第16話:金銭狂乱と、ロイドの新たな「深謀遠慮」
タナカが戦場から離脱した後も、両軍の兵士たちは、泥まみれの塹壕の中で**「煎餅紙幣」**の争奪戦を続けていた。
「おい、その金は俺が先に見つけたんだ!」 「うるせぇ!この甘い匂いは、絶対に高額に違いない!」
彼らの狂乱は、単なる金銭欲だけではない。飢餓状態にある兵士たちにとって、この「偽金」は食べられるという点で、二重の価値を持っていた。
しかし、紙幣を奪い合った兵士の何人かが、その欲に耐えきれず、煎餅紙幣を口にした。
パリッ、モグモグ……
「う、美味い!甘じょっぱい!これは、金であり、食料だ!」 「これを大量に集めれば、故郷に帰って贅沢できるし、飢えることもない!」
金銭欲と食欲が融合したことで、兵士たちの戦意は完全にゼロになった。彼らの脳内は、「この金を一刻も早く集めて戦場を離脱する」という単一の目標に支配されていた。
そして、その頃、ロイド=ブレイブハートが廃墟の塔から帰還した。彼は全身の飴細工の鎧を失い、ボロボロの騎士服姿だったが、その顔は勝利の熱狂で満ちている。
「見たか!私の**『精神威圧の装具』**が、敵兵の理性を完全に崩壊させたぞ!」
ロイドは、兵士たちが地面を這いずり回り、互いに掴み合っている様子を見て、自分の鎧の崩壊が**「敵の理性を崩壊させるための最終段階」**だったと確信した。
しかし、ロイドはすぐに異常な事態に気づいた。
「な、なんだこの大量の紙切れは!?空から降ってきたのか!?」
地面に散らばる、異様な肖像画と色付きの砂糖で描かれた煎餅紙幣の山。ロイドは、タナカがまた何かを創造したことを悟った。
(ロイド内心):この紙幣は、タナカ様が創造されたに違いない!これまでの流れからして、ただの金ではない!これは、国王軍の補給システムを一変させる、新たな戦略物資だ!
ロイドは、自身の馬を駆り、再び駐屯地へと急いだ。彼は、タナカの行動の真意を、今回もまた**「国王軍にとって最善の形」**へと解釈し直す必要があった。
国王軍上層部、混乱の極致
ロイドが到着した国王軍駐屯地では、隊長が頭を抱えていた。戦場から、兵士たちが命の危機ではなく、「金」のために狂乱しているという、異様な報告が届き始めていたからだ。
「ロイド君!大変だ!戦場から、兵士が**『金が降ってきた!』**と叫びながら逃げ出し始めている!しかも、その金は、見たこともない紙切れだという!」隊長は泣きそうな顔だ。
ロイドは、興奮を抑えきれない様子で、大声で報告した。
「隊長!落ち着いてください!それこそが、**タナカ様の最終戦略!『金銭兵站戦略』**です!」
「き、金銭兵站?」
「は!タナカ様は、両軍の兵士の**『金銭欲』をあえて刺激し、『戦争は儲からない』**という常識を覆されたのです!」
ロイドは力説する。
「あの煎餅紙幣は、一見すると紙切れですが、実は高額な特殊交換券!兵士たちに、この高額な偽金を拾い集めさせ、戦場から離脱させます。これは、敵の兵力を削ぐと同時に、我らが国王軍の兵士たちにも**『戦場から逃げても利益がある』という希望を与え、戦争終結を促す『平和への出口戦略』**なのです!」
「な、なるほど!兵士が逃げ出す理由を、**『利益のため』**という形で用意したのか!しかも、その紙切れは、タナカ様が創造されたのだから、国王軍の懐は痛まない!究極の無損害兵站だ!」
隊長は、ロイドの言葉に再び深く感動した。タナカが**「金銭欲と食欲」**を突いたという真実を知る由もない隊長は、ロイドの言葉を全て信じ込んだ。
「すぐに、戦場にいる全兵士に布告せよ!この**『金銭の雨』は、我が国王陛下が戦況を沈静化させるために下された『特別恩賞』**であると!そして、この恩賞を失う者は、厳罰に処すと!」
隊長は、ロイドの誤解による報告を、国王軍の公的な情報統制として利用することを決定した。
タナカの**「食べられる偽札」作戦は、ロイドの「無損害兵站」報告により、異世界の戦場で、最も権威のある『王国の特別恩賞』**という、予想外の地位を確立してしまった。




