第42話:悪のカリスマと、憎悪の転生者
タナカの**「甘味協定」による平和は数年間続き、アースガルド大陸は安定していた。レドニアとユグラシアの国境は、『万能栄養スフィア』の交換所となり、タナカとチー牛は、ウッドストック村で「スフィアの味の黄金比」**を巡る、極めて平和だが騒々しい日常を送っていた。
「タナカ!スフィアの『つゆだく味』は、やはり安易な欲望を誘発するから廃止だ!」チー牛が、スフィアの試作品を手に叫ぶ。 「うるさい!ココアとマシュマロの**『王道の甘さ』**こそ、平和の基本だ!」タナカが応じる。
そんな中、タナカの安寧を脅かす二つの影が、同時に動き始めた。
悪のカリスマ、ムッソリーニオの登場
ユグラシア連邦の経済は、**『万能栄養スフィア』の供給によって豊かになったが、同時に軍需産業は完全に停滞していた。元老ナチョスと星輪の裏経済も、『甘味産業』**に依存せざるを得なくなっていた。
しかし、ユグラシアの影の貴族院で、一人の男が立ち上がった。その男の名は、ムッソリーニオ・カペロ。鋭い顎髭と、誇張された派手な軍服を好み、演説のカリスマ性を持つ彼は、瞬く間に貴族院の支持を集めた。
ムッソリーニオは、和平に慣れきったユグラシア国民に対し、熱弁を振るった。
「国民よ!我々は、レドニアの**『甘い麻薬』に毒されている!あのスフィアは、我々の闘争心を奪うための、軟弱化政策だ!かつて、我々の祖先は鉄と血でこの連邦を築いた!我々が求める平和とは、レドニアに屈服した『甘い安寧』ではない!『鉄の意志による、強大な勝利』**だ!」
ムッソリーニオは、平和に飽き、停滞感を感じ始めていた貴族たちに対し、再び**「戦争の栄光」**という劇薬を注入した。彼の演説は、元老ナチョスと星輪の耳にも届き、彼らはタナカへの報復の機会を伺い始めた。
憎悪の転生者、ヤマダの出現
同じ頃、ウッドストック村から遥か遠い、レドニア王国の国境沿いの森。
一人の青年が、泥の中に横たわっていた。彼は、タナカと同じように、前世の日本の服装(今度は使い古された作業服)を纏っているが、その体からは、まるで硝煙と血の匂いが立ち込めているかのように感じられた。
青年は、呻き声を上げて目を覚ました。彼の脳裏には、前世の最前線で受けた激痛と、理不尽な死の記憶が刻み込まれていた。
タナカの最期の感情が「平和への強い願い」だったのに対し、この青年の心には、**「戦争を仕掛けた全ての権力者と、それに加担した全ての人間への、純粋な憎悪」**が煮えたぎっていた。
青年は、全身から力が漲るのを感じた。タナカが「創造魔法」を得たのに対し、彼は**「破壊魔法」**の異能を得ていた。
青年は立ち上がり、辺りを見回した。彼の頭の中の知識が、この世界が「アースガルド」であること、そして自身が**「ヤマダ」**という名であること、そして、この世界でも戦争が起こっていることを伝えてきた。
「戦争……だと?」
ヤマダの口元が、冷酷に歪んだ。
「いいだろう。タナカ。平和を願って無駄なものを作るお前とは違う。俺は、戦争を仕掛ける側を、根絶やしにする。この世界から、戦争の種を、全て破壊してやる」
ヤマダは、タナカの築いた**「甘い平和」を知らぬまま、独自の「憎悪による絶対的平和」**の実現に向け、静かに動き始めた。




