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龍は死してなお死なず  作者: とんかつ
53/69

第53話

一年以上経っても、森にはなんの変化もない。

人の手が入らなければ自然なんてそんなものなのだろう。


「っと、いたいた」


少し歩くと、それはすぐに見つかった。


雪の様に真っ白な毛で覆われた赤目の兎。人間の赤ん坊程の体躯を持ったそれの頭上には、不釣り合いなほど大きく鋭い角が伸びている。

ホーンラビットだ。


本来群れで生活している筈のかの種は、この森ではなぜか単独で生活している。

それは魔の森で生きて行くために進化したその角が、集団生活において仲間をも傷付けかねないほどに強靭になってしまったからだと推測している。


以前街の図書館で見たホーンラビットの角は、今見ているものの半分程度でしかなかった。

妹が危惧していたのもこの角が原因だ。

なにしろこの森のホーンラビットの角は、鉄よりも硬いと言われるクラッシュタートルの甲殻をも貫く。

さらに、生存競争で生き残るために発達した脚は、空を飛ぶかのように軽快に大地を駆ける。


俺の存在に気付いたホーンラビットが、その角をこちらに向けて威嚇してくる。

臆病であり、脱兎の如くなんていう言葉もあるラビット種ではあるが、この森のは一味違う。獰猛なのだ。


敵を見かけたら貫かなくてはならないと言わんばかりに激しく攻撃してくる。

その鋭利な角は、万が一当たってしまえば致命傷は避けられない。この森において、ホーンラビットが駆逐されないのは、その攻撃性故かもしれない。


現に目の前のホーンラビットも、俺を貫こうとかなりの速さで迫ってきている。

両親が死んで初めてこの生物にあった時は、持っていた剣を砕かれて命からがら逃げ出したものだ。妹が心配性になったのもそれが原因だったような気がする。


迫ってくるホーンラビット。その射線からほんの少しずれる。

そしてその無防備な横っ腹に剣状態にしたオルトロスで一閃。

冷静に見極め、無防備になったところを攻撃。ただそれだけだ。防御が脆いのでそれだけで倒せる。

ただそれだけを出来るようになるのに、一か月かかった。


なにしろ怖い。木を貫き岩をも砕く一撃だ。

人間なら掠っただけで致命傷。真っ直ぐ見るだけでも尋常じゃない恐怖を感じた。


それを克服できたのも妹のお陰だろう。

肉を獲れるかどうかは、ここに住んでいる以上文字通り死活問題だ。

生存する種の数は多い場所ではあるが、その多くが集団で生活している。

一対多、結末は目に見えている。


このホーンラビットのように単独で暮らすモノが稀なのだ。

少し北に行けばもちろん他にも単独で生活する生き物はいるのだが、家から距離を取ればとるほど危険度はあがる。

一対一で戦え、十分な食料になるホーンラビットは、是が非でも倒したい存在だったのだ。


だから倒せるようになった。そうしているといつの間にか、家の周辺にいる生物にも後れをとらなくなっていた。

言葉にすれば簡単だが、まあそれなりの努力があったのだ。


倒したホーンラビットの血を抜く。

かなりの時間やっていなかった動作だが、思ったよりも身体に染み付いていたのか、すんなりと行う事が出来た。


ホーンラビットを肩に担ぐ。

家を出てすぐに見つかったお陰で、それほど時間も経っていない。

帰りながら、食べられる木の実や草も採っておく。


「ただいま」


家に着いた俺は入ってすぐそう言った。

なんだかこれを言うのも久しぶりな気がするなあ。


「あら、早かったのね」


「運よく近くにいてね」


どこから持ってきたのか、本を読んでいたメアが顔を上げずに言う。

見たことのある本の表紙。恐らく両親の部屋にあったものだろう。


「お、おかえりなさい」


「お兄ちゃんお帰りー!」


「ああ、ただいま」


俺の声が聞こえたのか、台所にいた彼女達もこちらに寄ってくる。


「あ、あの! 大丈夫でしたか?」


心配そうな表情でルサルカが聞いてくる。まるで妹みたいだ。

どうぞと差し出された水を嚥下する。こんなところまで似ている。

良く冷やされた水が、まるで身体に浸み込むようで心地いい。

思わずふうッと一息吐く。


「それで、どうでしたか?」


「どうだったのー?」


「ああ、なかなか大きいのが獲れたよ」


ホーンラビットを見せる。

この大きさの兎肉が四人で何日持つかは分からないが、せっかくの新鮮な肉だ。今日ぐらいは贅沢に使っても良いだろう。焼いてしまおうか、煮込んでみるのも悪くない。


「すっごーい! おっきー!」


「ッ!!」


ホーンラビットを見てはしゃぐヴィーラの横で、ルサルカが微かに息を飲むのが分かった。


「そそそそそ。それって」


「……? どうした?」


プルプルと指を指し驚くルサルカ。

生の兎の死体を見せたのは失敗だったか? 女の子だし慣れてないのかもしれない。

ヴィーラは喜んでいるけど……うーん。怖がらせちゃったかな。

そう思っていると、あわあわ言っていた彼女が漸く口を開いた。


「それってインペリアルラバン……ですよね? ラビット種最強の……皇帝兎」


……なにそれ?


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