第9話:沈黙のタナカと、誤解が生んだ第二の奇跡
タナカの自室は、あの凄惨な夜以来、静寂に包まれていた。創造魔法で作り出した電子キーボードは埃をかぶり、ボロボロの軍服は部屋の隅に丸められている。
(戦争をなくすために、戦争を激化させた。俺は、あの地獄を、さらに深くした張本人だ……)
タナカは、村人やロイドと話す時以外はほとんど口を開かず、ただひたすらに天井を見つめていた。彼の表情は、前世の戦場にいた頃の、絶望に満ちたタナカに戻りつつあった。
しかし、ロイド=ブレイブハートにとって、タナカの沈黙は**「深謀遠慮」**の証だった。
「タナカ様……恐れ入ります。これほどの重厚な沈黙。あの作戦の真意を、今、深く考えておられるのですね」
ロイドは、タナカの沈黙を「次の戦略を練っているため」と解釈し、毎日、自室の扉の前で数時間、拝跪してから立ち去った。タナカが何かを創造魔法で生み出す気配がないことも、「タナカ様は、我々に**『考える時間』**を与えてくださっている」と勝手に解釈していた。
そんなある日、ロイドが再び興奮した様子でタナカの部屋に入ってきた。
「タナカ様!ご報告です!『スイート・バディ作戦』の第二段階が、予期せぬ形で進行しております!」
タナカは、わずかに顔を上げた。
「……何が、起きた」
「は!あの夜の戦闘の後、両軍の塹壕に、まだ大量のマシュマロの残骸が残っていました。兵士たちは、あの夜の激しい怒りが収まった後、再び飢えに苦しみ、あの残骸を奪い始めたのです!」
(タナカ内心):マシュマロが残ってたのか。そりゃ、食うよな。あの飢餓状態で。
「そして、その奪い合いの最中に、ユグラシア連邦軍の兵士が、ココア・ポットを発見したのです!」
「ココア・ポット?」
「はい!タナカ様が私に託した『和解のココア・ポット』と同じものだと推測されます!ユグラシアの兵士たちは、それがレドニア側の兵器だと思い、怒ってポットを蹴り倒しました。しかし、ポットから温かいココアが流れ出ると、皆がその甘い香りに誘惑され……」
ロイドは声を潜めた。
「彼らは、その泥まみれのココアを、手で掬って飲み始めたそうです。そして、それを飲んだユグラシア兵が、**『こんな美味いものを、レドニアの奴らは独り占めしようとしていたのか!』**と激昂!怒りがレドニア軍ではなく、上層部の不公平な補給体制に向けられたのです!」
タナカは、思わず身を乗り出した。
(ユグラシア兵が、国王軍の補給体制にキレた?俺の意図した**「反乱」**の芽が、こんなコメディみたいな形で生まれてしまったのか!?)
ロイドは目を輝かせながら続けた。
「これにより、ユグラシア軍の士気は一気に低下し、前線が撤退を始めたそうです!レドニア軍は、敵が撤退した理由を理解できず混乱しましたが、結果的に戦線は沈静化!これも、タナカ様がココア・ポットを託し、**『怒りの矛先を分散させる』**という深遠なる狙いがあったからこそ!」
「……そうか。分かった」タナカは、絞り出すように言った。
タナカの心は、この奇妙な状況に激しく揺さぶられていた。戦争を激化させたのは事実。だが、その失敗が、意図せずユグラシア軍の「内輪揉め」を引き起こし、結果的に**「戦線沈静化」**という望んだ結果をもたらしてしまった。
(俺は、音痴という最大の失敗で戦争を激化させた。だが、その失敗の残滓が、平和を招くトリガーになった……)
タナカは沈黙を破り、創造魔法で、小さなマシュマロを一つ作り出し、それを口に放り込んだ。
「ロイド。次の作戦は、**『共闘』**だ」
タナカの目に、再び、前世の絶望を塗り替えるための、新たな光が宿り始めた。今度の作戦は、両軍の兵士に、**「共通の敵」**を見つけさせることだ。




