第31話
鰐の様な口、鋭い牙、鷲の様な前脚、ライオンのような後脚、矢じりの様な尾、蝙蝠のような翼、これらを持った四頭の龍は大きな咆哮をあげると飛び立った。階層の中心に聳え立つ巨大な樹に向かったようだ。
何も言っていないのに、まだ期ではないことを知っているかのようだった。
そう、まだ一つ階層は残っている。
龍を殺さないと決めたから、必ずしも行く必要はないのだが……俺は見ておきたいのだ。
エキドナさん曰く、俺を指先一つでダウンさせちゃう変わった子とやらを。
ヒドラとラドン。なんにせよ俺は、その二頭を倒せる力を持っていた。
龍をだ。それも災厄と呼ばれることもある龍を二頭も。
その俺を圧倒するというほどの力を持つ存在。ウーロボロスと同等か?
そんな存在……聞いたこともない。見てみたいのだ。
ランクA。幻想種、神話級、災厄の魔物。
そう呼ばれる生物は、歴史上に何度も登場してきた。
討伐ランクの振り分けは人を基準に考えられている。
つまりは、どの程度の人間が倒すことが出来るかだ。
特に害のなく容易に倒せるものから討伐隊を結成しなければ倒せないものまで、FからBを、人が倒す基準として作ったのだ。
だが人である以上、どうしても届かない領域と言うものが存在する。その領域に住む生物を、人は振り分けることが出来なかった。
そしていつしか、人の手に負えないものを一概にランクAと呼ぶようになった。
その強さは、人の手に負えないことを前提においてもピンからキリまである。
同じランクに振り分けられているが、ヒドラとウーロボロスには天と地ほどの差があるのだ。それを、人にとって脅威であるという括りだけで括っている。考えてみると失礼な話だ。
今の自分の実力ではおそらく、ウルに勝つことはできないだろう。だが、やりようによっては負けないことも倒すことも出来る筈だ。
そしてウーロボロスは、俺が知る限りでは歴史上で最も強い。
嘘だとは分かったが、それでも大陸を沈めるとまで言われる生物は他にいないのだ。
そのウルでも、指先一つで俺を倒すなんてこと……いくらなんでも出来る訳がない。出来ないと信じたい。
と考えれば、その龍はウルよりも強いという事になる。
これは興味がある。俺も強い者は好きだ。好奇心は抑えられない。
物語風に言えば、一番強いと思っていた魔王の上に大魔王が控えていたようなものだ。
俺ならば、見ずにはいられない。
階段を下る。
強くなること。その当初の目的は達成したといってもいいだろう。仲間を得るという新しい目標も達成できた。あの四頭の強さがどのくらいか、戦った時は無我夢中だったため良く覚えていないが、ワイバーンより弱いということはないだろう。
では今からしようとしていることはなんだろうか。
復讐の準備が整ったのなら、今すぐにでも実行に移すべきなのに……。
道楽、なのかと思ったが違う。ただの好奇心だけということでもない。
これは……勘だ。会うべきだと、逢わなければならないという強い予感。
それはここに来ようと初めて思った時に似ている。
自分を動かす強い衝動。
それに従った結果が、今の俺なのだ。この衝動に従わない理由はない。
……ここに来ようと初めて思った時、か。
ヒドラとラドンを見てから、思い出してばかりだ。
戦っている間だけは悲しむ余裕なんてなかったのに。
俺はこの復讐を終えたらどうするのだろう。
どうすれば、いいのだろう。
エキドナさんは、ウルは、四頭の龍は、どうするのだろうか。
今まで通りにここに戻ってくるのか。それとも別の場所に行くのか。
その時俺はどうしているのだろうか。
家族と呼んでくれた彼女らと共にいるのだろうか。それとも一人でいるのだろうか。
笑っているのだろうか、泣いているのだろうか、嘆いているのだろうか。
復讐の末に死んでしまうのなら、死んでしまえるのならそれが一番良い。
だが生き残ってしまったのなら、俺は妹の言葉通り、生きなければならない。
目的を無くしてしまった人間はどう生きればいいのだろうか。
妹のために生きようと思っていなかったころの、幼い自分ならどう答えるだろうか。
どう生きていただろうか。
俺は、死にたいのだ。
泣きながら産まれてきた。笑いながら生きようとして、その道を奪われてしまった。また泣いた。
俺は死にたいのだ。それならば死ぬ時くらいは、満足して笑いながら死にたいのだ。
俺は笑えるのだろうか。妹となら、どんな道でも笑いながら生きることができたのに。
それを失ってしまった今、満足のいく復讐が出来たとして、俺は笑って生きることが出来るのだろうか。笑って死ねるのだろうか。
どんな未来を想像しても、空っぽの自分しか見えない。
そんなことを考えている内に、あの地底湖まで戻ってきた。少し前にここを通った時にも思ったが、どこにも生き物の姿がない。水の中にいるのだろうか。
水辺に近づいてみる。透き通るような水ではあるが、底は見えない。
特に気配も感じないので、手でお椀を作るようにして水を掬う。
喉を通すとほのかな甘みが舌に残る。
水面に映った自分は、酷い表情をしていた。まるで別人のようだ。
妹と同じ色だった髪はいつの間にか真白に染まっていて、わずかな繋がりさえ否定されたようで涙が滲んだ。
奥の方でパシャリと水の跳ねる音。
慌てて顔をあげると、いつの間にか下に向かう階段の近くに少女が腰かけていた。
機嫌が悪そうな顔で水面を何度も蹴っている、青のような、緑がかっているような、不思議な髪の色をした少女。腰に届くかという長さのそれは、濡れているというのに波の様に広がっていて、何も纏っていない無防備な上半身を隠している。
桃色をした鱗を持つ魚のような下半身を器用に揺らして水を蹴るその姿は、酷く儚げで綺麗だった。