第39話
少し残酷な描写がでます。特に次の話は。
ご了承ください。
その後も色々な話をした。
メアが同行することになったので、ウルが理不尽だと喚きだしたりもあったがまあそれは蛇足だろう。学校での用事が済んだら来ても良いと言ったらあっという間に機嫌が直った。少しチョロイと思ってしまったのは秘密だ。
山の向こうにある街のことも聞いた。
と言っても大したことはない。どのくらい大きいのかとかその程度だ。ちなみ戦争中らしい。どうでもいいことだが。
楽しいと思える時間は、過ぎるのが早い。だから尊い。
今だからこそ分かる。振り返ってみて、本当に楽しいと思える時間だった。
振り返って漸く、その時間が本当に楽しかったものだと気付ける。
心のどこかで、またこの時間が来ると思っている。
二度と戻ってこないなんて露とも思っていない。
だから人は、失わないと気付けないのだろう。
俺は失い続けてきたから、この時間がどれほどに尊いのか理解しているつもりだ。
出発は日の出と共に。
だから、日が昇るまでの残り数時間。みんなが笑うこの風景を、脳裏に焼き付けておこう。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「うむ」
日が昇ると同時に俺たちは行動を開始した。
ウルはウィズドム魔法学校のある街へ、俺とメアは山の向こうの街へ。
洞窟を出ると、グニャリと歪むような感覚。そういえばここに初めて来たときもこんな感覚を覚えたっけ、もう一年も経つんだなと少し哀愁。
日の光を久しぶりに浴びたからか、世界がやけに眩しく感じる。
木々の揺れる音、風の鳴く音、動物の声。山を登りながらも色々なものを感じる。
なんだか楽しくなってきた。
「……なにニヤニヤしてんのよ」
些細なことに愉悦を感じていると、隣を歩くメアがそう聞いてきた。
いつの間にか笑っていたらしい。
「ずっと洞窟の中にいたからかな。久しぶりに外に出て、なんだか楽しいんだ」
「ふうん。まあいいわ。それよりもうすぐ頂上に着くわよ」
その言葉通り、少し歩いたら頂上に着いた。
戦闘らしい戦闘行為が行われなかったことに疑問を覚えたが、メア曰く、野生の生物は自分より強い者は襲わないのだそうだ。
近くにいるような気配は感じていたのに襲ってこない理由はそれかと納得。
景色を見渡す。この辺りにこの山よりも高い山はない。雲にさえ手が届きそうだ。故に視界を遮るものはなく、地平線の彼方まで見えるのではないかと錯覚する。
どこまでもどこまでも世界が広がっているかのようだ。眼下に収まる全てが自分のものになったかのような全能感さえ感じる。
今上ってきた方には森、そしてこれから下りる方には草原。ウルが言っていた城壁都市とやらがあれか。なるほど、大層な壁に覆われている。
しかしこうして見ると、森が凄い。広いだけじゃなくてなんて言うか、密度が濃い。
何もかもを飲み込んでしまいそうで、不安になりそうですらある。
こんなところに住んでいたんだなあと一人呟く。
そりゃあ誰も来ないわけだよ。死の森と呼ばれるのも頷ける。
本当に、あの黒鎧はなんであそこに来たんだ……。
「ねえ、なんか街から煙が上がってない?」
自分の家があるであろう場所を見つめながらそう思っていると、メアが声をあげた。
その言葉に振り向き街を見ると、確かに煙が上がっている。
更に目を凝らす。龍にもなると、その視力も人間の比ではない。
恐らく数キロは離れているその街の細部。人が人を切りつけ、街に火を付けているのが見える。
「ウルが言っていた戦争中ってやつかな?」
「知らないわ。人間同士の戦いには興味がないの。でも戦い自体への興味は尽きないけどね」
それは何が違うんだろうと思ったが、メアが楽しそうなので何も言わないでおく。無粋ってやつだ。
「男が多いな」
「そうね。ま、当然よ。基本的に魔力の多い女は後方からの遠距離攻撃に特化されてるからね。男は魔法を発動する為の壁役でしかない。ああ言った街に侵攻するなら、まず歩兵を充てるのが定石だからね。さ、早く行ってみましょう!」
メアはそう言って、少し早歩きで山を下り始めた。
走ったりしないのは性分だからか、それともその程度の興味でしかないからか。
かく言う自分もメアに遅れない程度の速さしか出していないのだけども。
山を下りるとすぐに城壁が目に入った。
今の自分になら簡単に壊せそうだが、立派な壁だと思う。
生半可な攻撃じゃビクともしないんじゃないかな。
まあそんな立派な城壁も、門が開いていたら意味がないが。
門の奥から聞こえる、武器同士の交わる音、怒号、悲鳴。様々な音が混じり合って、なんとも言えない空間を作り出している。
なんとなく入りにくい。
「お、やってるわね」
そんな俺を尻目に、メアが友人のホームパーティにお邪魔するような軽い足取りで門を潜る。
慌てて追いかけて門を潜る俺の目に最初に飛び込んで来たのは、逃げまどう女性の背中に剣を突き立てる男の姿だった。