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龍は死してなお死なず  作者: とんかつ
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第2話

駆け足仕様。なお、とんかつは長文が好きではないので、短文を繰り返します。

「兄さーん。ご飯出来たよー」


妹の呼ぶ声が聞こえて、俺は顔をあげる。

ふう、と一つ息を零して、肩に掛けてある布で汗を拭う。

いつの間にか日も暮れている。夢中になりすぎたかなんて小さな笑みを浮かべて


「ああ。今行く」


と声をあげる。後ろに積み上がっている薪は後で片付けるかなんて考えながら、俺は家に入った。

妹は、食卓についた俺に駆け寄ってきて


「お疲れ様」


と言いながら、両手に大事そうに抱えている水を差し出してくる。


「ありがとう」


と言って受け取り、ゴクゴクと水を嚥下する。

それを妹は嬉しそうに笑いながら見る。


両親が病気で死んで3年、一度も変わることのない日常の一コマだ。


「兄さん、明日は狩りに行くんだよね?」


妹が不安そうに尋ねる。


「ああ、そろそろ食糧が少なくなってきたからな。森に入って、ホーンラビット辺りを狩って来なきゃいけない」


現在、この村には2人の人間が住んでいる。俺と、妹。二人だけだ。村の北、東、南は森に囲まれ、西には、悪魔が棲むと云われる山が聳えている。人里まで徒歩で3日ほどかかるため、人の往来は無いに等しい。


10年ほど前までは父の知り合いの行商人が年に一度訪ねて来ていたらしいが、森で事故に遭い亡くなったらしく、それ以降人一人としてこの村に来ていないらしい。


当時4歳だった俺と妹も、その父の知り合いとは何度か会ったことがあると父は言っていたが、当然のように覚えていない。


いや、そんなことよりも10年も前から、狂おしいほど可愛い妹をその人はほとんど拝めていないことになる。人生損したな。


「兄さん?」


……とにかく、この村は完全に自給自足だ。

何をするにも自分たちの力で成し遂げなければならず、今回のように食糧不足に陥るような時は近くにある川で魚を釣るか、狩りに出かけるのである。


不安そうにこっちを見てくる、ため息が零れるほどに可愛い妹に笑いかけながら


「大丈夫だよ。この辺りの森に、俺が仕留められないような魔物は出てこないはずだ」


そう言って、全く心配性だなと笑う。


「それでも、危ないよ。兄さんに何かあったら、私……わっ!」


泣きそうな顔も世界一可愛い妹を抱きしめる。

驚いた顔もとんでもないキュートだ爆発しそうだ。


「大丈夫だって。何度かしてきたことだし、あぶなくなったら逃げるし、それに、おれがお前を残して死ぬはずないだろ?」


そう妹の目を見ながら答える。

この会話も、何度交わしたか分からない。狩りに行くたびに、美の神の化身である妹は心配そうな顔をして訪ねてくる。だから、俺も何度も同じ言葉で返す。


そうさ。俺は死なない。さみしがり屋な妹を残して、俺は死ねない。


数日前、ウィズドム魔法学校からベルバード便が届いた。

内容は、俺たち兄弟二人を特待生として迎えたいというものだった。


そういえば、両親が生きていたころ何度か街に連れられて行った事がある。街について宿に荷物を置くと、父は決まって髭の生えた白髪の爺さんと話しこむ。

その間、よく二人で図書館の本を読んで待っていた。俺は勇者の冒険譚を、妹は魔法書や医学書などなにやら難しい本を読んでいた。一度読んだ本の内容は忘れないらしい。


とんでもなく賢い奴だ。俺も読んではみたが何が書いてあるかさっぱり理解できなかった。父はあの爺さんの事を先生と呼んでいたから、きっとあの爺さんが魔法学校のお偉いさんだったのだろう。あの時は医者とばかり思っていたが。


三年前に、両親は死んだ。両親の病気は過去に例をみないものだった。体から魔素が徐々に抜けていき、決して戻ることはなかった。あらゆる薬を試したが効果は無かった。


魔素が消えた生物に待ち受けるものは死だ。動物、植物、人間、魔族、等しく死が訪れ、塵となって消えていく。


通常、魔素がなくなるなんてことはあり得ない。魔法を連続して使い続けるか、ドレインと呼ばれる禁魔法で吸い取られるかだ。しかし、前者は、魔力を限界まで消費し続けたとしても、脳が自動的に魔素の放出を辞めてしまう。意識が落ちてしまうのである。


ドレインについては禁魔法として指定されて200年、今では使い手すらいない状態だ。


この200年の間、生き物には形ある死が与えられていた。


俺と妹は、両親が塵となって消えていく瞬間を見届けた。もがき苦しみ、足から徐々に塵となっていくその一瞬一瞬を、網膜に焼き付けた。


手をつないで、決して目を逸らさずに。2人で、あの村で、4人の家で。


あれから、妹はただでさえ熱心だった勉学に更に励んだ。同時に魔法も並行して練習した。両親のように悲惨な最期を遂げてほしくないと、泣きながら。


その姿を見て、綺麗だと思った。尊いと感じた。

優しい妹のために、何かしたいと、本気で考えた。


両親が死んで、妹のために生きると決めて、すっかり忘れていたが、15歳になれば魔法学校の入学許可がおりる。


2人が死んだ時も音沙汰なかった癖に、今更になって連絡してきやがって。まあ当然か。俺は凡才だが、妹はそれこそ100年に一人の逸材だ。魔法学校としても逃す手はないだろう。


とにかくこれは渡りに船だ。

2人とも特待生なら入学金や学費もほとんどかからないし、これ以上、妹がこの村で学べることも少ない。


街へ出よう。

 

手紙によると、入学は、降雪期を過ぎてから予定されている。となると、後半年以上、時間に猶予がある。

今のうちに、武具、防具、食糧、衣類、雑貨などを必要なものをそろえよう。幸い村の周りは資源が豊富だ。


魔法学院宛てに、妹が了承の手紙を綴る。俺は字が得意ではないからな。恥ずかしいことだが。


書いた手紙をベルバードの足にくくり付ける。妹に万一があってはいけないので俺の仕事だ。過保護ではない。当然のことである。ベルバードはクェッと一啼きして飛び立っていった。一日もしないうちに学院に届くだろう。


俺は凡人だ。夢見がちでもある。毎日のように勇者の冒険譚を読んでいるし、多少は特訓もしている。とはいっても、半刻程度走ったり、軽く筋トレしたりする程度だが。


俺が今気にいっているのは、科学というものが発展した世界の少年が、こちらのような世界に来て、不思議な力で次々と悪を倒し、最後には魔王に攫われた姫様を救い出すというものだ。人は偉大だ。科学なんて言う迷信から、これだけの物語を創作できるのだから。


ただ、例え俺がそんな立場になっても、彼らのようにはなれないだろう。例え神様に会って特別な能力をもらっても、例え今の知識のまま赤ん坊になっても、きっと、俺は今のままだ。大した努力もしない。変わろうとは思っているのに実行しようとしない。変わることができるのに、ありもしない未来だけを見ている。


妹が、いなければ。


両親が死んで、妹の力になりたいと思うようになってから、俺は今までしなかった努力をした。野草などについての知識を身につけ、料理も多少できるようになった。


なにかあった時のために、木の棒を持って素振りもしている。とにかく、多くの面で妹の役に立ちたいのだ。


妹はその間、ひたすら勉強をしている。既存の魔方円を組み合わせたり、新しい魔法を創造したりと、発表したらまず間違いなく、魔法賞を授与できるだろうものばかりだ。


15才にして、魔法省に入るなんてこともあるかもしれない。いや、間違いなくある。


だけど……だけどまだ、両親が死んだ病気の治療法は、その糸口さえ見つかっていない。


朝起きたら、雨が降っていた。ざあざあと、大きな音を立てて。まるで光が降っているようだ。もしかしたら、雨期に入ったのかもしれない。


今日は狩りを予定してたんだが……仕方がない。可愛い寝坊助さんを起こして軽い朝食をたべてから、一緒に魔法についての研究をしよう。


研究なんてつまらないけど、妹と一緒ならきっと楽しいだろう。そんなことを考えながら、俺は一人で笑っていた。




そして…………俺は死にかけている。

妹のために水を持って行こうと思って、水を汲みに出て、屋根伝いに井戸まで行こうとして、そして切られた。


何がなんだか分からない。突然すぎた。

知らない奴だった。当然だ。こんなところに普通、人はこない。そいつは、黒い鎧を着ていて、後ろに2人の鎧姿の人間を引き連れていた。なんなんだ一体! 展開に全くと言っていいほどついていけない。


そして、黒鎧が家に向けて、その指を差した。


……ッ!!!!! 


意味がわからない。何が起きたか分からない。 それでも、これだけは分かる!

倒れられない! 今倒れたら、妹が、妹まで、殺される!!


歯を食いしばり、家の入口まで駆ける。奴らを通すなと警報がなっている。

奴らより早く入口まで辿りついた俺は、立て掛けてあった木刀を握りしめ、奴らと対峙した。ここを一歩も通さない決死の覚悟だった。


2人、殺した。振られた剣をさけ、木刀で首をへし折ってやった。無我夢中だ。まるで絵本を読んでいるみたいに、音が、映像が、途切れるように進んでいく。


息が続かない。血が出すぎたのか、頭がくらくらして、目が霞む。


「……うとを、守るんだ」


唇を噛み、言葉にする。

約束したんだ。妹を守るって、両親に。誓ったんだ。妹を守るって、自分に。


腕が重い。足が震える。だがしっかりと構えて、奴を睨みつける。


「……見事だ」


邂逅してから、互いに発した言葉は、たったの一言だけだった。

黒鎧が剣を突きだす。だめだ。避けられない。

全ての動作がやけに遅く感じた。


ゆっくりと構えられた剣が、信じられない速さで突き出され、いつ間にか俺を庇うように飛び出してきた妹の腹に刺さり、俺もろともを串刺しにした。


「……っ!」


言葉にならない。なぜ妹が!

ズブリと音を立てて剣が抜かれる。同時に支えを失った俺たちは、重なり合うように地面に倒れこんだ。


「ごめんね……兄さん……守れなかった」


息も絶え絶えに言われる。こっちのセリフだ。俺は、守れなった。謝りたくて口を開いたが、ヒューヒューと空気が漏れるだけだった。致命傷だ。


あっという間の出来事で、現実感を感じないが……俺と妹は、ここで死ぬ。


だから、妹の目をじっと見つめた。言葉にできない全ての想いを乗せて。

頬を打つ雨は、気にならなかった。


「兄さん……泣か……ないで。死なな……いで。生きて」


妹が涙を流しながら言う。苦しそうに、手を出してきた。俺は最後の力を振り絞って、その手を握った。ふわりと、嬉しそうに微笑んだ妹を見て、意識は闇に包まれた。


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