第17話:前世の孤独が生んだ、無駄に革新的な「団欒ツール」
タナカは自室で、次の手を考えていた。煎餅紙幣の散布により、両軍の兵士たちは戦場を放棄して逃げ出すか、あるいは偽札の奪い合いに夢中になっているはずだ。戦線は一時的に沈静化するだろう。
しかし、タナカの心には、まだ解決されていない問題があった。それは、前世の戦場で最もタナカを苦しめた**「孤独」**だ。
(言葉が通じず、誰にも助けを求められず、ただ一人で死んでいったあの時の絶望。兵士たちが戦場を離れても、孤独や互いの不信感が残っていれば、またすぐに戦争は始まる)
タナカは、あのR国の塹壕で、隣の兵士と意思疎通が取れず、ただ見つめ合うしかなかった悲しい記憶を思い出した。
【タナカの回想】
R国とU国の戦場。タナカは寒さに震えながら、隣に座るR国兵に話しかけた。 「寒いですね」—日本語だ。 R国兵はタナカを見て、眉をひそめ、何か怒鳴るように言ったが、タナカには全く理解できない。 タナカは、ポケットにあった小さな折り紙を取り出し、鶴を折った。 R国兵は、その鶴をじっと見つめ、何か言いたげな表情をした。だが、やはり言葉は通じない。 結局、二人は最後まで、意思を通わせることなく、別々の銃弾に倒れた。
団欒ツールの開発
「言葉が通じなくても、心を繋ぐものがいる」
タナカは、創造魔法の力を使い、革新的だが戦闘には全く役に立たない、平和のためのアイテムを開発し始めた。
(言語が通じなくても、感情を共有できればいい。あの時、あの折り鶴を見た兵士は、少しだけ安らぎを感じたはずだ)
タナカが着手したのは、**「感情伝達デバイス」**だ。
彼は、創造魔法で、前世で食べた**『カラフルなビー玉入りラムネ』の組成と、『電子辞書』**の回路の記憶を融合させた。
タナカの手から生み出されたのは、ビー玉サイズの透明な球体と、それを収納する掌サイズの装置だった。
**『感情共有ランタン(エモーション・スフィア)』**の誕生である。
この装置を起動させ、話したい相手に向けてビー玉を投げる。ビー玉が相手に触れると、発話者の感情と、その時の言葉の「雰囲気」だけが、相手の脳内に直接伝わるという仕組みだ。正確な言語翻訳機能はない。
タナカは、この装置を手に取り、試しに操作してみた。
タナカ:「(よし、これで両軍の兵士たちは分かり合えるはずだ。戦うのはやめよう)」
装置がロイドに向けてビー玉を発射する。
ロイド:「タナカ様!な、なんだか、**強烈な『諦めの感情』と『倦怠感』**が伝わってきます!これが、タナカ様の戦争終結への意志ですか!」
(タナカ内心):俺の**『戦争への絶望』**がそのまま伝わっただけだ……。肝心な言葉は伝わらず、感情だけが伝わる。これはこれで、また新たな誤解を生みそうだ。
しかし、タナカはこの装置を平和への鍵だと信じ切っていた。戦闘能力は皆無だが、不毛な戦争の根源である**「不信と孤独」**を解消できる、と。
(これでいい。兵士たちは、互いの言葉は分からなくても、**『皆が戦争を嫌い、家に帰りたいと思っている』**という感情だけは共有できるはずだ)
タナカは、この『感情共有ランタン』を大量に生成し、次の作戦に備えた。彼の頭の中の「平和」は、ますます、実用性とはかけ離れた、奇妙な理想郷へと向かっていた。




