第54話
ルサルカの話を詳しく聞くと、どうやらこの兎はかなりのレアものだそうだ。
百の群れの中に一匹いるかどうかで、どういう過程で皇帝兎が出現するかすら分かっていないそうだ。
所謂高貴な方々しか口に出来ないほどの高級品。
その強さと希少さ、そして人を虜にしてしまう味。それらに敬意を表して、いつしかインペリアルラバン、皇帝兎と呼ばれるようになったらしい。
てっきり俺が無知なのかと思ったが、市場に出回るモノじゃないようなのでそうでもないのだろう。
ルサルカが知っていたのも、カドモス君が自慢してきたかららしい。
カドモスって誰だよ。と思ったが、そういえばあの街を出る時に俺たちに噛みついてきた子供がそんな名前をしていた気がする。
四天王をけしかけちゃったから今頃生きてはいないだろうけど。
そんなことを考えながら料理を始める。
三人に、煮るのと焼くのどっちがいいか聞いたら「どっちも!!」と元気よく返ってきたので、両方を並行して作る。
案外大変だが、ルサルカとヴィーラもお手伝いしてくれるからどうにかなりそうだ。
しかし二人とも本当にいい子達だよな。
それに比べてあの駄龍は……。
そう思ってメアが座っていたところを見る。
あれ? いない。
二人に火加減を見てもらいメアを探すと、俺の部屋のベットの上でごろごろ転がりながら本を読んでいるメアを発見した。
思わず頭を押さえる。
なんていうか、初めて逢った時の気品的なものが全くない。なんとも庶民じみた様子だ。
少しくらい手伝えと言おうと思ったが、本を開いて本当に楽しそうに読んでいる。
初めておもちゃを貰った子供のようにご機嫌なのが可愛らしく思えて、まあ二人が手伝ってくれるからいいかという結論に達し、見逃してあげることにした。
料理が完成する頃には、外は闇に覆われていた。
家の中は設置型魔道具のお陰で明るいので気付けなかったが、かなりの時間料理していたようだ。
テーブルの上に料理を並べる。
四人分の料理。もう一度このテーブルに四人座ることがあるなんて。そう思うと温かいような、寂しいような感情に襲われる。
単純に嬉しい反面、自分以外のメンバーが違うという事実が胸を締め付けてくる。
「なんて顔してるのよ」
横から声がかかる。メアだ。いつの間にか隣に立っている。
呼んでも無いのに完成に気付いて来るなんて……匂いか? 匂いに釣られてきたのか?
どっちにするか聞いた時も両方と言っていたし、案外食い意地が張っているのかもしれない。
それにしても……。
「顔に出ていたか?」
「出ているわよ。今もね」
「……そうか。ふう……もう大丈夫だ。心配かけたな」
「し、心配なんかしてないわよ! あんまり辛気臭い顔されるとご飯がおいしくなくなるのよ!!」
怒ったように言ってくるが、顔が真っ赤だ。本当に心配してくれたのだろう。
気が付けば、料理を運んできたルサルカとヴィーラも心配そうにこちらを見ている。
なんだか嬉しい。
「本当にもう大丈夫。ありがとう」
「あ、う……そう」
そういうとメアも納得したような顔をする。
ここでそういう反応をしてしまう辺り、彼女も嘘を吐けない体質らしい。
「それじゃあ食べましょう」
ばつが悪いと思ったのか、メアが空気を変えるように言って席に着く。
俺達も倣ってそれぞれの席に着いた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきます!」
「いっただっきまーす!」
どこかの国では両手を合わせたりするらしいが、ウチはお辞儀だけだ。
四人で合唱をするように言って食べ始める。
「おいしい!」
「あらおいしいわね」
「おいしー!」
採ってきた野菜や果物もあるのだが、迷わず肉に手を付けた三人。
口にした瞬間喜びを露わにした。
それを可笑しく思いつつ自分も肉に手を伸ばす。
口に入れた肉は脂肪分が多いのか、口の中で溶けるようにして消えて行った。
「おいしい」
思わず自分もそう口に出す。
もう一つの方にも手を伸ばすと、こちらは十分な歯ごたえを感じた。
部位や調理法によって食感が全然違う。本当にこの兎は、食べていて楽しい。
彼女らも美味しそうに食べている。作った甲斐があるというものだ。
場所によっては行儀が悪いと言われるだろうが、色々なことを話しながら食べる。
笑顔が絶えない。これこそが家族の食事であるべきだと、自信を持って言えるような光景。
料理が美味しいのもあるだろうが、それ以上に、こうやって一つの食卓を囲んで食べているから楽しいのだろう。
さっきまで感じていた寂寥感や胸の痛みは、いつの間にか消えていた。