第57話
大地は割れ、血に染まり、そこに伏せる三頭の龍。
死んでしまうのではないかというほどに大量の血液が、その身体からは溢れるように流れている。
一言でいうと、信じられなかった。
だって、彼女らは龍なのだ。龍と言うだけでその討伐難易度は軽くCを超える。
そして彼女らはBはあるだろうと思っていた。
ランクB。それは文字通り国を動かすほどの危険性を秘めている。
個によって倒せない存在。群による撃退推奨。
それが彼女たちなのだ。
どう考えてもあの程度の城壁都市を落とせない存在ではないし、仮にあの都市がそういった存在の対策をしていると考えても、こんな短い時間でこれほどに凄惨たる傷を負わせられるものではない。
何時間も何日もかけて倒すような存在なのだ。ランクC以上の怪物は。龍という生物は。
「なにが、あったの」
メアも俺と同じ気持ちなのか、動揺を隠せない声色で彼女らに訊ねている。
心配していることも見てとれた。彼女にとって龍は家族そのもの。やはり気が気ではないのだろう。
宝石の様な瞳が、真っ直ぐに龍たちを捉えていた。
「それ……がッ!」
一番前にいた龍がそれに答えようとして血を吐き出した。
声から、唯一人型に成れていたあの子だと推測できる。人の姿を保っていられないほどに傷が深いのだ。
液体と言うよりは固体に近いような血の塊を吐いたことからも容易に分かる。
「ッ! ごめんなさい。今は話さなくていいわ。じっとしてなさい」
その様子に狼狽したメアの言葉に、はっと我に帰る。
呆然としていた。
あんな都市程度に龍が撃退できるとは思ってもみなかったが、それ以上に俺は、身内を傷つけられたという事実に呆然としていた。
僅かに上げられていた龍の頭が、力を失ったように地面に落ちる。
顔を上げる力すら残っていないのだ。意識があるのも怪しい。
もはや一刻の猶予もない。
俺は慌てるように手を傷つけ、流れる血を龍の口に押し込んだ。
「飲め。……飲め!」
叫ぶように命令すると、微かに喉を動かして彼女は血を飲んだ。
「お前らもだ!!」
それを確認し、他の二頭にも無理矢理に飲ませる。
そして待つこと少し、俺の血を受けた彼女たちが、ワイバーンの強力な再生能力によってその身を治し始めた。
それを安心した表情で、俺とメアは眺めていた。
「間に合ったようね」
幾分か安堵したようにメアが言う。
「……ああ」
そうしている間にも、肉体は本来の状態を取り戻していく。間に合った。良かった。
いくら龍の血といっても、死んでしまっていてはその効力を及ぼす事は出来ない。
この結果はひとえに、彼女たちの生きようとする意思が起こしたものだろう。
「うっ兄やん。すみません」
「いや、こっちこそすまない。これしか方法がなかった」
「いいっすよ……」
覚束ない意識が回復したのか、申し訳なさそうに言う彼女にそう返す。
龍の姿から人型になってから、彼女はポツリポツリと思い出すように何があったのかを語り始めた。
「初めは順調だったっす。門みたいなやつをぶっ壊して、逃げ惑う人や亜人を殺して……何人かは抵抗してきたけど、全く相手にならなかったっす。それが……街の半分を壊したくらいの事っす。街の真ん中ぐらいに、一際でっかい建物があって、それを壊そうとしたあの子が、いきなり切られたっす」
そう言いながら、寝息を立て始めた一頭を指差す。
「訳分からなかったっす。普通の剣なんかじゃ、傷一つ付かない筈なのに、当たり前のように切れて……多分、龍殺しの概念が込められたモンだと思うんすけど……それで、そいつと戦ったンす。でも、すっげー強くて、それで、一番傷の少なかった奴が足止めして、兄やん達に知らせるってことになって……ッ! そうっす! あいつ!! ……兄やん!! 助けて下さいっす! まだ残って……戦ってるっす! このままじゃ、殺されちゃうっす!!」
錯乱気に彼女は言う。
四頭いた筈なのに三頭しかいないことに疑問を感じていたが、そういうことだったのか。
「ずっと、ずっと一緒だったんす! これからも一緒にいたいんす! 兄やん! お願いっす!! あの子を、助けて下さい!!」
掴みかかるように、彼女は言う。
それほど大事な存在なのだろう。
俺にとっての妹のように。彼女にとってそれはかけがえのない存在なのだ。
涙すら流しながら懇願するその手を掴む。
「当たり前だ」
「ッ! ありがとう兄やん!」
途端に安心したように笑顔になる。少し照れくさい。
「ふん。いくぞ、走れるか?」
「走ってったんじゃ遅いっす! 背中に乗ってください」
そう言って再び龍の姿に戻る。
コクリと頷いて、彼女の背に乗る。蝙蝠のような翼だが存外に掴みやすく、乗り心地も悪くなさそうだ。
「メアはどうする?」
「あたしはこの子たちを運ぶわ。ここでこうしてるのもなんだし」
「分かった」
「……気をつけてね」
「ああ」
メアの激励が、まるで万軍を味方につけたかのような力を与えてくれる。
「行くっすよ!」
大きく翼を広げ飛び立つ。
一秒でも早く助けたい一心か、やられた借りを返したいのか、燃える様な瞳がやけに印象的だ。
一つ、咆哮。
空気を裂くような強大なそれは、山を越えて麓の街にまで届くだろう。
「あの子に何かあったらっ……あのクソ鎧野郎、ただじゃすまないっすよ!!」