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第8話:戦場を包む、音響兵器と予想外の事態

深夜。冷たい月明かりの下、タナカは三つの**『大型拡声魔法陣メガホン・アンプ』**を両軍の塹壕と中央の廃墟の塔に設置し終えた。シールドは切れているが、タナカの目的は戦闘ではない。


(マシュマロ作戦で飢えと混乱はピーク。この底抜けに明るい歌で、兵士たちの心の固い壁を溶かし、戦闘意欲を喪失させる!)


タナカは、三つのメガホン・アンプ全てに、起動の魔法を発動させた。


ピ、ピ、ピ…


次の瞬間、静寂は完全に破られた。


ドゥン、チャ!ドゥン、チャ!


異世界アースガルドの歴史上、一度も存在しなかった、アップテンポなポップソングのビートが、戦場を支配した。


そして、ボーカル(タナカが多重録音で加工した、20歳くらいの男の、やたら陽気な声)が、異世界の言語で歌い始める。


♪戦場で食べるパンは石みたいで硬い〜!もう!やめた!


♪貴族のシチューよりココアとマシュマロが一番さ〜!


(タナカ内心):よし。完璧だ!前世で趣味としてカラオケに足繁く通い、自分なりに完璧な歌声に仕上げた自信作だ。この感情のこもった、魂の叫びが、兵士たちの心を鷲掴みにする!これこそ、真の平和の武器だ!


タナカは自身の歌唱力を信じ切っていたが、その音源は、どれだけ練習しても全く音程が安定しなかった彼の**「聞くに堪えない音痴な歌声」**を増幅させたものだった。


レドニア王国軍の塹壕では、深い眠りに落ちていた兵士たちが、飛び起きた。


レドニア兵A:「あの甘い補給品の曲か!?だが、**歌が下手すぎる!**こんな拷問、敵の侮辱に決まっている!」

レドニア兵B(ココアを飲んだ兵):「この能天気な声が、硬いパンの恨みを歌っているのが、逆に猛烈に腹立つぞ!」

レドニア兵C(子を持つ父):「なんだこの音は!?クソッ!うちの子供が可愛い声で歌ってくれたなら、下手でも笑って許せる。だが、この音程の狂ったふざけた陽気さはなんだ!?俺の子供の純粋な歌声と、この耳障りな拷問を比べると、怒りで気が狂いそうだ!この歌を流している奴らを、一刻も早く滅多刺しにして、静かな夜を取り戻さなければ、気が済まない!」


ユグラシア連邦軍の塹壕でも、混乱から一転して苛立ちが広がった。


ユグラシア兵D:「敵の新型兵器か!?音響魔法か!?ふざけやがって、この下手くそな歌を聞かせるのは拷問だぞ!」 ユグラシア兵E:「うるさい!頭がおかしくなる!このふざけた陽気さが、俺たちの惨めさを馬鹿にしているみたいで、猛烈に腹が立つ!」 ユグラシア兵F:「そうだ!このイライラ、どこにぶつけたらいいんだ!この歌を流してる奴らを全員滅多刺しにしてやりたい!」


タナカの意図した「戦闘意欲の喪失」ではなく、歌の陽気さ、歌詞のストレートさ、そしてタナカの聞くに堪えない歌声が、兵士たちの疲弊した精神を逆撫でし、猛烈な攻撃性を誘発させてしまった。


そして、そのイライラの矛先は、当然のように、向かい側の塹壕に向けられた。


「クソッ!あのふざけた歌を止めさせろ!」 「そうだ!ユグラシアの奴らが流してるに違いない!」


怒声が上がり、レドニア王国軍の兵士たちが衝動的に塹壕を飛び出した。その猛烈な突撃に、ユグラシア連邦軍も咄嗟に応戦する。


「うおおおおお!」


両軍の兵士たちは、マシュマロへの渇望と、ノリノリだが腹の立つポップソングによる極限のイライラをはけ口にするかのように、通常考えられない激しさで激突した。タナカが潜入時に見た時とは比べ物にならない、壮絶な戦闘が始まった。


惨事とタナカの沈黙

タナカは、廃墟の塔を降り、大音響を背に村へ戻る途中、この異様な戦闘の音を聞いた。


(え?なんだこの戦闘音は!?士気が下がったどころか、**上がってる!?**何があったんだ!?)


タナカは、己の「平和戦略」の予想外の失敗に、顔面を蒼白にした。


数日後。ウッドストック村に戻ってきたロイドは、国王軍本営から戻るなり、タナカを拝跪した。


「おぉ、タナカ様!大成功です!」


「大成功?何がだ、ロイド」


「あの歌が流れた夜、陛下側の兵士たちは『敵の侮辱だ!』と激昂し、普段の何倍もの士気を発揮!一気にユグラシア軍の陣地を押し返したのです!兵站は崩壊しましたが、兵士の怒りをエネルギーに変えるという、タナカ様の深謀遠慮!国王軍は大勝しました!」


ロイドは興奮しているが、タナカの顔は青いままだった。


(大勝……?俺は、戦争を終わらせるためにやったのに、逆に戦争を激化させてしまったのか?あの地獄を、俺自身が拡大させたのか?)


ロイドはさらに、喜色満面で報告を続ける。


「そして、その歌を歌った人物について、陛下側で大議論になっています。『この歌を歌った異邦人を捕らえ、褒美を与えるか、滅多刺しにしてさらし者にするか』と。滅多刺しにすべき、という意見が多数派です。理由は、**『耳が腐るような音痴で不愉快極まりない』**からだそうです!」


タナカは、自分が命を懸けて潜入した戦場での、あの悲惨な死を思い出した。そして、今、あの悲惨な戦場で、自分の下手な歌のせいで多くの命が失われたという事実。


(滅多刺し……さらし者……。俺の、渾身の歌声が……)


タナカは、ロイドの言葉を聞きながら、口を強く結んだ。


「ロイド。そうか。褒美か、滅多刺しか…」


それ以来、タナカは、ロイドや村人と話す時以外、ほとんど声を出すことがなくなった。創造魔法を使う時も、歌を口ずさむことも、一切止めた。彼の「平和戦略」は、シリアスな目標を掲げながら、予想外のコメディ的な失敗を犯したことで、タナカ自身の心に深い傷を残したのだった。

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