皇太子夫妻の後日談
帝国の離宮。
午後の陽射しが差し込む私室で、アイリスは腕を組み、窓の外を睨んでいた。
「……おかしいな」
低く、どこか不満げな声。
「そろそろ、あの馬鹿が逆恨みしてこっちに来る頃だと思って準備しておいたのに……知らせがない」
部屋の空気がわずかに冷える。
その向かいで、ジュラは明らかに不自然な笑顔を作りながら、こめかみに伝う冷や汗を指で拭った。
「い、いや……良い暮らしをしていた王子がいきなり何もかも失ったんだぞ? さすがに野垂れ死んだんじゃないか?」
できるだけ軽く、何気なく。
「そんなに気にするな」
アイリスは、ちらりと夫を見る。
「……いや」
即答だった。
「あの糞にも劣る毒みたいな男は、ゴ○ブリ並みに生命力が強い」
ジュラの背筋がぞわっとする。
「国が滅亡してもなかなか死ななかっただろうしな。それに……」
「……それに?」
嫌な予感しかしない。
アイリスは淡々と思い出話をするように続けた。
「昔な、シトリンに遊びで毒草を食べさせやがったことがあってな」
ジュラの表情が固まる。
「量が少なかったからシトリンは無事だったが……あんまりにも腹が立ったんで致死量レベルの同じ毒草を盛ったことがある」
「…………は?」
思わず声が裏返った。
「軽い腹痛を起こして、一日寝込んだだけだった」
「………………」
沈黙。
ジュラは、慎重に慎重に言葉を選んだ。
「……それは、人間か?」
「裏工作は完璧にしていたし、症状が軽すぎて毒を盛ったなんて疑われることもなかった」
アイリスはどこか残念そうだ。
「だがその分、直接殺さないと死なないってこともわかった」
さらっと恐ろしいことを言う。
「だから今回、こっちに来たら確実に息の根を止めてやろうと思ってたんだが……」
ふぅ、と小さく息を吐く。
「……気にしすぎたか」
ジュラは、視線を逸らした。
喉がひくりと鳴る。
「…………あれは」
声を潜める。
「……確実に処分した。大丈夫……なはずだ」
ほとんど独り言だった。
アイリスは首を傾げる。
「? 何か言ったか?」
「い、いや! 何も!」
慌てて手を振る。
「そうか。まぁ来ないならそれでいい。平和だしな」
アイリスはそう言って、もう興味を失ったように窓から離れた。
――その背中を見送りながらジュラは心の中で深く誓う。
(……この事実は、墓まで持っていこう)
そして同時にもう一つ確信した。
アイリスに本気で殺意を向けられる前に処理できて本当に良かったと。
明日で完結です。
最終話は明日の午前10時ごろに投稿予定です。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
最後まで楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願い致します。




