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龍は死してなお死なず  作者: とんかつ
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第59話

金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、弾かれたと認識するよりも速く、俺は次の行動を起こした。

奇襲は失敗。本物だと理解した時から、この程度はやるだろうと予想は付いていたので動揺は無い。

元より一撃の元に倒せるとは思っていないので、返す刀で斬りつけると思わせながらオルトロスを第二形態に移行させる。

形状が変化する武器には流石に意表を突かれたのか、ガラ空きの胴体に棘の付いた鉄球が突き刺さった。


「グッ!」


弾けるように後方に吹き飛ぶ黒鎧。民家をぶち抜き、瓦礫に埋もれた。

その隙にあの子が倒れ伏す龍に近づく。


「ひ、酷い」


そしてその傷を見て呻くように声を漏らした。

尻尾と両の翼は千切れ、牙は折れ、眼球は潰されていた。全身は真っ赤に染まりもはや元の色すら分からない。

先ほどの彼女たちよりも遥かに酷い状態だ。


「あ、兄やん」


慌てるように俺を呼ぶ声に、黒鎧が飛んで行った方を見ながらコクリと頷く。

今すぐにでも血を分けないと死んでしまうだろう。それ分かっているから、追撃に出たいのを堪えて血を飲ませる。


奴を見た瞬間我を忘れたかと思ったが、存外に冷静だった。奴をぶっ飛ばして多少なりとも溜飲が下がったのだろうか。少なくとも仲間の龍を助けようと思える程度には、ではあるが。

冷静なのか、興奮しているのか、自分でも分からない。

凍るような殺意と、僅かな仲間意識だけが全身を支配していた。


ガラリと瓦礫の落ちる音が聞こえた。

家にぶつかった位では死ななかったらしい。

良かったと安堵する。

もしあの程度で死んでしまったのなら、俺は何にこの思いをぶつければいいのか分からなくなってしまう。

瓦礫を掻きわけて黒鎧が出てくる。


「その子を連れて家に戻っていろ」


黒鎧を睨みつけたまま、後ろに向かって話す。


「で、でも兄やん!!」


「行け!!」


「ッ! ……わ、分かったっす。気を付けて下さいっす!」


少し考えた後、彼女は気絶したままの龍を咥えて飛んで行った。

黒鎧はチラリとその様子に目を向けたが、追おうともせずこちらに目線を戻す。


改めて、黒鎧を見る。

身長は170ほど、全身鎧に阻まれているが中肉中背と言ったところか。

比較的小ぶりな鎧なので、耳や尻尾は大きくないか、あるいは無い。

一見どこにでも居そうな体格ではあるが、それを纏う空気が常軌を逸している。


禍々しいのだ。

ただ黒いだけではない。死と怨嗟が込められたような空気を鎧と共に纏っている。

具現化した怨念が奴の周りに渦巻いている様でさえある。


「なぜ、龍を庇う?」


発せられた言の葉が空気を揺らす。

鎧の腹部分。先ほどの一撃で僅かに亀裂が入ったそれのためか、前ほどに中性的な声ではない。

認識阻害の効力が解れたのだろう。区別がついた。


響くような重低音。男だ。

その事に多少なりとも驚く。

女尊男卑のこの世界において、強い男と言うものは非常に珍しい存在だ。

居ないというわけではないが、希少と言って良いほどに数が少ない。


「貴様に関係のあることか?」


そして希少であるが故に有名である。

その多くが国に召し抱えられていたり、強力な冒険者であったりする。

ともすれば、その線で当たればこの黒鎧の正体も分かるかもしれない。


まあこれから死ぬ者のことなんか調べてもしょうがない事であるが。


「当然だ。龍種に関わらず、全ての魔物は人類の敵。現に今、平穏な街を襲っていたではないか。平穏を乱す魔物を駆逐するのは当然の事の筈だ。重ねて問う。何故龍を庇う?」


黒鎧の言葉に唇を噛む。

平穏を乱す魔物を駆逐するのは当然、だあ?

平穏に生きてきた俺達兄妹を壊したのは他ならぬ貴様達だというのに……。


「……貴様は俺の事を覚えているか?」


痛いほどにオルトロスを握りしめる。

掴んでいない方の手は、強く握りしめすぎたのか爪が皮膚を突き破った感触を伝えてくる。


「……何を言っている? 私の質問に答えろ!」


自分の質問に答えがない事に苛立ったのか、黒鎧が高圧的に聞いてくる。

まだだ。我慢しろ。何故奴が俺達兄妹を襲ったのか、聞き出さなくては……。


「何故貴様はここにいる?……何故、俺達を襲った?」


「……何を言っているのだ? 私は貴様の顔など知らん」


「……」


息が苦しい。

どれだけ大きく呼吸しても、まるで空気が身体の中に入って来ない。


苛立っていた黒鎧は俺の様子を怪訝に思ったのか、若干困惑したように話しかけてきた。


「……お前は……誰だ? 私と何処で出会った? 何故私を知っている? 何故龍を」


「黙れ!!」


「……」


「はあはあ……ぐッ! あああああああああ!!!」


頭が痛い。

妹と過ごした日々が、脳内に浮かんでは消えていく。フラッシュバックというやつだ。

胸が苦しい。

奴が言葉を話す度に、底知れぬ怒りが身を焦がしていく。


「なんなのだお前は。急に襲ってきたかと思えば訳の分らぬことを」


「黙れええええええ!!」


体中が熱い。まるで自分の身体を組織する一つ一つが、奴を殺せと指令を発しているようだ。もうこれ以上我慢できそうになかった。

何故ここにいるのか知りたかった。

何故妹を殺したのか知りたかった。

何故妹が殺されなければ無かったのか……ッ!

けれど……


「もう、いい。貴様は……死ね!!」


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