第20話:絶望の砂糖漬け—タナカ、自室を甘い墓標で埋め尽くす
フューラー・ヒットラーク総統の冷酷な誤解を聞き、タナカの精神は限界を迎えた。戦争を終わらせるために編み出した全ての戦略—音痴な歌、甘い補給品、偽札、そして感情伝達—が、全て裏目に出て、戦争を加速させてしまった。
(俺の能力は、平和のために使えない。ただ、この世界に**「無駄な甘さ」を撒き散らすだけだ。俺がやったことは、全てが戦争への燃料**だった……)
タナカは自室の隅で膝を抱えたまま、創造魔法を起動させた。絶望は、彼の能力を、建設的ではない、強迫的な行動へと駆り立てた。
彼は作り始めた。
大量の**「純粋なマシュマロ」**。雪原の巨人のイメージから歪められた、あのフワフワとした、柔らかい白い塊。彼の平和への願いの結晶であり、同時に、彼の失敗の始まりとなったもの。
そして、「ココアの塊」。あの温かいココアの記憶から、湯気のない、ただの固形のチョコレート。
さらに、「飴細工の破片」。ロイドの鎧を構成していた、キラキラと輝くが、脆く砕けやすい、彼の**「武力デモンストレーション」**の虚飾の残骸。
タナカは、それらを次々と部屋の中に生成した。しかし、彼は決してそれを食べようとはしない。
(食うな。これは、平和を乱したお前の罪だ。お前がこの能力で生み出したものは、全てが無駄で、不確実なものだ)
タナカにとって、創造した食品は、もはや「食べ物」ではない。それは、自身の「戦争を終わらせる」という目標を裏切り続けた、裏切りの記録であり、失敗の記念碑だった。
埋め尽くされる部屋
マシュマロは空気を吸って膨らみ、チョコレートの塊は床に積み重なり、カラフルな飴細工は宝石のように散乱する。タナカの部屋は、数時間で、甘い匂いが充満した、異様な埋蔵庫と化した。
タナカは、部屋の中央、天井まで積み上がったマシュマロの山の隙間に座り、ひたすら創造を続けた。彼の能力は、絶望とは裏腹に、極めて正確に、無駄に精巧な食料を生み出し続ける。
やがて、部屋のドアは、マシュマロとチョコレートの塊によって、外側から開けられないほどに塞がれてしまった。タナカは、自身の作り出した**「甘い絶望」**の中に閉じ込められた。
忠犬ロイドの新たな解釈
ロイドは、ヒットラーク総統からの帰還後、すぐさまタナカの部屋へと向かった。報告の誤解を解き、次の指令を受け取るためだ。
しかし、ドアは開かない。
「タナカ様!私、ロイドです!閣下の、深謀遠慮なる御作戦により、総統は逆に攻勢を強めましたが、これはきっと、敵を油断させるための偽装的な後退に違いありません!次のご指示を!」
ロイドがドアを強く押すと、わずかな隙間から、マシュマロとココアの塊がドサリと溢れ出した。ロイドは目を見開いた。
彼の視界には、部屋全体が、白、茶、ピンクの塊で完全に埋め尽くされている光景が飛び込んできた。タナカは、その山の頂上付近に、疲れ果てた様子で座っている。
普通の人間なら「タナカ様は精神を病んだ」と判断するだろう。だが、忠犬ロイドは違った。彼の脳内では、タナカの行動が、光速で**「軍事的合理性」**へと変換された。
(ロイド内心):こ、これは……!驚愕すべき**『戦術的隠蔽』!タナカ様は、「膨張する食品」**を生成することで、敵の偵察魔術から自身の存在と作戦を完全に隠蔽されている!この大量の砂糖は、**魔法の探知を妨害する『特殊ジャミング物質』**だ!
そして、ロイドは、タナカが一切お菓子を食べていないことに気づいた。
「なるほど!タナカ様は、ご自身をこの**『甘い要塞』に閉じ込めることで、『精神的な断食』を実行し、次の作戦のための『究極の集中力』**を高めていらっしゃるのだ!全ては、次の大戦略のため……!」
ロイドは、感動のあまり涙ぐんだ。タナカの絶望の産物は、ロイドの信仰によって、**「魔法探知を妨害する甘い隠蔽要塞」**という、極めて革新的で無駄に壮大な新兵器へと昇華された。
ロイドは、この**「甘い要塞」**の存在を、すぐに国王軍に報告するために走り出した。




