第7話
「きゅうじゅう……ななぁぁぁ!」
そう叫びながら、こちらに飛んでくるノヅチを叩き落とす。
これで9997体
現在使っているのは槌によく似た武器だ。
50体くらいノヅチを倒した時に、ノヅチの死体が消えたところに落ちていた。
使っていた棒は折れてしまったので、これを使ってみたのだが存外使い易い。
あの後、悶えていた時にノヅチの体当たりをくらい吹き飛ばされたり、ノヅチの尻尾を掴んで振り回そうとしたらヌルヌルした何かが手に付いて大変だったりと色々あったが、大きなダメージをくらうことなくここまできた。
「よし! 次ィ!!」
そう言いながら壁から生まれようとするノヅチの下へ跳躍し、その頭に槌の一撃をお見舞いし、怯んだ隙に連撃を加える
学習能力がないのか、やはり別個の個体なのか。壁から生まれる時は無防備になってしまうというのにこいつらは懲りもせず壁から生まれる。
……いくつか、おかしなところがある。
まず、ノヅチが弱くなったのか自分が強くなったのか武器が良いのか……2回ほど叩けばノヅチが死ぬようになったこと。
次に、ノヅチを倒した時に出る光が初めに比べて減っていること。
それに伴って、体が軽くなる感じや、疲れがとれる感じが小さくなっていること。
そもそも武器が残ったこと。
気のせいか、倒してから出現するまでのペースが速くなっていること。
まだある。
この洞窟に入ってどれくらいたったのか。少なくとも1日や2日じゃ足りないが……その間俺は、食事排泄睡眠を行っていないこと。
その必要を感じないこと。
疑問は尽きない。
……それでも俺は戦うことをやめられない。
復讐を妹が望んでいるなんて思わない。優しいヤツだったから、どちらかというと悲しむ可能性の方が高い。
だけど復讐を果たさないで暢気に生きることなんて俺には出来ない。
そしてそのために、些細なことなど気にしていられない。
チラリと壁を見る。
黒く蠢くそれは、今にも内包している魔物を産み出しそうだ。
あと2体で目標に到達する。
ノヅチを容易く倒せるようになった今、達成することは難しくない。
「少し奥に行ってみるか」
この洞窟の奥に何あるかは分からない。
意外と角を曲がればそこが終点かも知れないし、想像も及ばないくらい深いのかもしれない。
ノヅチよりも遥かに強くて、俺じゃ到底適わない魔物だっているかもしれない。
でももうノヅチじゃ物足りない。
何かあったらここに戻ってくればいい。
何もなくてもここに戻ってくればいい。
少々の怪我ならノヅチを倒せば治るし、振り幅は少ないが倒すことで成長を実感できる。
軽い気持ちで決める。
「…………?」
おかしい。
壁から魔物が産まれてこない。
黒は刻一刻と大きくなっている。
現在でノヅチに倍近い大きさだ。
それでもまだ大きくなろうとする闇を、俺は呆然と見つめることしかできない。
感じたのは、期待と小さな不安。
何が起ころうとしている。
そしてそれはノヅチの約4倍という大きさになると、その動きを一瞬だけ止めた。
産まれ出る兆候だ。
槌をグッと構える。
何が出てきても、壁にハマっている間に倒せばいい。
決断し、駆ける。
この洞窟に入る前までの自分では考えられない速度だ。
果たして、壁から産まれたのはノヅチだった。
安堵と、少しの失望。
いつも通りにノヅチを横から殴る。
槌の威力に加え、突進による惰力も加わる。
衝撃で吹き飛ぶノヅチをすかさず追撃する。
槌を振り下ろす。それだけで容易く光の粒子となって体に取り込まれた。
「よし!! つぎ……は?」
振り返り、声が漏れた。
一度もなかった。この洞窟で10000近い戦闘を繰り返してきたが……2体同時に出たことすら一度もないというのに。3体。ノヅチがいた。
唖然とする俺を置いて、ノヅチはその歯を俺に向ける。
考える暇も与えてくれない3体同時攻撃。
幸いなのは、前方からの攻撃でしかなかったこと。
腕、脚、頸。それぞれを喰らうように飛びかかってくる。
恐怖はない。経験を得て、ノヅチの攻撃を遅いとすら感じていた。
冷静に対処する。
腕への攻撃を突き出した槌の先端で逸らし、脚への攻撃を引いた柄で流す。最後に頸へ迫るノヅチに回転させるように槌を叩き込む。
刹那の出来事。一つ数えるよりも速く、三体の猛攻を防ぐ。
最後の一体は地に横たわったまま光になる。一撃だった。
残りの2体を睨む。
その瞬間、ビクリと体が震える。
……怯えている?
魔物が?俺に?
思わず笑みが零れる。歓喜と表現してもいいかもしれない。
槌をダラリと下げつつノヅチへと歩く。
そして……ソレは産まれた。