第9話 その時の怜次、その後の和也、それからの悠菜
悠菜との戦いは終わり、
気づけば真っ白な部屋に横たわる和也、
怜次が和也に対し怒りを見せ
水音は和也に対し不安がよぎり
悠菜は和也に対し光悦を覚える
第9話 その時の怜次、その後の和也、それからの悠菜
「ここは何処だ・・・」
光の柱の下へ走った怜次は見知らぬ地に来ていた。
うっそうと茂る草木は日本には有るまじき光景であった。
「何処だよ!!何で真っ直ぐいったのに、山の中に居るんだよ!?」
山の中で怜次の突っ込みが響き渡る。
ザァッと風が吹き、山中の木々の葉同士が擦れ合い耳に障る音を立てた。
怜次の背中が音に会わせてビクッと揺れた。
「・・・」
辺りを見回すと、真っ暗な山の中は怜次の全てを飲み込む様に見えた。
「と・・・とりあえず、帰ろう・・・」
怜次はいそいそと山道を降りていった。
その瞬間、怜次の目の前に異様な光景が広がった。
地面に広がる2メートル程の円が描かれていた、
描かれている線は紫色に輝き、円の中には見知らぬ字で埋め尽くされていた。
その図は本で見る魔方陣を思わせた。
「何だこりゃ?」
その言葉を発した瞬間、弾かれた様な音と共に魔方陣の上からマントをすっぽりと被った男と倒れている血だらけの男が光と共に現れた。
「ななななんだぁ!?」
驚きの声を上げて怜次がしりもちをつく。
「何だ?お前等?」
怜次は慌てて立ち上がると突然現れた男を睨んだ。
男は怜次を見た瞬間ビクっと体を揺らすと、軽く舌打ちした。
「Shit・・・」(くそ・・・)
怜次が訝しげに睨む。
(何だこいつ?シット?嫉妬してんのか?)
怜次は脳内で軽く素でボケた。
「sorry・・・あンタにハ悪いガ気絶しテもらウ・・・」
男が右手を怜次にかざすと手のひらから光の玉が飛ばされた。
光の玉は怜次にぐんぐんと近づいていく。
「う・・・わ!」
状況が理解出来ないまま、怜次の額に光の玉が当たった。
ドン!という音が暗い山道に響き渡った。
それと同時に怜次がゆっくりと後ろに倒れていく。
草むらの中に怜次の体は埋もれた。
「・・・」
男はそれを確認するとくるっと後ろを向くと何かボソボソと呟いた。
『Insegua un odorato di Lei io corro chi dopo per Lei perché Lei chi La soddisfano, e vuole volare una goccia di una fuga delicata, e corre dopo lui; 』
男は歌う様に言うと、少しずつ声を大きくして行く。
男の声は澄んだ綺麗な声をしており、暗闇の中では異質に見え、そこだけが光っているという印象を受けた。
『per sempre per sempre(永久に永久に)』
付け足すように最後に優しく、小さく言った。
同時に、マントの男の足元に先ほどと同じような魔方陣が現れた。
魔方陣はみるみる内に輝くと、暗闇から光へと一転していた。
「イッテェ!!」
怜次が草むらから立ち上がった。
「てめぇ!!何しやがる!」
怜次が後ろを見せている男に怒りの言葉をぶつける。
「!」
男は再び振り向くと、驚いた様に小さな声をあげた。
それと同時に、に魔方陣はテレビの画面が消える様にプッツンと音を立てて消えた。
「だが・・・」
怜次はそこでニッと笑みを浮かべた。
「判りやすいぜ!!」
先ほどのキョトンとした顔からみるみる目の色が変わる。
「戦闘開始だ!!」
その言葉と共に右手を背中にやる。
男も身構える。
(こイつ…戦い慣れシテいるナ)
背中にやった手は空を切り、怜次の手が無造作に何かを掴もうとしている。
「・・?あれ?」
更に何かを掴もうと空を手が描く。
(しまったぁぁー!!!槍持って来てねぇ!!)
怜次の顔は闘志の顔付きがアホ面に変わり、右手が背中に行った状態で固まっている。
男は今も警戒を続けながら怜次を睨んでいた。
(wahat?・・・奴ハ何をやっていル?ダが奴は只者でハ無い、)
男はチラッと血だらけの悠那を見た。
(コの男の為にモ長引かセれなイ逃げた方がイいか)
怜次の痛恨のミスでお互いにらみ合う形で硬直していた。
(やっべー!やっべーよ!槍無きゃ戦ぇねーよ!!)
怜次の顔は薄っすらと引きつっている。
(っく!何なんダ!こノ男!こノ顔は何をシようトしていル!?oh,No!!こんなに戦いが読めない男は初めてダ!!!)
男は勝手に混乱していた。
(素手で戦える相手・・・じゃ無ェわな・・・)
怜次は今だに右手を後ろに回している。
怜次が軽く舌打ちをすると、背中に回している手を下ろした。
「考えんのはガラじゃ無ェわ、素手で潰す!!」
怜次の目がギラついた目に戻る。
(こいツ、素手で戦る気カ?、か・・・賞賛があるのか?それとも唯の馬鹿なのか?
しかし・・・今は時間がなイ)
男はしゃがみ込むと両手を地面に付けた。
「悪いガ君との戦イはまた今度ダ、seeyou」
またしても同じ様な文字が浮き出る、しかし先ほどとは違い、形は歪な円な上に、色は紫ではなく赤を示していた。。
赤い光が広がると、パァンと叩く様な音と共に消え去った。
そこには何も無かったかの様に、草木が広がっていた。
「あのヤロウ・・・なんだったんだ?」
怜次は男の居た場所をまだ睨んでいた。
「とりあえず・・・どうやって帰ろうか」
再び暗い夜道で呆然としていた。
(あれ?ここは?何処だ?)
和也は何かの上に乗せられている。
耳に障る車輪の回る音、
うっすらと目に映るのは血相を変えて、和也の乗せている者をひっぱている白いナース服の女性が数人。
「心拍が安定していない!急いで手術室に!!」
聞こえのある男の声、
(誰だ・・?)
男を見ようとしたが体は上がらない、
(駄目だ・・・眠い・・・)
うっすらと開けた目は再び暗闇へと戻っていった。
次に目を開けたときは真っ白い部屋でベッドに寝かされていた。
ぼぅっとする頭でぐるっと周りを見回した。
真っ白い部屋にはベッドの隣にある椅子と小さな机、そしてその上にある花瓶、それだけしかない部屋であった。
「ここは何処だ?」
和也の顔が困惑に変わる。
体中に包帯が巻かれており、腕からは細いチューブで点滴を刺されていた。
その時ドアの開く音がした。
起き上がっている和也とドアを開けた人とが丁度目が合う。
その人は見覚えのあるツインテールの長い赤髪をなびかせていた。
「水音」
反射的に和也の口から女性の名前が出る。
「かず・・・や?」
水音のか細い声は少し震えていた。
「うむ、ここは何処だ?」
あっけらかんに言った和也の言葉を無視し、水音は和也に向かって走った。
「和也!!」
水音は思いっきり和也に抱きついた。
「ぐぼはぁ!?]
水音が抱きついた拍子に、和也の傷に見事にめり込んだ。
「あ・・・ごめん」
水音は慌てて和也から離れた。
「でも、良かった・・・本当に良かった」
水音の顔がみるみる泣き顔に代わっていく。
「え?あ?お・・・おい泣くなよ」
和也の顔に動揺が広がる。
「おーいそこの最低男、女の子泣かすなよなー」
またしてもドアから人が現れた。
黒猫以来の顔合わせの男は、あの時の様に、細い銀縁メガネと咥えタバコに真っ白のコートのポケットに両手を突っ込んでいた。
「己宮内」
和也の言葉に呼ばれた男、己宮内はめんどくさそうに軽く手を上げると、歩く音にわざと足音を入れた様にコツコツと音を出しなら近づいた。
「おい、これはどういう事か説明しろ」
和也はいつもの無表情で言った。
一瞬、己宮内は妙な顔つきになったが、軽く肩を上げて、ため息を付いた。
「久々だってーのにあいかわらずだな」
和也の無表情は変わら無い。
「・・・まぁいい」
己宮内は話始めた。
「お前はここ三日間眠り続けていたんだよ」
和也の無表情が一瞬、困惑の色へと変わった。
「三日間も・・・?」
「ああ、三日前、お前と水音ちゃんを担いだ風間が病院に急いで入ってきた、2人とも重傷だったが、和也、お前は一番危なかった」
「水音は・・・大丈夫だったのか・・?」
この言葉にすぐそこで座っている水音が変わりに答えた。
「うん、時間性の毒だったから、解毒剤を打って貰ってすぐに横になったから大事にはいたらなかったって」
「そうか」
和也がほっと胸をなでおろした。
(自分よりこの娘の心配か・・・本当馬鹿だなこいつは・・・)
己宮内は呆れ顔でほっとしている和也を見て話を続けた。
「お前の傷を見た時はゾッとしたぜ、体中穴だらけの人間なんて始めてみたからな、成功するか解らない手術だったからな、俺が直々にした、成功かどうかは五分五分だったが目が覚めてよかったな」
まるで人事の様に己宮内は言い切った。
「何だ、貴様手術まで出来るのか」
和也が軽く眉を上げる。
「たりめーだ、俺に出来ない事は無い」
自身過剰の己宮内が軽く胸をはる。
「ま、お前の生命力に呆れるよ、体の中から計20個の弾丸が出て来たんだ」
水音の背筋に寒気が走る。
(そんな体で戦ってたんだ・・・)
「そーか」
一瞬の間が空いた。
「おい、そーかって何だよ」
己宮内が呆れた様にため息を付く。
「そうだよ何かもっとリアクションしようよ」
水音も続いて、ため息を漏らす。
「な!なんだってェ!?」
和也が突然大げさに両手を挙げて大声を張り上げた。
無表情のまま。
「・・・・」
「・・・・」
2人の目が悲しい人を見る様に和也を見た。
「何だよ・・・、貴様等が言ったんだろうが・・・」
和也が拗ねた様に口を尖らせる。
またしても沈黙が続いた。
「あ・・あの、和也?」
水音が重い口を開くと和也んび恐る恐る話掛ける。
「・・・?何だ?」
さっきまでの会話から突然戸惑った声に変わった水音を和也は疑問に思えた。
「あの時は・・・」
その時、水音の言葉の途中で白いドアが開くと共に、
聞きなれている4人の声が聞こえた。
「和也ー!」
「アッハッハ!水音早いよー!」
「和也まだ起き無ェの?」
「今日の見舞い品はバナナだ!」
さなぎ、美奈、怜次、今井の4人が入ってきた。
「お!和也起きとるやん!」
耳に障る大阪弁のさなぎの声は和也には妙に久々に思えた。
「ああ、久しぶりだな」
和也も返す。
「しかし、コテンパンにやられたな」
今井の言葉に和也が呆然とする。
「・・・何?」
「よ!負け犬!」
怜次が更に場を困らせる。
「しゃべったのか・・・?」
水音の方をゆっくりと振り向いた。
「え?えっと、己宮内さんには言ったけど、皆には・・・」
今度は己宮内の方を振り向く。
「本来は機密事項なのだが、コイツ等には知る権利があるからな」
和也の目つきが変わる。
「貴様、勝手な事をするな、コレで関わる事になれば死ぬかもしれない相手だぞ」
和也の頬に衝撃が走った、
「!?」
和也は一瞬何が起こったのか判らなかった。
その強い衝撃に和也はベッドから転げ落ちた。
怜次が拳を握り締めながら倒れている和也を睨み付けていた。
和也の頬は怜次に殴られ、うっすらと赤みを帯びて腫れていた。
「貴様、何しやがる!」
和也の目が驚きと怒りに目をギラつかせた。
怜次の目も怒りに燃えていた。
「勝手な事だと?てめぇが何も言わねぇから己宮内さんに聞いたんじゃ無えかよ!!」
和也の目が一瞬、空を泳いだ。
「それは暗殺の敵は主に強敵だと判断し、巻き込めば貴様も被害を受けるから」
「はぁ!?強敵!?巻き込む!?それがどうした!!それで水音ちゃんの命が助かるなら俺はこの命を何度でも投げ出すぜ!?」
怜次は簡単に言った、怜次はそういう男であった、馬鹿正直に生きる怜次にとって和也の自分だけ重荷を背負う行動が許せなかった。
「お・・おい」
怜次が更に和也に突っ掛かろうとしたが、今井がそれを後ろから抱く様にして止めた。
「簡単に・・・言ってくれる!!」
和也にも怒りが込み上げてきた。
立ち上がると怜次に怒鳴りつけた。
「貴様に何が判る!!俺の気持ちが!!俺の全てが!!俺は誰にも傷ついて欲しくない!仲間なら尚更だ!!目の前で、大切な人が傷つくのが!!!」
いつもめんどくさそうであまり性格が出ない和也が、初めて、見せた姿であった。
少しだけ区切りを入れて、和也が思いっきり叫んだ。
「もう・・・俺は誰も傷つけたくないんだぁ!!!」
(和也が?和也がこんな大声を張り上げるなんて・・・)
和也の口からは聞けそうに無い言葉に、水音は驚きを隠せなかった。
他の3人も水音と同じであった。
だが水音はもう一つ不信に思った、
(もう誰も傷つけたくない???一体どういう事なんだろ?)
今井は怜次を止める手の力が抜け、美奈もいつもの、笑顔から少しだけ眼の色が変わる。
いつも騒いでいるさなぎすら、呆気に取られていた。
ドア際で立っている己宮内だけは、濃いメガネから和也に悲しそうな目線を見せていた。
今井の手が緩んだのを見計らって、怜次は和也の胸倉を掴んだ。
「おい!怜次!」
今井は再び止めようとしたが、怜次の顔から怒りが消えているのを見て、すぐにやめた。
「怜次・・・・」
「傷つくのが何だよ・・・そんなに仲間が信じられないか?一人で背負い込まないでくれ、俺に背中を預けてくれよ、俺だって、仲間が傷つくのは見たくない」
怜次は悲しそうに言った。
その目は同情か、悲しみか、それとも両方なのか、複雑な色に染まっていた。
「・・・!」
怜次の言葉に、和也の脳裏に美しい声が広がった。
『一人で背負い込まなくてもいいよ、あたしは君の隣に居るから、疲れたら、体を預けて寝てくれないかな?』
その声は一瞬で欠き消えた。
(そんな・・・事もあったな・・・)
和也は目を伏せた、白いコンクリートの床が目に映る、だが別の何かも眼に映っていた。
「すまなかった・・・な」
その言葉を聴くと怜次は胸倉を離しニッと笑った。
「わかればよし!!」
そう言うとサッサとドアの方に歩いていった。
「そんじゃ!サッサと元気になれよ!こっちは依頼が溜まってんだからよ!」
バタンと音を立ててドアが閉まると、怜次はもうその部屋には居なかった。
「たく・・・不器用だなお前等」
今井は呆れた様に言った。
「ま、俺はそんな怒って無いけど、無茶すんなよ」
そう言うと怜次の後を追うように、ドアの方に歩いていった。
「じゃーねー2人とも!」
さなぎも愛想よく笑うと今井の後を追いかけた。
「アッハッハ!あたしは正直どうだっていいけど、水音を守ってくれてありがとね!和也!」
美奈もいつもの様に笑うと、怪我など関係なくバシバシと和也の背中を叩くとすぐに出て行った。
3人が出て行った後、部屋はシンと静かになった。
「ねぇ和也・・聞きたいことがあるんだけど・・」
水音はベッドに座ったまま和也を見据えた。
「・・・なんだ?」
再び元に戻った目でめんどくさそうに水音と同じ様に座った。
「『純白の悪魔」って・・・・何?」
その言葉が出た瞬間、和也の目に薄っすらと殺気が帯びた。
「さぁな・・・」
それだけ言うとベッドの中に潜り込んだ。
感覚の鋭い水音には、和也が一種の警告を見せたのが判った。
「しゃべれないって事?」
水音は警告を無視して、布団を被った和也に話しかける。
「・・・・・」
和也から言葉は帰ってこない。
「・・・水音ちゃん、ちょっと・・・」
見ていた己宮内は水音を呼び止めた。
(この人は和也の何かを知っている)
水音は反射的にそう考えた。
己宮内は水音の手を取ると強引に引っ張った。
「まずはここを出て話そう」
己宮内の声には緊張が走っていた。
引っ張られるがまま水音は引きずられる様に、ドアへと向かった。
「じゃあ、これだけ教えて!!本当に人を殺した事があるの?」
ドアが閉まる直前に言った言葉は布団を被って、水音を見ない和也に届いたのか、一瞬だけ首が動いた。
だが、すぐに己宮内がドアを閉めたので、和也が首を縦に振ったのか横に振ったのかは判らなかった。
「己宮内さん、和也の事を知ってるんですか・・?」
水音は己宮内の目を一直線にジッと見つめた。
(流石というべきか・・・やはりというべきか・・・どちらにせよ、良いカンだ)
己宮内も同じ様に水音を見据える。
「俺は何も言えない、水音ちゃん、和也の事に首を突っ込まない方がいい」
冷静な表情をしているが、眼鏡の奥からはっきりと警告を知らせる目を見せた。
「大体なんで、和也の事が気になる?人には言えない事の1つや2つあるもんだぜ?水音ちゃんにもあるだろ?」
水音は戸惑った様に己宮内から目を背けた。
「そ・・・それは・・・」
水音の脳裏に血だらけの女の子の姿が浮かんだ。
「今は忘れてくれ、和也の『あの姿』も、和也が水音ちゃんを友達と言ったんだ、だったらあいつは絶対に裏切らないから・・・あいつを信じてやって欲しい」
己宮内は全てを見透かしていた、あの姿というのは狂気の和也の事を言っているのだろう。
「あの時の和也を知っているんですか!?」
水音にはその言葉が信じられなかった。
「ちょっと・・・昔な」
あんな事が過去にもあったのが信じられなかった。
「水音ちゃん、和也の事頼んだぜ」
それだけ言うと水音に背を向け、歩き出した。
「あ・・・あの!!」
水音は己宮内を呼び止めようとしたが、己宮内は軽く手を上げるだけで、振り向く事すらしなかった。
「・・・」
水音は一人廊下で立ち尽くしていた。
ガチャ、
和也の部屋のドアが開くと、のっそりと和也が現れた。
「あれ?和也、どうしたの?」
水音の問いに、めんどくさそうに、和也は答えた。
「喉渇いたから、何か買ってくる」
そう言うとサッサと歩き出した。
歩き方が妙にふらついているのが痛々しかった。
「和也、私買ってくるよ」
見かねた水音が和也の背中越しに言った。
和也が口を開いて何かを言おうとしたが、一瞬、考えた様に下を向いた、
そしてすぐに顔を上げた。
「ああ、すまない」
そう言うと和也は自分の部屋へと戻った。
水音は和也の行動に少し笑いそうになった。
笑いを堪えながら、水音は自販機に向かった、通り過ぎる人達には水音は少し気持ち悪くみえただろう。
いつもなら自分で行こうするのに、怜次の言葉を気にしていた様だった。
自販機に小銭を入れると、適当にボタンを押す。
一連の行動の時も水音の頭には和也の事が浮かんでいた。
和也が遠慮を見せなかった。
和也は変わろうとしている、何となくだがそう思えた。
今は聞かないでおこう
和也の事を考えているとそう思えた。
いつか、和也が自分の事を話すのを・・・
それまでは、ずっと待っていよう
片手に缶を持ちながら、病室のドアの前まで来ると、ドアノブに手を掛けた。
回そうとした瞬間、中から和也の声がして、手を止めた。
水音に飲み物を頼んだ後、すぐに和也は部屋に入った。
自分のベッドの上に座ると、再び部屋を見回した。
真っ白な個室はベッドとその隣にある、椅子と、小さな机だけであった。
その小さな机が和也の目に止まった。
机の上には小さな花瓶があった。
花瓶にはまだ真新しい花が刺され、その花瓶の隣には少し枯れた花が置いてあった。
(今日、目が覚める何て判ってるわけ無いし・・・毎日来てくれてたのか?)
和也は心から込み上げる気持ちが芽生えた、和也には忘れていた様な気がした懐かしい気持ち。
(毎日・・・来てくれたのかぁ・・・)
だが、込み上げる気持ちとは裏腹に、もう一つの気持ちも込み上げてきた。
ドクン・・・
心臓が跳ね上がる。
和也にはもう一つの気持ちが何なのか判らなかった。
右手を目の位置まで上げるとゆっくりと手のひらを開けて、ジッとその手のひらを見た。
純白の目が薄っすらと曇っていた。
「また・・・死ねなかったか・・・」
無意識に出た言葉に和也自身も気づかなかった。
同時に、ドアが開いた。
「あ・・・」
水音が両手に缶ジュースを持ってドアの前に居た。
「ああ、サンキュ」
そう言うと和也は水音の手から缶ジュースを貰うと、指を引き手に掛ける。
「・・・?どした?」
呆然と立っている水音を不思議そうに見上げた。
「あ・・・えっと・・皆帰っちゃったし、わ・・・私も帰るね」
水音はそういうと笑顔を見せた、その笑顔は強張って見えた。
「じゃ・・じゃあね」
いそいそと水音はドアに向かった。
振り返ることも無くドアを開けると慌てて出て行った。
「何だ・・?」
不思議そうに和也は首を傾げた。
(聞き間違いだよね・・・うん、そうだよね)
水音は和也の言葉が判らなかった、聞き間違いだと思った。
聞き間違いだと思いたかった。
水音は顔を上げずに、下を向きながら、冷たい廊下を歩いた。
妙に足に温もりが感じれなかったのは、廊下のせいだけでは無いと思う。
廊下を歩いていると、看護婦達がドアの前で固まっていた。
「ちょっと押さないでよ!」
「あたしにも見せて!」
看護婦達は譲り合う事無く、ドアの隙間を覗き見ようとしていた。
「あのー・・どうしたんですか?」
水音の声に一人の看護婦が反応した。
「それが凄い2人のイケメンがこの部屋に居るのよ!」
興奮した様に看護婦は言った。
「はぁ・・・」
どうでもよさそうに水音は生返事を返す。
「見てないからそんな事言うのよ!ちょっとこっち来て!!」
看護婦は無理矢理、水音の腕を引っ張って、ドアの前へと座らせた。
「・・・あの・・?」
俄かに興奮した看護婦達に囲まれ、水音は逃げられない。
観念した様にドアの隙間を覗き込んだ。
ドアの隙間から見える、見覚えのある2人が向かい合って椅子に座っていた。
一人は偉そうに、もう一人は几帳面に座っている。
「悪いが、あんな化物を近くに置いておくのは気が引けるね」
几帳面な男は髪を掻き揚げて、言った。
掻き揚げた瞬間、除く目は睨んでいる様に見えた。
(お兄ちゃん・・・?)
聞き覚えのある透き通る声の持ち主は風間であった。
「化物・・・ね、そいつはどういう事だ・・?」
低い声の持ち主は己宮内、銀縁眼鏡から除く眼は風間と同じ様に眠そうな目の更に奥底で睨んでいる。
「とぼけるとは・・・いい度胸をしているじゃないですか・・・」
透き通る声に薄っすらと殺気が込められる。
「フン・・・」
己宮内が目を背ける。
「純白の悪魔・・・」
風間の言葉に己宮内がすぐに風間に目を向けた。
珍しく、焦りが一瞬見えたがすぐに無表情に戻る。
その焦りを見逃すはずも無く、風間はニヤッと不適に笑った。
「と言ったかな、あの男」
己宮内が軽く舌打ちする。
(クソが、何処で気づきやがった?W210のメモリーにはそんなシーンは無かったが・・・)
己宮内はあの後、機械の黒猫が見た映像を再生していた。
そこに映るのは、狂った和也の姿であった。
「さあな・・・何の事だ?」
「あくまでとぼけるきかい?己宮内さん」
「・・・」
己宮内が口を噤む
「じゃあ、逆に聞こうか・・・あの光は何だ・・?」
己宮内の眼光が更に鋭くなる。
「光・・・?」
風間は何の事か判らなかったが、すぐに理解した。
「あれだよ、水音ちゃんが纏っていた光」
「あ・・・」
水音にも見覚えがあった。
あの時の和也の傷を治していった光、水音自身が出した光であった。
「・・・・・」
次に口を噤んだのは風間の方であった。
お互いが無言で、2人の睨み合いが続いていた。
空気が重い・・・
ドアの隙間からでも水音はそう感じた。
「クックックック」
己宮内が含む様に笑った。
「ガキが・・・調子乗ってんじゃねェぞ」
己宮内の銀縁眼鏡の奥底の瞳に殺気がこもる。
「いつまでもガキだと思ったら大間違いです・・・先輩」
風間も同じ様に殺気が宿る。
普通の人間よりも数倍感覚の鋭い水音は2つの殺気に体が痺れていく。
(これが、トップクラス同士の睨み合い・・・)
数分間、殺気だけがその部屋の中でぶつかり合った。
請負人界を引っ張る若きエースと呼ばれた風間と、
請負人本部、直々からこの学校に直属を命じられるほどの実力を持つ己宮内
水音は恐怖とは別の気持ちが込み上げた、どちらが勝つのか・・・
最強同士の睨み合いはそんな、怖い者見たさを沸き立てる者もあった。
だが一瞬にして充満された殺気はプツンと切れた。
「ダリィ・・・やっぱいいわ、お互いこんな所でいがみ合ってもしょうが無いだろ」
めんそくさそうに己宮内が立ち上がった。
「それもそう…か」
風間からも殺気は消えた。
「だがなぁ・・・」
己宮内が銀縁の眼鏡を外した。
「あいつを・・・和也を化物なんて言うんじゃねぇよ・・・」
初めて見せる己宮内の目は輝くまでの金色の目をしていた。
普段、度の高い眼鏡で見えなかった目は鋭く、風間を睨みつけていた。
ッチ…
風間は軽く舌打ちするとすぐに眼鏡を掛け直し、ドアへと向かった。
(やば!)
看護婦達をおしのけて水音は慌ててドアから離れていった。
部屋で今も座っている風間の顔に一筋の汗が垂れ落ちた。
「フ・・・フフ」
風間の顔に乾いた笑みが浮かんだ。
恐怖・・・実力の高い風間が久々に感じた感覚であった。
手にも薄っすら汗が残り、今も背筋が寒い。
「・・・元Sランク、『金眼の帝王・・・実力は健在・・・か」
己宮内の金色の眼光を思い出すと風間はまた身震いした。
暗い部屋に長い机、そして六つの椅子
以前と違い、その六つの椅子には全員が座っていた。
「前には居無かったね?ダイヤ?」
以前には誰も座っていなかった左端の上の椅子に目をやった。
「・・・以前は、別の仕事をしていて来れなかった」
感情の篭もっていない言葉には逆に不気味を思わせた。
「まぁ・・・・いいでしょう」
スペードはゆっくりと背もたれに体を預けた。
「黒のジョーカー・・・解っているね?」
淡々とした言葉とは裏腹にスペードの目は鋭く光っていた。
「・・・・・」
黒のジョーカー、悠菜は何も答えない。
「あんだけ言っといて、失敗に終るんだからなぁ、何も言えないのは無理無いだろ!」
嫌味ったらしくクラブの声が悠菜に向けられる。
「・・・フン、油断しただけさ」
悠菜は軽く流しながらクラブに目をやった。
「正体までばれて、ボロボロにやられただけで、よくのこのこと返ってこれたものだ」
更にクラブは悠菜に皮肉を言った。
「・・・・なんだい?喧嘩を売っているのかい?君程度なら、手負いでも勝てるよ」
悠菜は立ち上がると漆黒の目でクラブを睨んだ。
「上等だぁ!今すぐぶっ殺してやる!!」
クラブも立ち上がった。
右端に座っていたスペードは小さくため息を付くと前髪をかき上げた。
「君達は本当に血の気が多いようですね」
クラブがそう言った瞬間、悠菜の背筋に冷たい者が走った。
悠菜は反射的に拳銃を取り出すと、盾にする様に目の前に掲げた。
ドン!
二つの擬音が重なった。
その音と同時に、クラブと悠菜は逆の方向へと吹っ飛んでいった。
「ぐぁ!」
「ぐ!」
二人は壁にめり込み、壁に細かい亀裂が入る、血が壁を伝いながらずるずると壁から落ちていった。
拳銃で直撃を避けた悠菜は苦しそうに膝を立てた。
クラブは気絶しているのか、倒れたまま立ち上がらない。
「だっさーい」
ハートが馬鹿にした様にケタケタと笑っていた。
「ほう・・・さすがは『黒翼の堕天使』、いい反応だ」
スペードは無表情のままパチパチと悠菜に拍手を送る。
「だが、私に今は雇われているという事を忘れないで欲しい・・・用済みと判断したらすぐに殺す」
スペードは殺意の篭もった、目を向けていた。
「解ったよ・・・」
悠菜は悔しそうに下を向いた。
防いだ衝撃で悠菜の服から血が染み出した。
「ぐ・・・」
悠菜が苦しそうに顔をゆがめる。
「まだ傷が癒えてないのなら、直す方を優先したまえ、直ったらこちらが払った分だけの仕事はして貰う」
悠菜は黙って頷くと部屋を後にした。
バタン
暗い部屋から出た先は明るい廊下が続いていた。
壁を伝いながら悠菜は歩いた、時々止まっては苦しそうに傷を抑える。
「和也・・・この痛み忘れないよ・・・」
悠菜の目に殺意が芽生えていた。
だが、それとは別に、子どもの様な嬉しそうな輝きもはなっていた。
まるで、新しい遊びに熱中した子どもの様な輝きを
〜おまけ〜
病院のお見舞いに行った次の日、
再び怜次と水音は和也のもとに向かっていた。
「怜次君わざわざ私に付き合わなくてもいいんだよ?」
水音がチラリと横目で怜次を見た。
「いーっていーって!どうせ暇だし、」
(それに、白衣の天使何て早々拝めねーし)
言ってる事と考えている事に罪悪感全く無しの怜次は看護婦を見る度に頬を緩ませている。
その病院内を先ほどから子ども達が走り回っていた。
曲がり角を曲がった所で見覚えのある白髪頭が少し前を歩いているのを見つけた。
「あ、和也」
水音がそう口ずさんだ瞬間、水音の横を女の子が和也に向かって一直線に走り向かっていた。
(あー当たるな)
怜次は何の気もなしに頭にそんな言葉が浮かんだ。
ドン!
和也の足に女の子はぶつかった。
和也は無表情のまま純白の目でぶつかった女の子を見下げた。
女の子は和也を見ると酷く驚いて見せると小さく肩を震わし、脅えていた。
顔も泣きそうな顔になっていく。
それもそうだろう、和也はひたすら無表情のまま女の子を見ているのだ、
女の子には怒っている様にも見える顔はとても恐ろしい者に思えたようだ。
水音は和也が学校に入ってきて3日程の事を思い出した。
通路で和也が歩いているのを見かけて声を掛け様とした。
そこに和也の前方をいかにも遊んでいるという男の二人がでかい声で話しながら歩いていた。
片方の男が和也の肩に当たった。
「イッテーェ」
そう言うと男は和也を睨み付けるとすぐにまたもう一人の男と歩き出した。
「おい・・・」
和也はぶつかった男の肩に手を置いて、無理矢理自分の方に向かせた。
「謝るって事を知らないのか?」
和也の顔は無表情で目はまっすぐと男を見据えていた。
「ア?何言ってんだテメェ?」
男はいかにもめんどくさいという感じで和也を睨み付けた。
「二人で堂々と廊下の真ん中を歩いていたら邪魔であろう」
和也の言葉は正しかった、その男2人が通った時、迷惑そうに道を開けている人が何人もいた。
「ウゼー、何こいつ?」
男は和也を指差すと隣の男に言いながらギャハハッと笑った。
和也は無言のまま、諦めた様に下に目をやった。
そのとたん、すざまじい速さで男の襟首を掴むと壁に押し付けた。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
男は一瞬の事で高い悲鳴を上げた。
「もう一度言う、謝れ」
和也の純白の眼光が男を睨み付けていた。
「ひ・・・ひぃ!」
男は和也の威圧した目に見る見る血の気を引かせていく。
「ご・・・ごめんなさい」
(まさか子どもにまであんな事しないよね・・・)
水音は心配そうに和也に近づいていく。
和也は無表情のまま女の子の背に合わせてしゃがんだ。
女の子はビクッと体を揺らしたが、逃げようとはしない。
和也は女の子に手を伸ばした。
女の子は恐怖で目を瞑った。
和也はぽん、と女の子の頭に軽く手を載せた。
女の子は驚いた様に目を開け、水音も同じ様に驚いた。
「大丈夫か?」
わしわしと頭を撫でながら和也は優しく言った。
「・・・・」
女の子は不思議そうに首を傾げると、コクリと頷いた。
「そうか、気をつけろよ」
和也が微かに笑った、かなり微妙だがほんの少し女の子に笑い掛けた。
(うわ!気持ち悪!)
普段見慣れない笑顔を遠くから見ていた怜次は悪気無しに思った。
水音もその少し前で若干固まっていた。
和也は女の子に飴らしき物を渡していた。
女の子はさっきとは違い、ニパッと笑うと走ってきた廊下の逆をまた走り出した。
廊下の途中で立ち止まると和也に向かってブンブンと手を振った。
女の子の中で和也の印象は良い人の部類に入った様だ。
和也も軽く手を振って女の子に答えた。
見えなくなるまで手を振ると和也は女の子の走り去った廊下を見ながら、ポツリと言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子供は良い」
「・・・・・・・・・」
水音の頭に浮かんだのはあまり考えたくない言葉であった。
怜次も似た様な事を考えているのが水音には解った。
まだ和也に遭って日が浅いからなのかどうかは解らないが水音達にとって、和也=雨の中の子犬を拾う姿。
というのは想像し辛かった。
だから和也の言葉『子供は良い』=子供好きの爽やかな青年、というより、『子供は良い』=子供な女の子が好き(恋愛対象)な無愛想な男という方が合点がいった。
「む?来てたのか?」
和也がこちらに気づくと何も無かったように近づいてきた。
「・・・」
「・・・」
二人は無表情で和也が近づいた分だけ避ける様に後ろに下がる。
「?、何だその犯罪者を見るような目は」
和也は不思議そうに首を傾げる。
「和也って・・・ロリコンだったんだ・・・」
水音が暗い声でボソッと言った。
「・・・・?」
和也は無表情のまま再び首を傾げる。
その次に無表情から少しムッとした様な顔つきになった。
和也は水音の頭にポカッという間抜けな音がしそうなチョップを加えた。
「ひゃ」
水音がチョップに反応して小さな声を漏らす。
「アホ、誰が変態だ、俺は酷く嫌悪感を覚えたぞ」
意味の解らない事を言いながら和也は腕組みをする。
(あ、ちょっと怒ったんだ)
和也の無表情にまた新たな感情を見た気がした。
「いやー、お前がロリコンとはナー、この変態!明日のクラスはこの話で持ちきりなー!」
怜次がとても面白そうにバシバシと和也の背中を叩く。
その時、和也の真正面に居た水音の顔が青ざめていった。
怜次の角度からは見えないが、水音の目は間違いなく和也の顔を直視している。
(ん?何だ?)
怜次が水音の顔を不信に思っていると和也が振り向いた。
いつもなら見せない爽やかな笑みを浮かべながら、怜次の肩にポンッと手を置いた。
笑顔とは裏腹に和也の額に青筋が浮かんでいる。
「・・・・!」
あの子供の時とは違う笑顔に怜次は殺気を感じた。
「え?マジ?」
怜次の言葉に軽く頷いた和也は笑顔のまま怜次の顔面を握り締めた右手でブン殴った。
ドガァ!と、バキィ!のダブルの効果音を奏でながら怜次は吹っ飛んだ。
そのまま病院の白い壁にぶつかると、白い壁が一瞬にして、真っ赤に染まる。
ずるずると壁に血の道を作りながら下に落ちると、怜次は一言だけ言った。
「み・・・水音ちゃんと、対応・・・違う・・・くない?」
そう言うと怜次の意識が消えた。
それを見ていた看護婦が恐る恐る近づき怜次の容態を調べた。
「・・・・・誰か先生呼んで!顔の骨が砕けてる!」
その光景を見ていた水音は、ある一つの事が解った。
(前言撤回・・・『ちょっと』じゃないや、『もんのすごい』怒ってる)
水音は頬を引きつらせた。
第9話 その時の怜次、その後の和也、それからの悠菜 ―完―
とりあえず漆黒の男の話がようやく終りました。
結構長かったですね
今回は漆黒の男の話のプロローグみたいな話なので、私はあまり好みません、
また、あれば感想や指摘する所、など、次なる精進の為、ご指導をお願いいたしまする!!