第60話
剣状態にしたオルトロスを上段に構え、飛び込むように接近し振り下ろす。
一般人なら瞬きしたらいつの間にか目の前に居たという程のスピード。
それに岩をも両断出きるだろうパワーを上乗せした一撃も、黒鎧に避けられる。
「なんだと言うのだお前は」
「がああああ!」
それでも、二撃、三撃と攻撃を続けていく。
しかし敵も流石と言ったところか、手に持つ白銀の剣で捌いてくる。
俺が持つ刀とかいう形状の剣とは違う、刀身の厚い通常の形体の剣。禍々しい鎧とは逆に剣自体は綺麗に輝いている。
「速い! だが!!」
ギィンと金属同士がぶつかり合う音が高らかに鳴り響く。
何度攻撃しても当たらない事に焦れてしまったのか、つい大振りになったところを弾かれてしまった。
よろけて無防備になったところを狙って突きが迫る。
「くっ」
「速いだけでは私には当たらん!」
鋭く尖った剣先を、剣の腹で受ける。
当たった瞬間、グンと押されるように後方に弾き飛ばされた。
「……ほう。折れないか。薄く脆そうな刃だが中々どうして頑丈だな」
そう言う奴が鎧の下で笑うのが分かった。
「GYAaAAAAA!!」
忌々しい。腹立たしい。
その感情をぶつける様に、喉を壊さんばかりに咆哮する。
視界が縦に変わる。龍の瞳になったのだろう。理由は知らないが、分かるのだ。瞳孔が捻子曲がったような感触とともに理解する。同時に力が湧くような感覚。戦うために、頭に冷静さが戻ってくる。
「ふん、狂犬め。……む、何だその瞳は!?」
俺のその瞳を見て驚く黒鎧。そこに一瞬の隙が出来たのを見逃さない。
「むうっ!」
僅かな隙を突くように斬りかかったが、間一髪のところで避けられてしまった。
しかし鎧の右腕部分を微かに削ぐ。
「GYAAあAAAAAああ!!!
「……馬鹿な。この私が破損するなど……化け物め!!」
鎧の防御力に絶対的な自信でもあったのか、酷く狼狽した様子でこちらを睨んでくる。
それに剣戟をもって答える。
化け物、と呼ばれたことが心地よく感じる。
それはつまり、俺の力が奴に勝っているという証左に他ならないからだ。
攻撃を繰り返す度に、鎧が少しずつ壊れていく
しかし致命的な一撃に繋がらない。敵もやはり相当な巧者で、ギリギリのところで避けてくる。
「GUUUUらア!!」
渾身の力を持って、首元を狙った横薙ぎを繰り出す。
黒鎧が、剣を縦に受けようとしたのが見えた。
――構うものか。
剣ごと両断するつもりで、オルトロスを振り切った。
甲高い音を立てて、奴の剣が折れる。
そのまま奴の首を獲るつもりで剣を振ったが、奇妙な軽さと共に奴が後方に吹っ飛んだ。
家屋の倒壊する音。
ガラガラと奴の身体を押しつぶすように、瓦礫が落ちる。
時に人間の倍以上の石が奴に降り注ぐが、恐らくあの程度で死ぬことは無いだろう。
静寂が場を包む。
どれだけ待っても奴が出てくる気配は無い。
……まさか死んだのか? いや、そんな筈はないだろう。
「なにをしている! 早く出てこい!!」
叫ぶ。やはり奴の反応は無い。
気配を探ってみても、生き物がいるような感じがしなかった。
『まさかイテンの剣が断ち切られるとは思わなかった。後ろに飛ばなければ私も斬られていただろうな』
静寂に声が響く。黒鎧だ。
やはり生きていた。先ほどの奇妙な軽さは奴が後ろに飛んだからなのだ。
声がするだけで姿が見えない。
音が反響して場所の特定も出来ない。
「どこだ!?」
『そこではないさ。君にはあるようだが、悪いが私にはお前と戦う理由はないのでね。逃げさせてもらったよ。声が聞こえるのは置き土産さ。瓦礫の下に魔道具が落ちている筈だよ』
逃げただと!?
その言葉に瓦礫を押しのける。本当に誰もいない。
しかしそこから、下から黒くて丸い、ボールの様なものが出てきた。
『見つかったかい? まあそれはこの声を伝える魔道具ではないのだがね』
ボールの真ん中に針の様なものが付いている。
それが一定の間隔で、円を描くように回っている。
これは確か……そう、時計とか言う物だ。
時間を正確に測る道具で、その精密さ故に非常に高級。所謂金持ちしか持てないような物である。
何故こんなものが……。
『ああそうそう、気を付けたまえ……それ、爆発するから』
「なん――」
瞬間。爆音と衝撃が身体を包んだ。