダラダラと血を流している。
片方は無邪気な笑顔を見せているさなぎ、もう一人はニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、指定された制服とは別に右手首に金色のリングのアクセサリーを付けた青年、名は正人
170程の身長を持つ、同じクラスの少年だ。
「何だ貴様等……喧嘩を売っているのか?喜んで買うぞ」
和也の目が苛立ちで2人を睨む。
「そんな目しちゃイヤ〜ン、ちょっとした茶目っ気じゃんよー」
正人がケラケラと笑っている。
「さっきなぁ!すんごい美人がおってなぁ!教えたろ思ってな!」
さなぎがニコニコと笑っている。先ほどのドロップキックを完全にスルーしている。
「そんな事を教えるなら怜次の方がいいだろう」
常に女の尻ばかり追いかけている馬鹿を横目で探すが見当たらない。
「それがさ〜れいちー何処にも居ないんだんだよねー、だから仕方なく、かずっちに教えようと思って!」
正人の言ったれいちーとは怜次の事を指し、かずっちとは和也の事を指している。
正人は人を愛称で呼ぶのが好きらしく、和也もあまり深くは突っ込まない事にしている。
「……ならばわざわざ俺に教える意味は無いんじゃないか?」
2人は同時に悪戯っぽく笑うと更に同時に言った。
「「うん、暇つぶし」」
「………」
和也が刀を抜いたのはその言葉の後の事であった。
ガシャーン!やドガァ!ドゴォ!という音の後に大人の女性の声の『何やってんのあんたら!!』という言葉と共にズガガガガガガガ!!という銃声音が鳴ったのとは全く関係なく怜次は商店街の前に居た。
「イヤイヤイヤイヤイヤ、これは無いだろ、無い無い」
白い布を被せた長い棒を背負いながら怜次は一人呆然としていた。
怜次は考え込む様に眉間にシワを寄せると腕組みをする。
「ちょっと教室出て?トイレ行こうとして?商店街?無理があるだろ」
自分のすざまじい方向音痴に軽く突っ込みを入れてから深くため息を付いた。
「どうやって帰ろうか……」
生まれ持った特性に慣れているのかすぐに立ち直っている。
この学園の過半数を占める生徒達は現在学校に滞在中、なので車も殆ど通らず、ちらほらと見える学生姿の少年達はいわゆる不良と呼ばれる人種だろう。
その商店街の中から一際大きな怒声が聞こえた。
薄暗い路地裏からの物の様だ。
「おいおいおい!!どういう事だぁ!?てめぇ!!」
「……特に同じ事を言う必要は無いと思う」
低い男の声の次に澄んだ少女の高い声が聞こえた。
(こ……これは…!!)
怜次の脳裏にズバシーン!!と稲妻が走る。
(お約束的な展開!?)
怜次がその声に向かって走り出した。
(オイオイオイオイ!!春ですか!?春ですか!?この展開はか弱く美しい(仮)少女が不良に絡まれている所を美青年(自称)が通り掛ってカッコウ良く不良をなぎ倒した後、『お強いんですね』(美女仮)とか言われてそれに美青年(俺)が『大した事じゃないさ……』とか言っちゃって『ステキ!』みたいなキャーが!!ウハハハハハハ!!方向音痴最高!!俺のバラ色未来が見えたゼェ!!)
脳内0,1秒で見事なまでにピンクな妄想を駆り立てていた。
待っててマイハニー!という掛け声と共に商店街の声のした方向の路地へと猛烈ダッシュ。
スライディング気味に路地裏に飛び込むと、まず怜次の目に映ったのは美しい少女では無く。
股間を抑えて悶えて倒れている不良であった。
「………………………………………あれ?」
予想外の事に脳内が一瞬停止。
「おぶひょ!?」
間抜けな声に怜次がそちらを振り向くと丁度、もう一人の不良らしき男が股間を抑えながらゆっくりと後ろに倒れて行っていた。
その目には透明な塩水が噴出している。
「しつこい」
先ほどの澄んだ声の持ち主の方向へと怜次が顔を向けると不良の股間に向けて蹴り上げたと見られる右足をゆっくりと下ろした少女が立っていた。
白いワンピースを着ている少女は麦わら帽子を深くまで被り、目は見えないが、真っ黒な髪が後ろに綺麗に伸びていた。
スラッとした体立ちに無駄は無く、背の高さは160位だろうか。
綺麗なラインの背中まで伸びている黒髪は手入れが無いのか所々はねているが、その自然さが妙に合っている様に見えた。
足にサンダルと夏使用の格好だ。
サボりなのか、学校の制服とは著しく離れている。
端から見れば酷く美しい少女だが怜次は最初の衝撃が頭に残っている。
全くか弱いとは思えない少女は男の股間を蹴り上げたのだ。
少女がこちらの方を向く。
怜次がビクッと体を揺らす。
2人の不良は今も股間を抑えて蹲っている。
「あなたもコレの仲間?」
少女がそう言うと不良の一人に右足を乗せた。
ぐは!という不良の声を無視して少女は体重を右足に加える。
ぎゃぁ!!とかなり痛そうな声を不良が上げた。
「お、おい……やめてやれよ」
見かねた怜次が止めに入る、不良は赤の他人だが、股間を抑える不良を同じ男として見ていられない。
「質問の答えになっていない、あなたも味方と判断する」
少女がヅカヅカと近づいてくる。
目標は転がっているものたちと同じマイ・サン(私の息子:注)シモネタ)
文字通りキモが冷える思いをすると、怜次が慌てて首を振る。
少女は怜次の目の前で止まると自分よりも遥かに背の高い怜次を見上げた。
「!」
その見上げている目は怜次の顔など見ていなかった。
見た事の有る様な真っ白い目、だが和也とは違う、薄く美しく、そして少し濁った白。
「……目が視えないのか?」
怜次がとっさに口にした言葉を少女は動揺することなく未だ無表情で見上げている。
「そう、違うの」
少女は怜次の言葉には答えず、首を横に振ったのを確認すると、怜次の横を通って路地裏から出ようとした。
「ちょ!ちょっと待ってくれよ!!」
怜次は慌てて少女の腕を掴んでいた。
腕を握られたまま、再び見えないはずの目をこちらに向ける。
「離して」
冷たい、軽蔑する様な声。
「あ、嫌、その」
怜次が冷たい言葉に圧倒した様に手の力を緩める。
力を緩めていても離さない怜次に少女は目を細める。
そして
「ぐへぁ!?」
少女の右足が怜次の股間にへと真っ直ぐ頭上に蹴り上げれていた。
その瞬間怜次の足が微かに浮いた。
怜次は猛烈な痛みの中、大の男の不良が倒れている理由を垣間見た気がした。
少女は倒れながら腕を離したのを横目にサッサと歩き出した。
「ちょ……待てって……」
怜次は股間を抑えながら少女に声を掛ける。
少女が立ち止まる。
「てめぇ……躊躇も無しに男の弱点蹴り上げるか?普通…」
少女は振り向きもせず答える。
「しつこい方が悪い、男はどれもしょせんは一緒、あなたも、その周りに転がっているのも」
転がっている不良の一人がナンパしただけじゃねぇか…と呟いたので、その時の現状を把握。
「ったく、とんだ女だな…折角の俺のバラ色未来を粉砕しやがって」
と、勝手な妄想を粉砕されたのは結構効いた様だ。
怜次が壁伝いにヨロヨロと痛みを堪えながら立ち上がる。
少女は振り返らない、視え無い目で振り返った所で意味は無いのかもしれない。
少女は声だけ怜次に向けた。
「私は視え無い、だから的確に急所を突いて終わらせるのが優位」
「………」
怜次が静かに息を飲む。
少女は視え無い。
そのハンデを持って人生を歩めば、そのハンデは大きな壁となる。
一歩、動く事でさえ苦悩が過ぎる。
そんな毎日が、もし自分に在ればと思うと怜次はゾッとした。
そんな状態で逃げる事も戦う事も出来ない少女は一撃で倒す事を学んだのかもしれない。
「………悪かったよ」
怜次が視線を地面に落とし、少女の背中に謝る。
「でもなぁ……」
怜次が視線を上げる。
「わざわざ金○(ピー〔妙な発信音が流れました〕)蹴り上げるこた無いだろ!!」
余程痛かったのか、怜次の目が若干赤くなっている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人の間に沈黙が流れた。
その時、少女が振り返った。
少女の乱雑な黒髪がふぁっと浮くとゆっくりと落ちる、
怜次は改めて少女を見た。
本当に美しい少女である。
髪を手入れし、ドレスを着れば、何処の国のお姫様かと言われても不思議では無い。
白い眼は見えていないのに怜次を見つめる。
もっと観ていたい、ずっと観ていたい。
怜次は自然にそんな事を思った。
見とれていた、少女が近づいてきている事にも気づかずに。
怜次の中で何かが揺れ動いた気がした。
少女が怜次の目の前で止まる。
怜次は自分との身長差が大きいなぁとぼんやりと考え、更に無表情な顔つきを見て笑ったらもっと可愛いだろうなぁと考え、
そこで我に返った。
それと少女が握りこんだ拳を上げたのは同時であった。
今日2発目の顔面攻撃。
少女の拳は怜次の顔面へと吸い付く様に走った。
ポコ
太鼓を鳴らす様な音がした、
決してあまりにも惨たらしい音を少しでも改善しようとした、
などという事など考えず、今何が起こっているのか理解していない少年の名誉の為にも、目を瞑ってほしい。
路地の壁へと吹き飛ばされる。
とても細い腕を持つ少女が出した力とは思えない威力。
勢いよく壁に激突すると同時に殴られた鼻の部分に熱いものがジワッと込み上げる。
「☆&●%$#△&$%!?!?!?」
言葉にならない声を張り上げて苦痛を堪える
両手で鼻を押さえ、ダラダラと流れる鼻血、確実に鼻がイッた。
ダラダラと冷や汗を流す。先ほどの蹴りよりも深いダメージが怜次に残った。
赤かった目は更に赤くなり、ほぼ半泣きの状態であった。
先程の不良達に対して少女はまだ手加減をしていたのだと実感した。
前の股間への痛みをまだ宿した上でのそれを超える第2撃目は耐える耐えない以前の問題だ。
痛みで転げまわっている怜次に少女は手の平を見せる様にさし伸ばしてきた。
怜次は痛みを堪えながらもその手を不思議そうに見た。
「ごめんなさい」
ダラダラと鼻血を流し、鮮血に汚れた手を気にせず少女は立ち上がる事を促す。
手のひらを出したまま言った。
先程までの突き放すような声とは違い柔らかい印象を受ける。
怜次は少女の手を取り慌てて立ち上がる。
少女の手は小さく、とても暖かい。
暖かいのは自分の血のせいかもしれない。
「・・・・・・嫌、アンタ何がしたいわけ?」
怜次が困惑する.
この少女の行動が解らない。
股間を蹴り上げ、鼻が折れるほどの強烈な拳、その後に少女は謝った。
誰が見ても解らない行動だ。
「…………………あなたは私に謝った、だから私も謝る、最初の急所への謝罪だと思っていい」
少女は淡々と言いながら、ワンピースのポケットから小さなポケットティッシュを取り出し、怜次に手を貸したときに付いた血を拭いた。
「じゃあこの強烈な右ストレートは?」
怜次は今も鼻を押さえて血を止めようとしている。
少女はポタポタ、というよりドバドバ流れて落ちる鼻血の音に気づいたのか
先ほど使っていたポケットティッシュを怜次に渡した。
あ、さんきゅ、と簡単に言うと怜次はそれを受け取る。
チーンと赤い塊を出している間に少女は答えた。
「あなたの謝った後に苛立ちを覚えた」
「・・・・・」
「・・・・・」
またしても沈黙が流れる。
「え!?それだけ!?」
怜次が鼻を押さえながら声を上げた。
少女は首だけ動かしてコクッっと頷くと再び音も無く怜次に近づく。
怜次の目の前で止まった。
「え?あ?」
怜次は少女の行動に困惑した。
少女は手を伸ばすとソッと怜次の頬に触れる。
怜次がその瞬間固まった。
少女の柔らかい感触が頬に触れている。
少女は背の高い怜次をジッと見上げている。
真下から見た少女はとても可愛らしく、心臓が跳ね上がった。
「せーの……」
少女の小さな声が怜次に聞こえる。
バギャァッ!
今度はリアルな音がする。
怜次の顔が横っ面にぶん殴られる。正確には横に曲がった鼻を再び逆側に殴ったのだ。
「ヘギャァァァァ!!!!」
2回目の断末魔、
ゴロゴロと路地を転がり、最後に蹲る。
「戻った」
少女の言葉に怜次が顔を上げると、少女は怜次の顔、基鼻を指差していた。
そしてもう一度
「戻った」
怜次はまだ痛む鼻の形を確かめるように摩る。
ひん曲がったはずの鼻は元の形に戻っていた。
「痛いのは最初だけ、もう痛くなくなる」
少女の言葉どうり、痛みは大分和らいでいた。
怜次は呆然とするが、瞬時に少女が治してくれたのだと自覚する。
「あ、ありがとよ」
不思議な少女は再び怜次に背を向けて路地の外へと歩き出す。
「・・・・・・」
こんな痛い目にあっても、怜次は少女ともう会えないのかな?と思うと少し寂しく感じた。
会って殆ど立っていないこの少女に何故そんな事を思うかは解っていない。
これでもう合えない赤の他人にとっさに怜次は繋がりを作ろうとした。
「な、名前は!?」
少女の背に向かって怜次は叫ぶ。
少女は振り向かない、この少女はきっともう振り向かない。
怜次は少女を知っている様な気がした、あった事は1度も無いのに。
何故そう思ったのか判らない。
きっと答える。
少女は人差し指を上に向けた。
怜次は釣られる様に上を見た。
青い空が広がる晴天。
「―『 青空 』 」
「青空?」
怜次は再び少女の後姿の方を向く。
青空と答えた少女は既に居なかった。
狭い路地にはもう少女は居ない、何事も無かった様に。
怜次はしばらく路地で固まっていると、路地角から再び足音が聞こえた。
帰ってきたのかと顔を上げると、そこには無愛想な男が立っていた。
「・・・・・」
白髪頭の男は怜次を一瞥した後、失礼なため息を付く。
「・・・帰るぞ」
それだけ言うと白髪頭は怜次に背を向ける。
その背は怜次にはあの少女と被る。
前座も無しのストレートな言葉、躊躇わない攻撃、何を考えているか判らない仕草。
「そっかぁ・・・」
怜次は何故会ってもいない少女の事が判ったのか理解した。
「似てるんだ・・・和也と・・・」
怜次は歩き出す和也の背を追いかけ、
路地を出る。
和也は少し離れたところでこっちを観ている。
相変わらずの無愛想は変わらない。
ここも少女と似ている。
和也の方に歩き出すと、ふと後ろを振り返った。
あの惨劇の少女は居ない。
唯の赤の他人は去っていった。
もう会う事は無いのかも知れない。
だが怜次は再び少女と出会う、運命の様に引き合わされる。
怜次は思う。
(また会たいなぁ……)
青い空は答える事も無く、見上げる怜次を見下ろしている。
少女と再び出会う場所が戦場だという事も知らずに。
PM1:10分
既に一時を回っていた。
えー、遅くなりました、2話分書いてっとやっぱ遅くなるね、うん、
もう1話はもうずぐ出来るのですぐ出せそうです。
この話と次話は繋がっています。
今回注目して欲しいのは【情報人】【青空の少女】
です。
やっと出せました。
情報人はこれからもチラホラ出ると思います。
青空の少女は主要キャラなので忘れずに頭の隅にでも覚えて頂けたら幸いです。
それではまた次で会いましょう