公爵夫妻の馬狂い令嬢
帝国の厩舎。
白馬シトリンが鼻を鳴らす中、ひときわ眩しい黄金の毛並みが陽をはね返していた。
その瞬間――
「……いる。いる……!」
アイリスの目が、宝石みたいに光った。
公爵夫妻は、娘の背後で息を整える。国を捨て、追われ、ようやく辿り着いた末の再会だ。
なのに、娘の視線の先は――彼らではなく馬だった。
公爵が咳払いを一つ。
「アイリス。今まで本当に悪かった」
公爵夫人も頷き、まっすぐ娘を見る。
「お詫びの印の馬よ」
次の瞬間。
「許す!!」
即答だった。
「だからその馬に早く乗せろ! まさか本当にいるとは思わなかった! 黄金の馬! なんて美しいんだ!!」
公爵夫妻は、固まった。
……謝罪とか、許しとか、そういう空気はどこへ。
公爵が公爵夫人の袖をつまみ、小声で囁く。
「……本当に馬で許しちゃうのか~。そっか~。我が娘ながらチョロい」
「……チョロいわね」
二人の小声は、完璧に“親の油断”だった。
なぜなら。
アイリスは聞いていない。
まったく聞いていない。
「いい! いい! 最高だ!」
黄金の馬の周りをぐるぐる回りながら、目を輝かせている。
「ダートで走らせればよく走りそうだな! よし! まずは競走馬登録からだな!」
もう、頭の中は走らせることでいっぱいらしい。
謝罪の余韻? 親子の涙の再会? そんなものは一瞬で砂に埋もれた。
少し離れたところで、その様子を眺めていたジュラが乾いた笑みを浮かべる。
「おぉ……黄金の馬か~。初めて見た」
感心しているのは本音だ。
だが同時に、目の前の“馬狂い暴走モード”に軽い絶望も混じる。
「アイリス、暴走してんな~……」
止める?
止められる?
止めたところで、止まる?
ジュラは顎に手を当て、真剣に悩んだ。
「……どうやって止めよう」
その間にもアイリスは、黄金の馬の脚元を覗き込み、たてがみの流れを撫で、目を細めてうっとりしている。
「……この筋肉のつき方、絶対いい。骨格もいい。毛ヅヤも……最高だ……!」
公爵夫妻は顔を見合わせる。
公爵が小さく言った。
「……まあ、許されたなら……いいか」
公爵夫人も、やれやれと肩をすくめながら笑った。
「ええ。アイリスは、これでいいのよ」
遠くでシトリンが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
完結まで毎日投稿予定です。短編のものと大筋変わりませんが一部エピソードに加筆があります。
よろしくお願いします。




