第18話:絶望の戦線に現れた、ユグラシアの総統「フューラー・ヒットラーク」
煎餅紙幣の散布から数日。レドニア王国軍とユグラシア連邦軍の戦線は、完全に麻痺していた。兵士たちは、武器を泥の中に捨て、降ってきた偽札を拾うか、それを食べて空腹を満たすかに夢中だ。
タナカの「金銭兵站戦略」は、**「戦争を金銭と食欲の奪い合いに変える」**という形で、戦線沈静化という結果を導いていた。
しかし、この異様な状況に怒り狂った人物がいた。ユグラシア連邦軍の、国境防衛を担当する最高指揮官。その名は、総統フューラー・ヒットラーク。
ユグラシア軍、総統の激怒
フューラー・ヒットラークは、ユグラシア連邦で絶大な権力を持つ、独裁的な指揮官である。彼の風貌は、小さな口髭と、常に怒りに満ちた鋭い眼光が特徴だ。
彼の本営に、前線からの異様な報告が届いた。
「総統閣下!兵士たちが、空から降ってきた紙切れを奪い合い、戦場を放棄しています!しかも、その紙切れは、甘じょっぱい味がするという報告が……」
報告を聞いたヒットラーク総統は、机を叩き割る勢いで立ち上がった。
「**馬鹿な!**我がユグラシア連邦軍は、そんな下らない紙切れのために戦場を離れるのか!しかも、甘じょっぱい?甘いものは、軟弱なレドニア貴族の食い物だ!我々は、鉄と血でできている!」
ヒットラーク総統は、怒りのあまり顔を真っ赤に染めた。
「これは、レドニア側の新たな侮辱であり、極度の精神攻撃だ!あの悪趣味な甘い匂いと、耳が腐るような歌声!そして、この奇妙な偽札!全ては、我が軍の誇りを踏みにじるための、卑劣な罠だ!」
彼の怒りの矛先は、既に戦場を放棄した兵士ではなく、**「レドニア側の奇妙な補給戦略」**を仕掛ける、見えざる敵に向けられていた。
「すぐに全軍に通達せよ!その紙切れを拾う者は**即刻銃殺!そして、この卑劣な戦略を仕掛けている『音痴な異邦人』**の首を取った者には、連邦最高の栄誉を与える!」
ヒットラーク総統は、自ら最前線へと向かうことを決意した。彼の目的は、兵士の士気を回復させることと、この不可解な混乱の根源である「転成者タナカ」を突き止めることだ。
タナカ、次の手
一方、ウッドストック村に戻ったタナカは、ロイドが戻ってくる前に、次のアイテムを完成させた。
(金銭で兵士が離脱しても、指導者が変わらなければ戦争は終わらない。指導者同士を分かり合わせる必要がある)
タナカは、大量に生成した『感情共有ランタン(エモーション・スフィア)』を手に、ロイドの帰りを待っていた。
ロイドは、タナカの部屋に入るなり、再び拝跪した。
「タナカ様!煎餅紙幣作戦、大成功です!両軍が戦場を放棄し始めました!しかし、ユグラシア連邦軍の総統、フューラー・ヒットラークが激怒し、最前線に自ら向かっている模様です!」
「ヒットラーク……」
タナカの顔色が僅かに変わる。独裁者の名前を連想させる強烈な名前。これが、戦争の真の根源だ。
「ロイド。次の作戦は、最終段階だ。お前は、この**『感情共有ランタン』**を持って、ヒットラーク総統に近づけ」
タナカは、ロイドに装置を手渡した。
「これを、ヒットラーク総統と、ユグラシア軍で最も勇敢な指揮官の二人に接触させるんだ。彼らの間に、**『真の感情の共有』**を生み出す。憎しみではなく、分かり合うための、最後の手段だ」
タナカの頭の中は、今度こそこの戦争を終わらせるという決意で満ちていた。しかし、彼がロイドに託した装置は、「感情と雰囲気」しか伝達しないという、極めて不確実な代物である。
ロイドは、タナカ様の深謀遠慮に震えながら、再び馬を走らせた。彼の背後で、タナカは、創造魔法で作った、**「最高に平和な雰囲気の絵」**を壁に飾り、静かに成功を祈った。




