第55話
「変……ですよね」
食事も終わりを迎える頃、ルサルカがポツリと呟いた。
「街も人も殺されようとしている、ううん、今まさに殺されているって分かっているのに……こんな風に笑いあって……それが楽しくて、嬉しくて……罪悪感とか、全然湧かないんです。楽しいことなんてほとんど無かったけど、それでもずっと住んでいた街なのに
……。普通なら! そういう風に思わなくちゃいけないと思うんです! それなのに……私は……ッ!」
俯きながら、悩ましい表情で語る。
「私と妹が竜になったって聞かされた時も、実はそんなに動揺しなかったんです。ふーん、そうなんだって。当たり前のように受け入れてた。人間じゃなくなったのに! 本当に簡単に、私は人間を捨ててしまっていた!」
りーんりんと、虫の鳴く声だけが小さく聞こえる夜の闇の中、彼女の独白は続く。
時折声を荒げながらも、それでも確かな自分の感情を乗せて、彼女は言う。
「アレクさんの復讐の話を聞いた時もそうです。そうなんだ、それなら手伝おうって。成功すればいいなって。……普通は止める筈なのに! 少なくとも私の育ってきたところでは! 復讐は止めるべきもので! ……それなのに……ッ」
「おねえちゃん……」
ヴィーラが心配そうにルサルカの手を握る。
ありがとう、とだけヴィーラに微笑んで、ルサルカは黙ってしまった。
静寂が場を包む。
部屋の中を、虫の声だけが小さく響いている。
ルサルカの言う事は、分からないでもなかった。
俺も龍になった時多少は動揺したが、それほど拒絶感を得ることなく受け入れることが出来たし、人の死にもいつの間にかなにも感じなくなっていた。
妹が殺される前だったなら、復讐なんてと笑う立場ですらあったかもしれない。
それを何故だろうと疑問に感じたことはある。
でもそれは俺にとって何の問題になるわけでもないし、むしろ好都合であったことの方が多かった。
あの雨の日に、自分の中の何かが壊れたのだろう。そう思ったから、悩んだりすることはなかった。
だけどルサルカは違うのだろう。
心優しい彼女だからこそ、今こうして悩んでいる。罪悪の念に囚われている。
もしかしたらそれは人間だったことへの未練かもしれないし、竜として生きていくことへの不安が原因かもしれない。
ただ理由はなんであれ、今彼女はこうして苦しんでいるのだ。
これから家族として生きていきたい身だ。だが正直、なんて言えばいいのかが分からない。
別に変じゃないよと言ってあげるべきか、大丈夫だよと笑ってあげるべきか。
変かもしれないと言ってみるべきか、俺も一緒だと同意するべきか。
沈黙が痛い。
なぜこういう時の対処方法を、本や学院で学ばせないのだろうか。
無駄に将来使わない知識ばかりを増やさせて、コミュニケーションの仕方は教えてくれないものだから堪ったものじゃない。
俺は母と妹以外の女性とはほとんど話したことがないというのに、これはもはや拷問だ。
「あら、なにも変じゃないわ」
沈黙を破ったのは、メアのそんな言葉だった。
それを聞いてルサルカが慌てたように顔を上げる。
「そう、ですか?」
「ええ。だってあなたはアレクの血を継いでいるのですもの」
そう言って俺を見るメア。
「どういうことでしょうか?」
「簡単よ。龍の血を受けて竜になった存在は、その精神状態の幾分かが元の龍に似るの。それは上下関係をしっかりさせるためであったり、互いを理解させやすくするためでもあったりと理由は様々だけどね。まあ普通はあんたみたいに悩んだりすることはないんだけど……この馬鹿がちょっと問題でね」
そこまで話すとメアは一旦言葉を区切り、湿らせるように水を口にする。
そして小さく溜め息を零したかと思うと、少しニヤついた顔で再び語り出した。
「こいつが復讐のために龍の住処に入った。そしてそこで死にかけて、ワイバーンと半ば同化するように龍になった。そこまでは聞いたわよね?」
俺を含む三人がコクリと頷く。
「問題はその後、あたし達の住んでいたあそこでは何かを倒せば倒すほど肉体的に強くなれる。普通の人ならね。でも龍は違う。倒した同族の知識、経験、意識、存在そのものを自らに上乗せしていくと言ってもいい。あそこはだれでも強くなれるけど、特に龍が飛躍的に強くなれる場所なの。そしてアレクはそこで、異例なほど多くの龍を倒し、多くの意識を取り込んだ。こいつがたまに、自分の事を僕って言っているコト知ってる? 恐らくはアレクが倒した龍がこの洞窟で殺した人間の意識が現れたんだと思うの。確固たる主人格はアレク本人にあるんだけど、その中にほんの小さな、欠片ほどの別の人間が内在されている。それが血を受けたあなたにも受け継がれた。ルサルカ、あなたが悩んでいるのも、それが原因」
……。
…………。
………………??
……………………なるほど。全然わからん。