第40話
残酷な描写が含まれます。
目が合った。
門から数十メートルは離れているだろう場所。そこで背中を切られ倒れて行く女性と、確実に目が合った。
どうして目があったのかは分からない。
助けを探していたからか、倒れる内に偶々目が合ったのか……すでに地面に伏している女性に、それを訪ねる機会はおそらくないだろう。
懇願するような、憐れむような、恐れるような、堪えるような、悲しむような、あらゆる感情を一度に詰めたような目だった。助けて欲しかったのだろう、と思う。
それを理解して尚、俺は彼女を助ける気にはならなかった。
例えば、そうだな……猿同士が喧嘩しているところを見て、負けた方と目が合った場合、それを助けたいと思うだろうか? 少しばかり可哀想だとか思うとしても、その程度でしかないだろう。
つまり今の光景は俺にとって、その程度でしかなかったという事だ。
戦争中だというなら殺されることもあるだろうし、それを助けた結果、死ぬのは恐らく男の方だ。命の数に変わりは無い。
「はあはあ。手古摺らせやがって! やっとくたばりやがった」
剣を持つ男が女性を踏みつけながら言う。
そうとう苦労したのか、額には大粒の汗が流れている。
「くそ、こんな街の住人ですら二人がかりじゃないと倒せないなんて……この糞アマが! レビンを殺しやがって!!」
どうやらあの女性に仲間を殺されたようだ。
男と女にはその程度の開きがある。魔力の差は、力量の差だ。
街に住む、ごく一般的な女性でも、男の数倍は魔力を持っているとされている。
一人殺されたにしろ、たった二人で一人の女性を倒したことを褒めても良いくらいだ。
「はあはあ。……ははッ! だが、これで……!」
「ッ!?」
だが、まともに見ていられたのはそこまでだった。
既に事切れているだろう女性を仰向けにひっくり返した男は、あろうことかその胸に再び剣を突き刺したのだ。
そしてやや乱暴に、片方の乳房を切り取っている。
何が起こったのかと驚き、思わず近づいてしまった。
「くくく……あ? 誰だお前?」
女性の衣服を切り、両の乳房を切り取った男が、こちらに気付き声をあげる。
「……旅の者だ。な、にをしているんだ?」
「ほう。運が悪かったな。今この街は戦争中だ。それにしても見て分かんねえのか? この女の、女の部分を切り取ってんだよ!」
男はそう言いつつ、今度は下腹部に剣を突き立てる。
「違う、そうじゃない! 何故そういう事をしてるんだと聞いているんだ!」
「ああ? 何言ってやがる。女を殺せた男はみんなやってるじゃねえか」
「な、にを、言って……」
思わず大きな声をあげた俺に、男がさも不思議そうにそう返す。
自分がしていることを露とも疑問に感じていない。
そこにそこはかとない狂気を感じる。
男はもういいだろ。と言って女性を解体する作業に戻った。
「私……聞いたことある」
あまりの事に呆然とする。
すると隣に来たメアが小さく呟いた。
「ねえ。アレクはさ。今の世の中が女性優位なのは知ってるよね?」
「あ、ああ」
「じゃあさ。なんで女性優位の世の中になったのか、分かる?」
なんでって、男より女の方が魔力が多いからじゃないか。
どんな生物でも共通の……不変の事実だ。
「そうだね。ならなんで女性の方が魔力が多いと思う?」
「……」
分からない。そう言えば何故だろうか。俺が生まれる前からずっとそうだったし、それが当たり前だったから疑問にすら思わなかった。
「そんなの……そういうものじゃ……」
「そうだね。そういうもの、とされている。実は今までにも調べた人はいるらしいんだけどね。何故女性の方が魔力が多いのか、結局は分かっていない」
でもね。とメアは続ける。その声と表情は、自分の理解できないものを語るかのようなものだった。嫌悪感すら滲んでいる。
「一部の人間はこう考えたわけ。女には、男にはない部分があるって。そこに魔力を蓄えているに違いないって。それが何処だか分かる? それが乳房と、そして子宮。彼らはね、それを体内に摂取すれば自らの魔力も増えるに違いないって、そう結論付けちゃったの」
「……」
あまりの事に声が出ない。それってつまり……。
「理解した? こいつらはね。人を喰うのよ」