皇太子殿下の後始末
馬視点です。
いつもと変わらぬ午後、執務を済ませているとジェイドが入ってきた。
深刻な表情をしているその男は宰相の息子で俺の側近の一人だ。
「皇太子殿下、ご報告がございまして……人払い願えますでしょうか?」
その言葉に何も聞かずに人払いをする。
「どうした? おまえがこうして頼むことは珍しい。何かあったのか?」
「妃殿下のご出身国に忍ばせていた密偵から報告がきまして、王と王妃の死亡が確認されました。そして王子の行方知れずとのことでございます」
「ほぅ? ついに死んだか。思っていたより長く持ったものだな……それにしてもあの馬鹿が生き延びるとはなぁ」
あの国が国としての枠組みをなさなくなってからすでに数年が経過している。
まだ生きているらしい王子はともかくとして王と王妃が今まで生きていられたのが不思議なくらいだった。
「その馬鹿について私は妃殿下にはご報告を上げていませんがご存じでいらっしゃいました。それともう一つ、妃殿下が牛の置物らしきものを作らせているとのことです」
「牛の置物? アイリスが? 馬ではなくか?」
あの馬狂いの妃が馬以外のものをモチーフとした置物を作るなど珍しいどころではない。
この国に来てから初めてのことだ。
「確かに牛の形をした物のようでございました。それも人が一人十分に入ることのできる大きさの物でして……」
人の入るほどの大きさの物はただの置物ではなさそうだ。
それの心当たりが一つだけあった。
「もしやそれは……中が空洞で真鍮でできているものか?」
「その通りですがなぜお分かりに?」
真鍮製で中が空洞になった人が入る大きさの牛の置物……いや、それは置物ではない。
拷問器具で処刑器具だ。
「……アイリスよりも早くあの馬鹿を捕らえて処分しておけ。最後の情けだ。苦しみなく逝かせてやれ」
「御意に」
「もしアイリスが先に奴を捕らえても構わん放っておけ。あ奴の運が悪かっただけの話だからな」
そこまで話し終えたところで窓からけたたましい音と共に白馬が飛び込んできた。
飛び散るガラスをものともせずに部屋に入り込む。
「は? シトリン?! というかどうやってここまで来たんだ?! ここは三階だぞ!」
窓を割って入ってきたというのになぜか傷一つとしてない。
いつもは俺の言葉にはフンッと鼻息を一つするかしないかであるこの馬がどこか焦っているようだった。
普段は主人である妃以外を乗せようとしないのだが今日は乗れとでも言うように鼻先で自分の背を示して見せた。
どうやら緊急事態のようだ。
恐る恐るシトリンの背に乗る。
「殿下!」
ジェイドの焦る声が聞こえるが構ってはいられない。
「箝口令を敷いておけ! くれぐれもアイリスの耳に入れるな!」
そうジェイドに言い残すと同時にシトリンは執務室の窓から飛び出した。
うまく屋根から屋根へと飛んでいるが普通の馬の身体能力だとあり得ない動き方をしている。
『世界一の名馬』の名は伊達ではない。
地面に着く頃に息の上がった栗毛の馬がいることに気が付いた。
どうやら途中まで付いて来たはいいもののさすがに屋根の上には来られなかったらしい。
「ウィーランドまで連れてきていたのか? シトリン本当に何があったんだ?」
――ビヒィンブヒィンヒヒイイィィン――
二頭が勢いよく鳴き返してくるが何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
*****
馬たちの鳴き声訳
「ご主人が大っ嫌いなハエ野郎を娘が見つけてきちゃったんだよ!」
「ご主人様なら嬉々としてキラキラ男殺しそうだしさ!」
「「ご主人(様)が怒ってるの見たくないんだってば! ご主人(様)の番ならなんとかしろ!!」」
シトリンとウィーランドはジュラに無茶ぶりをかましていた。
*****
アイリスの管理する放牧場から叫び声が漏れている。
「私は王国の王太子であるジョン・ソラーノ・ロペスだぞ! 無礼な馬どもめ! 馬を見るとあのくそ忌々しいアイリスを思い出させやがる! 私が今こんなめにあっているのももとはと言えばアイリスのせいだ! えぇい! さっさとどかんか~!!」
それは馬の群れの中心付近から発せられているようだった。
声が大きくなっていくにつれて二頭の耳がどんどんと伏せられていく。
ウィーランドは目つきが険しくなっており、シトリンに至っては今にも歯をむき出しそうになっていた。
シトリンの姿を認めたのか群れの中から白黒のブチ模様をした牝馬がひょっこりと顔を出した。
他の馬は何ともないのにこの馬の毛皮だけがぐっしょりと濡れていた。
「あのブチはルチルか。シトリンが慌ててきたのは娘のためか」
亡国の王太子も濡れているようだから詳しくは知らないがルチルが何かしたのだろう。
にしてもまさか馬があれを見つけるとは思っていなかった。
完全なる予想外である。
ひょっとすると馬のほうが密偵よりも優秀なんじゃないかとも思えてきてしまう。
「でシトリン俺に何をさせたいんだ?」
その言葉に反応したのかシトリンが鼻息を一つ吐くとウィーランドが心得たとばかりに器用に囲いの入口を開けて群れに入っていった。
少ししてウィーランドの口にはぎゃいぎゃいとわめくボロ雑巾のようになった男が咥えられていた。
ズルズル引きずりあまりにもうるさかったのかウィーランドに頭を蹄で小突かれて気絶したそれをシトリンの足元に乱暴にも投げてきた。
汚物でも見るような目でそれを見下ろしたシトリンは渋々という風に口に咥えると俺を降ろすことなく歩き出した。
ウィーランドも一緒に連れて着いた先は堆肥場だ。
馬糞などの排泄物を収集し発酵させて肥料に加工するための場所である。
シトリンは降りろとでも言うように体を震わせた。
素直に降りるとシトリンは堆肥場のど真ん中にそれを落とした。
前足をうまく使っておおかたそれの顔以外が見えなくなってしまうと満足したとでもいうように鼻を鳴らす。
近寄ってきたシトリンの言いたいことが何となくでも理解できてしまった。
「俺を呼んだのはアイリスにバレないようにしろということか。それで馬糞と同じように捨ててこいと?」
――フルゥゥン――
同意するような鳴き声にため息を一つ。
「おまえらがあれだけやらかしといてアイリスにバレないのは奇跡だぞ。あの馬狂いがおまえらの異変を感じないとでも? いややれるだけやってみよう……しょうがないこれは俺が処理しておこう。もともとそのつもりだったしな。シトリンおまえは濡れたままの娘をなんとかしてこい。おまえの世話係ならアイリスに濡れたなんてわからないくらいうまく手入れできるだろうさ」
それを聞き終えると了承したかのようにシトリンはさっさと走り去っていった。
残ったのはウィーランドだ。
「さてウィーランド。おまえが残ったのは俺を宮殿まで送るためだな? 頼んだぞ。気絶しているあれが目を覚ますまでに全て終わらせなければな」
俺を背に乗せたウィーランドは風のように駆けだした。
完結まで毎日投稿予定です。短編のものと大筋変わりませんが一部エピソードに加筆があります。
よろしくお願いします。




