第62話
「っ」
顔に当たる太陽の輝きに目を覚ました。
「ここは……」
考えるよりも前に漏れた呟きで、自分が自宅の部屋で寝ていたことに気付いた。
身体を起こすと何とも言えない倦怠感に包まれた。長時間走った後の感覚に似ている。
「あら、起きたのね」
声の方に振り向くと、近くに椅子を置いて座るメアの姿が目に入った。
その手には書籍。見覚えのある背表紙は、家の本棚にあったものだ。
しおりの位置から、かなり長い間ここに居たことが窺える。なにせ続きものなのだ。第三巻の表紙なので、少なくとも一、二巻は読んだのだろう。
「どうしてここにいるか、覚えているかしら?」
ずっとここに居てくれたのか、もしかして心配かけちゃったかな。なんて思っていると、メアがそんな事を聞いてきた。
「……いや」
地面に当たり散らしたところまでは覚えているが、その後の事が上手く思い出せない。
誰かに首元を叩かれて意識を失ったところまでは覚えているから、思い出せないというよりは知らないという方が正しいか。
「おー! 起きましたかー!」
倦怠感を振り払うように頭を振っていると、そんな声をあげながらウルが部屋に入ってきた。
「あれ? ウル?」
「はーい。ウルですよー!」
「なんでここに?」
ウルはウィズドム魔法学校のある街へ行った筈だ。徒歩で二十一日ほどかかる筈。龍形態になって飛んでいくにしても、用事を済ませてこれほどまでに早く帰って来れるものなのだろうか?
「気絶しているあんたをウルが連れて来たのよ」
「空間を開いてアレクのとこに来たと思ったらなんか凄い暴れてるんだもーん。思わず首トンして連れてきちゃいましたよー」
その疑問はウルが解消してくれた。
そういえばウルは空間を操れるんだった。彼女にとって、徒歩で二十一日の距離なんてものはゼロに等しいのだ。
街に着いて、偶々近くにいた竜人に黒鎧について情報収集を頼んできたらしい。大して情報を得られなかったそうだ。
「ついでに魔法学校の校長辺りにも頼んでみようと思ったんですけどねー。今出張に行ってていないらしいんですよー。仕方ないから学校にいる竜人にも頼んでおこうかと思ったら囲まれましてねー。ウーロボロス様ウーロボロス様―って煩わしいったらなかったですよ。お陰でこんなに時間食っちゃいましたー」
てへへーっとウルが笑う。
煩わしいとか言いながらも、満更でもない様子。
俺を気絶させた後、メアの気配を辿って空間を開いたらしい。
彼女の力の前には目的の魔法陣も結界も無意味なようだ。半端ない。
「今あの子達に貨幣を拾いに行ってもらっているけど……何があったの? あの爆発はなに?」
メアが聞いてくる。あの子達昨日の今日でもう働かされているのか。
それを不憫に思いつつ、昨日会ったことを語る。
「黒鎧が居た」
「は?」
「ほえ?」
思いもしなかったことなのか、メアとウルが素っ頓狂な声をあげる。
「ちょっと待って。黒鎧ってあんたが探している妹の敵でしょ? そいつがいた? なんで?」
「分からない。だけどあの四人を倒したのが黒鎧だったんだ。戦って、でも逃げられた」
「今のあんたから逃げるなんて相当ね。あの爆発は?」
「分からない。なんか丸型の時計みたいなやつを奴が置いて逃げて、それが爆発した」
奴が男だということや鎧に傷を付けたことも併せて、あの時の状況を説明する。
それにしても、本当にあれはなんだったのだろう。
時計が爆発するなんて聞いたことがない。
「時計? 爆発?」
メアも分からないようだ。
「あーそれ我しってるよー!」
「……本当なの?」
ウルの言葉にメアが懐疑的な視線を向ける。
俺もそれに漏れずウルに懐疑的な視線を向けた。
メアが知らないことを、数百年間も眠っていたウルが知っているとは思えなかったからだ。
「うん。時計のようなもので、爆発するんでしょー? 母さまが寝る前にお話ししてくれたものの中にそんなのがあったよー! 新西暦になる前のアーティファクトで、確か……そう、時限爆弾ってやつだったと思うよー!!」
ピコンと頭の上に光が点ったかと思うと、ウルがニコニコとそう言う。
アーティファクト。人工遺物。かつて科学が世界を支配していたと言われる時代の物。
今の技術じゃ造れない未知の道具。魔道具とも呼ばれることもあるそれによるとなると、なるほど、あの不思議な爆発も納得はできる。
「なるほど。そういえばあたしも聞いたことがあるわね」
メアも納得したように頷く。
「それにしても悔しいな。せっかく奴を見付けたと言うのに、また一から探さなきゃならないなんて」
男という事は分かったが、まだそれだけじゃ手掛かりは足りない。
強い男言うのは少ないが、その全てが実力を露わにしているわけじゃないのだ。とりあえずは強くて有名な男を当たっていくが、もし実力を隠していたら見付けようがない。
「あら、何言っているの。アーティファクトなんてレアな物を持つ人間なんて限られてくるわ。その発掘を生業にしている者か、高価なそれを買う金と伝手のある者。商人と言う線もあるけどまあそれは除外しても良いでしょう。つまり冒険者か貴族、その線を辿れば黒鎧につける筈よ」