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龍は死してなお死なず  作者: とんかつ
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第17話

残りの階層を何故か当たり前のように素通りして着いた先には、少し大きなだけの、でもどこにでもありそうな木の家があった。


こんな場所にこんなものが建っている時点でとんでもない違和感があるが、それ以上に異質を感じる。


気配、とでも言うべきだろうか。


見えないのにそこに居ると分かるような絶望的な圧迫感。そこから感じる、突き刺すような敵意に肌が粟立つ。扉などない開放的な入口は、気を抜けば飲まれてしまいそうな、そんな錯覚にすら陥りそうだ。


「ほれ、あそこじゃ」


そう指を指して言いながら、そんな雰囲気を感じないかのようにひどく軽やかな足取りでその家まで歩いていく。


やめろ、という言葉は出なかった。


少し考えれば分かることだ。

この女性は、ここを自分の家だと言った。

アレは、下に我らの住処があると言った。

そして、俺はこの気配を知っている。


「さぁ、入るがよい。あまり綺麗なところではないがな」


ククッと自嘲めいた笑みを浮かべて俺を促す。

女性を見る。入り口を見る。女性を見る。入り口を見る。

これほどまでに緊張する玄関があっただろうか。


ゴクリとどこかで唾を飲む音が聞こえた気がする。もちろん気のせいではないが。

恐る恐る中に入る、と同時に黒曜石のような瞳とバッチリ目があった。


「ひうっ!!」


思わず悲鳴が漏れる。入ってすぐの空間。

尾を喰らう蛇。無限と不死の象徴。終わりと始まりの龍。

ウーロボロスがそこにいた。


「あわっわっ!」


驚いた体は言う事を聞かず、気が付けば尻もちまでついてしまっている。

どんな魔法が働いているのだろうか、翼もないその龍は、地面より少し上を浮いている。


「小僧!」


「は、はい!」


底冷えするような低い声。自らの尾を喰らっている筈なのに、不思議と鮮明に聞こえる。頭の中に直接響いているような不思議な感覚だ。それがとても、とても怒っているように感じる。


「貴様。何をした!」


「……え?」


「何をしたのだと聞いている! ワイバーンとの戦闘中! 貴様が死んだと思った瞬間!世界が凍った!! 何だ、何をしたのだ! 何故何も見えなくなった!! ワイバーンはどうなったのだ!!」


「えっと……えっ」


「貴様は我を楽しませねばならぬ! 言ったであろう、娯楽だと! 貴様と我は、いわば演者と観客だ!! 演者が観客に隠れて物語を進めるとは何事だ!!」


「あっあの、その」


「貴様は何があったか我に言う義務がある!! でなければ我は気になって夜もまともに眠れんのだからな!! さあ言え!! 疾く言え! 速く言え!」


ずいずいずいっとウーロボロスが近づいてくる。とんでもない迫力だ。

言っていることは可愛らしいのに、ウーロボロスの見た目と重圧が全てを台無しにしている。恐ろしい。心なしか重力すら強くなったような気もする。


「言え、さっさと言え! 殺されたいのか!!」


「さっさとしろ! 何を黙っている!!」


「貴様、本当に殺されたいのか! 殺したら話が聞けなくなるではないか! どうすれば良いのだ! いい加減にしろ!!」


「ほう、余を上から怒鳴り散らすとは良い御身分じゃな」


「我はさっさと眠りたいのだ! さあさあ!! 言わぬと生きていることすら後悔することになるぞってひゃああああああああ!! はは、ひゃひゃひゃま!!」


女性が話しかけた途端、ウーロボロスは尋常じゃないほど慌て出した。額(?)には滝のような汗を流し、呂律はろくに回っていない。さっきまでの剣幕が嘘のようだ。


「ひひひひゃひゃひゃま! いつからそこにっていうかいつの間に外に!!」


「ふうむ? ウルよ。それは今、重要なことか?」


「いいいいいえ! ひょんなことはありまへん!!」


「そうであろう? いま重要なことは、余がわざわざ招いた客人に粗相を犯した、愚か者のことじゃろう?」


「ひゃ、ひゃい!!」


ビクゥッと体を反応させ縮こまる。あれほど低かった筈の声は、小さな子供の様な甲高いものに変化していて先ほどまでの堂々とした龍の姿はもはやどこにも見つからない。


「話を聞こうともせずに上から怒鳴り散らし、挙句の果てには脅す。実にわがままな行いだ」


「あわ、あわわわわ」


「それになんだ? いつまで尾を咥えておる? いつまで余を見下ろすつもりだ?」


「あひょ、ごごごめんなさーい!!」


ボンッという音と共にウーロボロスが煙に包まれる。

黙して見つめることしばらく。煙が晴れた場所には、怯えるようにこちらを見ている小さな女の子が立っていた。


黒い髪に黒い瞳を持った愛らしい少女だ。将来は美人になること間違いなしだろう。

何が起こったかは何となく理解している。ような気もするが理解出来てないというかしたくないというか、ついていけていない自分がいる。


「うむ、それで?」


「あの、その、ごめんなさい! こぞ……あなたに酷いこと言って……」


そう言ってこちらに向かって頭を下げる黒髪の少女。女性のような吸い込まれそうな深い黒さではない、透き通るような黒さのある髪だ。目に涙を溜めてつむじを見せてくるその姿に、なんとなく悪いことをしたような罪悪感が湧いてくる。


それを見てうむと大きく頷いた女性は、お仕置きは後でのと少女に告げてこちらを振り返る。

絶望的な表情を浮かべて崩れ落ちる少女がやけに物悲しい。


「それでは、改めて自己紹介しようかの。余の名はエキドナ。種族は……自分でも良く分からぬ。そして分かっているじゃろうが、これの名はウル。世間ではウーロボロスなどと呼ばれておる、余の娘じゃ」


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