ハナちゃんのバースデイ
「ハナちゃん」の番外編です。
ゴールデンウイーク直前。
少し前から、私のお誕生日の準備が着々と進んでいました。
有名日本画家の先生がデザインした、特別な衣装を身に着けて(とても綺麗な赤いお花があしらわれたワンピースです)私はいつものように立っています。
お誕生日を記念したオリジナルグッズは、様々なブランドとコラボしたマグカップやバッグだったり、お菓子だったり……とにかく今までにない程の数のようで……。
なぜ、こんなお祝いムードかというと、私が50歳になるからなんです。その記念というか、節目というか……とにかくイベントが盛りだくさんで、ここ数日はテレビや新聞やネットの、「この地方のトピックス」で私についての話題や特集が組まれていたようです。
街行く人々は、ワンピーズで着飾った私をカシャカシャとスマホで撮り、「もう50年も経つなんてね……」「ああ、ハナちゃん綺麗ねぇ」など、とても楽しそうです。
最近の私は、人の姿になって夜の街を歩いていません。
私のお誕生日の準備で忙しくしている人たちや私を見に来る人たち……いつもよりも騒がしくて、活気があって……でも私は、ここ数日間で感じた事がない、得体のしれない重い波に飲み込まれそうで……そう、とても憂鬱でした。
まさか、これが噂のあの……更年期?
そんな50の夜に、気が付いたら私は、私の右足の辺りに立っていました。
沢山の人が私の誕生日を祝ってくれて……ありがたいと思う……でも、最近感じるこの不安は……。
ご存知の通り、私はマネキン人形。当然ずっと変わらない姿で立っています。でも人の姿になった時、ちゃんと年齢を重ねている。ずっと二十歳でいたい訳じゃないけれど……。
それに、いつまで人の姿になれるのかは分からないし……いつかどんなに望んでも人の姿になんてなれないかもしれないじゃない? まぁ……そんなことを考えても仕方ないんだけれど……。
「ふぅぅ……」
自然にため息が出てしまう……。
「……私ね、今日誕生日だったの……ハナちゃんと同じなの……」
振り返ると、そこには多分、私と同年代だと思われる女性が立っていました。
「同い年……だから勝手に親近感を抱いちゃって……」
「……そうなんですか……」
「ごめんなさいね……勝手に話し掛けちゃって……大きなため息が聞こえたから……ちょっと気になってしまって」
「あっ……そんなに大きかったんですね……やだっ、恥ずかしいです」
彼女は長い髪をキュッと纏めて、高い身長にトレンチコートがとても似合っていました。
「今日ね、会社のみんなが祝ってくれたの。すごく嬉しかったんだけど……でも、なんか急に寂しくなって……」
「……分かるような気がします……」
「そう?」
「私も誕生日なんです……」
「まぁ! 凄い偶然!」
その流れで、私たちは暫し立ち話しを始めました。
彼女は、若い頃結婚して3年程で離婚して、それ以来ずっと一人で生きて来たらしいのです。ここで会ったばかりの私にそんな個人的な話をしてくれたのは、きっと同い年だから?
「子供、欲しかったけどね……でも結婚には向いてなかったのかな……再婚できなかったしね。それに……怖いくらいに早く時間が流れた感じね。もう30か……40か……で、50……今だもんね」
そうしみじみと話す彼女だったけど、その横顔にはどこか凛とした強さがあり……。
「私ね、いつも出勤する時にここを通るの。心の中でハナちゃんに、おはよう! 今日も頑張りましょう! とか言って……バカみたいでしょ? でも、同じ時間を生きて来たと思うとね。やっぱり親近感?」
少し照れくさそうに笑ったので、私も釣られて笑って……。
「そうですね……同じ時間……うん、そうですよね? 私たち、生きている場所は違っても同じ時間を生きて来たんですよね……」
そんな事を二人で話していると、やはり同い年位の女性がちょっと酔っ払っているのか、頬をほんのり赤くして話に入ってきました。綺麗なピンクのシャツにジーンズ姿で、爽やかな感じのボブヘアの……。
「ねぇ、今日ハナちゃんの誕生日だったんでしょ? 私ね、一日違いなの。明日! で、ハナちゃんのグッズ! マグカップとポーチ買っちゃった! 自分へのプレゼント!」
「ありがとうございます! あっ!」
私は思わずお礼を言ってしまいました。
「あっ、グッズを売ってた人?」
彼女は酔っているせいか、私をグッズ販売していた店員さんと勘違いしていました。
「私ね、ハナちゃんファンなの……こっちの方にはあんまり来ないんだけどね、たまに遊びに来た時は必ずここでハナちゃんの姿を見上げるの! 元気だった? 久しぶりだね? なんて呟いたりして……おかしいでしょ?」
やっぱり酔っているせいか、彼女も少し自分の事を話し始めて……。
最近、長男が就職して一人暮らしを始めた。長女も結婚して家を出て、旦那さんと二人の暮らしになった今、少し寂しさもあると言うのです。
「ちょっとショッピングして帰ろうと思ったんだけど、すぐに帰るのが嫌でね……一人で飲んでたのよ……今日ダンナ出張だしぃ、たまには羽根を伸ばそうかなって」
そう言うと明るく笑いました。
親としての役割が一区切りして、解放感のようなものがあるのでしょうか……。
「ああ……学生時代に友達と待ち合わせて遊びに行った時や、ダンナとの初デートの時もここで待ち合わせたんだっけ……楽しい思い出がいっぱいだから……私はこの場所が好きなのよね……」
「そうそう、私もよくここで待ち合わせたわ!」
同い年の私たちは暫く立ち話しをしました。
他愛もない話で、まるで同じ学校に通っていた3人が久しぶりに会ったように親しく、笑って……。
憂鬱だった気分が解れていくのを感じました。
「さて、そろそろ行こうかな。明日、GWとか関係なしに仕事があるんだった……」
「私は、義母が入院してるから明日お見舞いにいかないと……あ、グッズ販売店、忙しいでしょ? 今日混んでたし」
「あ、はい……そうですね」
ま、いいか……。
今日はグッズ販売の従業員の人で。
「私も帰りにグッズ買って帰ろうかしら」
「マグカップ、可愛かったら、オススメ!」
そう言いながら、2人はそれぞれ帰るべき場所に足を向けた。
「さよなら……」と、お互い手を振って。
私はその場に留まり、2人を見送りました。
そして私は彼女たちそれぞれに……。
「ハッピーバースデー! ステキな50代を!」
そう言って手を振ったら、「ありがとう! ハッピーバースデー!」と2人も私に手を振ってくれて、その後マネキン人形の私にも手を振り、帰って行きました。
「ハッピーバースデー……ステキな50代をか……」
その言葉は自分自身にも向けられたものかもしれない。
いつも私がみんなを見守っているんだと思っていたけれど、私に声を掛けてくれて、見守ってくれている人たちがいる……ずっとそんな事に気が付かずにいました。
そう思うと、寂しい気持ちなんてどこかへ飛んでいってしまい、私はいつもの場所に立っていました。
そんな50の夜を思い出しながら、私は今年で53歳の誕生日を迎えます。
朝はたくさんの人が私の足の下を通るので、ひとりひとりをしっかりと見たりしませんでしたが、あれからトレンチコートの女性を探すようになりました。確かに彼女は私の足の間を通り過ぎると、一瞬振り返り、こちらを見ます。
私は彼女が心の中で「今日も頑張ろうね」と言ってくれているのだと思うと、嬉しい気持ちになります。
ある日、あのほろ酔いの女性が私の右足で待ち合わせをしていました。
少しふくよかになった?
相変わらず若々しいわね。
暫く待っていると、ベビーカーを押した女性が現れました。
ああ、嫁いだ娘さん? よく似ているものね。という事は、おばあちゃんになった?
そして彼女は赤ちゃんを抱き上げると、私に向かって、「はじめまして」と赤ちゃんの小さな手をこちらに向かって振ってくれたのです。
「まぁ可愛い! はじめまして! マネキン人形のハナちゃんです」
私はこの街で誰もが知っている待ち合わせスポットのハナちゃん人形。
今日もみんなを見守っています。
時には人の姿になって、あなたの前に現れるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




