第22話:能力の原点回帰—絶望の「お菓子の家」を喰らう
お菓子の戦車の横で腰を下ろしたタナカは、依然として放心状態だった。クッキーの帽子とキャラメルの服を身につけたまま、彼の目は虚ろに、周囲を埋め尽くす甘い家具や兵器を眺めている。
彼の部屋は、マシュマロの壁、チョコレートの椅子、ビスケットの本、そしてお菓子の戦車という、童話のような、しかし深く絶望的な空間となっていた。
(すべて、無駄だ。俺の平和への願いは、ただの甘いゴミになった。そして、この能力は、そのゴミを作り続けることしかできない……)
タナカの視線が、ふと、自身の作り出した**「煎餅紙幣」**の山に向けられた。彼は、その煎餅紙幣を一枚、口に運んだ。パリッという音と、甘じょっぱい味が、彼の五感をわずかに刺激する。
その瞬間、タナカの頭に、能力の基本原理が蘇った。
「食べたものを、再現する」
そうだ。彼は、マシュマロの組成を思い出し、砂糖を生成した。チョコレートの味を思い出し、ココアの塊を生成した。煎餅の味を思い出し、偽札を生成した。
(俺は、わざわざ素材を個別に思い出し、形を整えようと苦労していた……だが、このお菓子の戦車は、マシュマロ、チョコ、角砂糖、クッキー……様々な食べられる要素でできている)
タナカの思考回路が、絶望の中で、極めて**非人道的な「効率化」**へと向かい始めた。
【タナカの効率化論】
(なぜ、わざわざ、個別の素材を思い出す必要がある?このお菓子の戦車を丸ごと食べてしまえば……**「戦車の味」が記憶に残る。そうすれば、次に創造魔法を使う時は、「戦車」**として一気に生成できるのではないか?作る手間が省ける……)
タナカにとって、この部屋のお菓子はもはや「平和への希望」でも「失敗の記録」でもない。それは、**「省力化のための原材料」**へと認識が変化していた。
タナカは、虚ろな目をしたまま立ち上がった。
彼は、まずお菓子の戦車の横に置かれた、チョコレートの椅子に手を伸ばした。
ガブリ。
彼は躊躇なく、その固いチョコレート製の椅子を噛み砕いた。ボリボリという鈍い音と、濃厚な甘さが部屋に響く。
次に、彼はマシュマロのテーブルに手をかけ、それを引きちぎった。フワフワの塊を、タナカはまるで無機物を処理するかのように、黙々と口に運び続ける。
そして、ビスケットでできた本、飴細工でできた花瓶、キャラメルコーティングされた上着……。タナカは、自身の能力を最大限に活用し、部屋全体を解体し始めた。
彼の口は、ただひたすらに、平和な童話の世界を、原材料として胃の中に回収し続けている。
究極の「自己補給」
そして、タナカはついに、部屋の中央に鎮座する**『お菓子の戦車』**の前に立った。
(タナカ内心):よし。これで手間が省ける……。次に、お菓子の戦車が必要になったら、食べる記憶を呼び起こすだけでいい。一瞬で戦車が出せる……これで、無駄な時間がなくなる……
タナカは、角砂糖の主砲を掴み、その先端を大きく口を開けて加えた。
ボキッ!ゴリゴリゴリ!
硬い砂糖と、チョコレートの装甲が、タナカの歯によって砕かれていく。彼は、戦車の部品を次々と口の中に押し込み、自らの体内に「お菓子の家と兵器」を全て格納した。
ロイドが発見した「甘い要塞」は、数時間後、タナカの胃袋の中へと完全に消え去った。
タナカは、満腹になった体で、何もなくなった部屋の床に倒れ込んだ。彼の周りには、甘い匂いの残滓と、ボロボロの軍服、そしてコンビニTシャツだけが残った。
(これで、いい。これで、俺は……いつでも、戦車が出せる……)
タナカの絶望は、彼の能力を、**「食べられる戦車を即座に生成できる」**という、極めて効率的だが、さらに奇妙な段階へと進化させたのだった。




