第30話
分かりにくいかもです。足りない場合はトッピングいたします。
……なんだろう。……困った。
俺はもう、龍を殺すことができないかもしれない。
戦えば戦うほど龍のことが分かってきて、知れば知るほど龍のことを好きになっていく。
肉体が龍に為るに連れて、心も龍に近づいていくのだろうか。いつの間にか、龍を他人と思えなくなっている。
殺せることに安心した筈の自分の中に、龍を殺したくないと思い始めている自分がいる。
困った。本当に困った。
祈ってしまったからだろうか。思い浮かべた妹の姿に同調するようにしてしまった短い祈りが、自分の中にこの感情を芽生えさせてしまったのだろうか。
それなら、祈るべきじゃなかったのかもしれない。
襲われれば戦えると思う。
だけど……もう自分からは襲おうと思えない。
現時点で相当の強さを手にしてしまっていることが、この感情を加速させている。
単体で龍を討伐、または撃退した人物は、歴史上でも数えるほどしかいないのだ。
ましてAランクを討伐した存在など、歴史上にいないのだ。
俺は現時点で、Aランクの龍を倒せるほどの力を手にしている。
あの黒い鎧も、普通に考えれば倒せるはずなのだ。
楽観的な考えかもしれない。
もしかしたら、あいつはAランクを倒せるような存在かもしれない。
もしそうならどうすればいい?
もっと強くなればいいのか?
もっと強くなって、それでもあいつの方が強かったら?
……堂々巡りだ。そんな考え方をしてしまうと、いつまで経ってもここから出ることが出来ない。
俺は強くなった。それは紛れもない事実だ。
ではどこまで強くなればいいのだろうか。今考えると俺は、そんな簡単な答えすら用意できていなかった。
例えば、この洞窟にいる生物が龍ではなかったら……俺は迷わない筈だ。
殺して殺して殺しつくして、凡そ生命と呼べる存在がいなくなるまで戦い続けただろう。
そうして限界まで強くなって、俺はここを出る。
それが本来あるべき姿だ。
何も持たず、考えず、省みず、復讐にだけ囚われるべきなのだ。
だけどここには龍がいた。
今までに見た何よりも純粋に生きていた。
濁った感情がチクリと痛んだ。
見て聞いて話して触って受けて知ってしまった。
エキドナさんやウルと出会ってしまった。あの二頭に被せてしまった。
家族、と呼ばれた。
家族を見た。
一万を殺した時は何も感じなかったのに……殺して強くなりたいと思っていたのに……
殺したくないと思ってしまった。いつの間にか、殺さないといけないと思うようになっていた。
生まれ変わったような、そんな感覚。
人間は虫を殺す時に大きな感情を抱くだろうか。多くの人が、蚊が飛んでいれば特に意識せず当たり前のように叩いて殺すだろう。人間にとって虫とはその程度のものだ。
ではその対象が虫ではなく人だったら?
一般的に、そもそもの対象にすらならないのではないだろうか。
……つまり、だ。人間にとっての人間が、俺にとっての龍なのだ。
対象が変わったとでも言えばいいのだろうか。
そうやって理由を付けて、殺す理由を無くしていく。
後ろを振り返れば、殺していない八の瞳が俺を捉えているのが分かる。
戦意は見えない。戦う意思を持たないものに、龍は戦いを挑まない。
ただただ真っ直ぐに俺を見ている。
急に恥ずかしくなってきた。
親にだだをこねているところを友人に見られたような気恥かしさだ。
――――強くなれば、そなたに従う龍も現れようぞ
力は見せた。
「妹を……」
龍は戦いを好む。強きものを好む。
そして戦いを求め、戦う意味を求めている。
龍は純粋な生き物だ。なら俺も、それに答えなければならない。
「妹を殺したやつに復讐がしたいんだ。付き合ってくれ」
だから、中でずっと燻っていた助けを求めた。
瞬間。四頭の咆哮が階層に響き渡った。