第32話
後数話でここを出られそうです。
いつそこに現れたのかは分からない。小さな水の音と共に気付けばそこに座っていた。
髪を絞るようにして水気をとっているその姿に見惚れる。
水の妖精が舞い降りたのかと思った。
彼女が悩ましげに一つ息を吐く。
途端に、幼げさえ感じ取れた容姿に一気に大人っぽさが加わる。妖艶と表現してもいい。
気が付けば、彼女の一挙一動をじっと見つめていた。
流れるような髪、透き通るような肌。身に纏う雰囲気。
いつまでも見つめていたいような、どんなに長く見続けても決して飽きないだろうと感じさせるような、不思議な魅力が彼女にはあった。
そんな不躾な視線に気付いたのか、彼女がふとこちらを見た。
髪の色を少しだけ濃くしたような瞳にパチリと目が合う。
人がいるとは思っていなかったのか、彼女はキョトンという表情を浮かべている。
その時、俺は精巧な絵画を見ているような感覚に陥っていた。
だからか。
自分が上半身裸の少女を凝視しているという事実に気付くのが遅れた。
「あ……う」
当然のことに声も出ない。お互いがお互いの状況を認識したのは恐らくほぼ同時だろう。
彼女も空気を求めるように口をパクパクとさせたと思うと、こちらに指を向けてきた。
「き……」
まずい、と思った時には時すでに遅し。真っ赤な顔をした彼女はすでに大きく息を吸い込んだ後だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
耳を劈くような悲鳴とともに、視界が白く染まる。
雷が落ちた時のような一瞬の光転。頬に感じる、斬れるような痛み。
「……え?」
もう一度視界が白く染まる。同時に、今度は反対側の頬に痛みが走る。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「クッ!」
彼女の指先を注視していたからか、もろに光を見てしまった。
三度体に走る痛み。間違いない。攻撃されている。
更なる追撃を防ぐために、彼女とは逆の方向へ大きく跳躍。できるだけ距離をとる。
追うように迫る光。線ではなく点の攻撃。いつか見た銃に似ている。
距離をとってみると、彼女が指先から何かを撃ち出しているのが分かる。
地面に着弾したものの痕跡を見るに、恐らくは水。
魔力によって練り上げ、圧縮したものを高速で撃ち出しているのだろう。
よほど水の系統に精通しているらしい。使うものの限られる高等技術だ。
種が分かれば避けるのはそう難しくない。指の向きからほんの少しずれるだけで回避可能だ。
それに反撃に移ることも容易い。が、涙目の彼女と罪悪感からそれを実行に移すのは困難といえる。
「あの……あの!!」
声をかけるが聞こえた風ではない。
一先ず、彼女の気が紛れるまで避け続けるしかないだろう。
その間、彼女のことを考えてみる。
察するに、彼女こそがエキドナさんの言っていた存在ではないだろうか。
今こそ距離をとってこうして避け続けることが出来ているが、近くだと速すぎて全く見えない。最初は何が何やら分かってなくて何度もかすっていた。錯乱状態で命中率こそ落ちているが、俺の皮膚を抉っていったことから考えると……もし直撃していたら……穴……
ゾワッと体中の毛が逆立つ。当らなくて良かった。
そしてあの撃ちだす技術、今は廃れたガンドというものに似ている。
詳しくは知らないが、指先を銃の形にして魔力を撃ちだすとかいうものの筈。
当ったら一たまりもない。そう、指先一つでってやつだ。
「っと」
考え事をしていたら、攻撃が止んだ。
彼女のほうを見てみると、ふうふうと息を吐きながらこちらを睨んでいる。
チャンスだ。
脚に魔力を纏わせて地面を蹴る。こうすることで普通に蹴るよりも何倍も強く地面を蹴ることが出来るのだ。彼女はというと、突然のことで驚いた表情をしている。
僅か数秒で距離を埋める。呆けてしまったことが彼女の敗因だ。今更こちらに指を向けようとも、俺が彼女に肉薄する方が速い。
「うおおおおおおお!!!」
魔力をも纏った渾身のスピードで彼女に迫る。
父に教わった必殺技を遂に使う時がきたのだ。
地面に膝を折るようにして座り、上体を前に傾けて両手をつき、額を地面に擦りつける。この上体を維持しつつ慣性に従い地面を滑り込むように彼女の足元に位置、可能な限り大きな声で、誠心誠意を持って叫ぶ。
「すみませんでしたー!!!!」
父に教わった最強の謝り方である。