第29話
遅くなってしまいました。申し訳ありません。言い訳になってしまいますが、父が入院するなど色々大変でした。久しぶりに書いて、ものを書くことの難しさを痛感しましたが、どうでしょう?
ご意見ご感想お待ちしております。
――――暴力。
オルトロスを使うことすらもどかしくて、ただ力任せにその龍の腕を捩子切った。
黒くて大きな翼が鬱陶しくて、ただ力任せにその龍の翼をもいだ。
こちらを見る赤い目が気に食わなくて、ただ力任せにその龍の瞳を突いた。
嘲笑するような口元が癇に障って、二度と笑えないように上顎と下顎を分断した。
この洞窟で戦い続けた身体は、単体の龍など物ともしないほどに強化されている。
故に、黒い龍は行動という行動を起こす間もなく、死んだ。
いつ死んだかは分からない。気付けば死んでいた。つまらないと思った。
動かなくなっても執拗に、その龍を殴り続けた。
肉を潰し、骨を砕き、血を浴びるように殴り続けた。
息が切れるまで殴って殴って殴り続けて、光となって吸収されても何度も地面を殴り続けて、ふと、我に返った。
――――暴力だった。
感情が爆発したような感覚だった。
焼けるような、弾けるような、そんな感覚だった。
それをなにかにぶつけたくてぶつけたくて仕方なくて、近くにいた生き物へ八つ当たりした。
そうでしかなかった。
この洞窟に来て……違う、産まれて初めて、目的もなしに生き物を殺した。
それがどうしたとは思う。どの道殺すつもりだったのだから結果は同じだ。目的も、理由も、関係ない筈だ。
だけど反面、なにか取り返しのつかないことをしてしまったのではないかとも思うのだ。
感情面の話でしかないと思う。
冷静になると酷く、気分が悪い。
罪悪とも悲愴とも言えるような虚無感が纏わりついてくる。
いつかの食卓で妹は言っていた。
私たちは感謝しなくちゃいけない、と。今目の前にある食べ物は、その命を散らして、私たちの命を長らえさせてくれているんだよ、と。
俺は、感謝できるだろうか。
今までの龍たちには感謝できる。強くなりたいと願って戦って、俺を強くしてくれたから。
ならこれは?
名前も知らないこの龍はどうだ? 戦って、俺を強くしてくれた筈だ。
ただ喚き散らすように殺した、この肉の塊にしてしまった龍に、俺は感謝できるのか?
……できない。してもいけないような気がする。
もっと言えば、俺はこの龍に謝らなければいけない。
殺したことを、ではない。強くなるため以外の理由で殺したことをだ。目的もなく殺したことをだ。
自分が龍に近くなって少しだけ理解できてきたことがある。
龍は、戦いの果ての死を恐れない。恨まない。
龍と他の生物との戦いにはいつでも、賞賛と尊敬が混ざってきた。
龍は戦いを好む。更に強い者を好む。
どんな生物も龍に対して惜しみない感情を持っていたし、龍も自らに向かってくる相手に
特別な感情を向けてきた。
龍との戦いは特別なものだ。どんな本にもそう書かれているし、誰に聞いてもそう返ってくる。
俺もそうだ。今までの龍との戦い全てに、他のどんな生き物と戦った時も持たなかった特別な感情を持っていた。感謝してきた。賞賛してきた。尊敬してきた。
それなのに、今回に限ってはどうだ。何も考えず、まるで物に当たるかのように殺してしまった。怒り以外の感情を持っていなかった。
ああ違う。怒りの感情自体は悪くないはずだ。
黒鎧を倒すという俺の誓いも、怨念めいた怒りでしかない。
多分龍だからだ。どんな生き物よりも、龍に関しては特別な感情を抱いているのだ。他の生き物を殺しても今の様にはならなかったはずだ。龍は自分にとっても特別な存在なんだ。そんな存在を無碍に扱って良い訳がない。
ああくそ。言葉が思い浮かばない。この感情を表せるような言葉を俺は知らない。
とにかく謝りたい。謝りたいのに、謝る相手ももういない。
こういう時はどうすればいいのだろうか。妹は、どうするだろうか。
そう考えた瞬間、膝を折り祈る妹の姿が脳裏に浮かんだ。