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第1話:たった一通のDMが、俺の人生を終結させた

全身を焼くような激痛。耳鳴り。そして、顔面に張り付いた泥の冷たさ。


タナカ、20歳。N国のどこにでもいた、ただのコンビニバイト。 今、俺はR国とU国が血を流す国境の、最前線の塹壕にいる。


(……ああ、終わったんだな)


目の前は、ただの赤。自らの血だ。下半身の感覚がない。肺が焼け付くように苦しい。


頭上では、R国の爆撃機が、まるで巨大な肉食獣のように旋回している。味方のはずなのに、その音が、タナカの耳には「早く死ね」と呪詛のように聞こえた。


意識が、散っていく。この瞬間、タナカの頭の中で、走馬灯が始まった。


走馬灯:一通のDM

全ては、あの一通のDMから始まった。


「月収50万確定!楽な運び屋バイト!即採用!」


あの時、無視していれば。大学進学を諦め、母親に心配をかけたくなくて、見栄を張って一人暮らしを始めたタナカは、生活費と高校の奨学金返済の重圧に押しつぶされそうだった。 少しでも楽になりたかった。すぐにでもまとまった金が欲しかった。


(バカだよな、俺は)


指定された場所は、歓楽街の裏の寂れた駐車場。待っていたのは、筋肉質で顔に傷のある男たち。 「おい、タナカ。いい運搬だ。ちょっと遠いけどな」


車に乗せられ、目隠し。次に目を開けたのは、古い漁船の船倉だった。潮の匂いと、意味の分からない罵声。 抵抗しようとしたが、すぐに拘束された。携帯も、財布も、身分証明書も、全て奪われた。


(あれは、闇バイトじゃなくて、拉致だったんだ……)


船はN国を経由し、タナカをR国という国へ運んだ。


走馬灯:異国の兵士

R国。言葉が通じない。文化も、気候も、全てが異質だ。 タナカは、強制的に軍の訓練所に放り込まれた。


「ヤマネコ!」 R国の教官がタナカを呼ぶ、唯一理解できた単語。「異邦人」「使い捨ての予備兵」を意味する隠語だ。


訓練など、あってないようなものだった。教官は、ただタナカたち新兵を蹴り、殴り、ひたすら走らせた。 食事は、石のように固い乾パンと、泥水のようなスープ。


タナカは悟った。自分は、R国とU国が長年繰り広げる国境紛争に投入されるための、「数」として連れてこられたのだと。 まともに戦うことなど、期待されていない。ただ、敵の銃弾を受け止めるための、動く標的。


(俺は、コンビニのレジ打ちしかできないのに……)


走馬灯:最期の戦場


そして、今日。凍えるような寒さの中、タナカはライフルを握らされた。古びていて、手入れもされていない。


隣の塹壕の兵士が何を叫んでいるのか、上官が何を指示しているのか、全く分からない。ただ、周囲の兵士たちの顔にある、深い疲労と、タナカに向けられる無関心だけが、唯一、理解できる感情だった。


一斉に、誰かが突撃を始めた。タナカも、他の兵士に背中を押されるようにして、泥と有刺鉄線の間を這い進む。 U国側の塹壕から、銃声が響く。


ヒュン!


近くを銃弾が掠める。初めて聞く、命を奪う音。 タナカは、地面に張り付いたまま動けなくなった。 恐怖。純粋で、濁りのない、死への恐怖。


(お母さん、ごめん。もう、電話に出られないよ……)


その時だった。


ドォン!


耳元で、手榴弾か迫撃砲のようなものが炸裂した。 熱い。熱い。そして、下半身から、全身の力が抜けていく。


今、タナカは泥の中に倒れている。血の匂い。硝煙の匂い。 隣には、顔が判別できないほどに吹き飛ばされたR国兵の遺体。


(…戦争なんて、クソだ。理不尽だ)


なぜ、俺がこんな場所で。誰が、何のために。 言語も分からない。理由も知らない。ただ、誰かの都合で、命を散らす。


タナカの意識は、視界の赤色に溶け込んでいく。


—二度と、こんな理不尽なことは許さない。


—もし、神様がいるなら。もし、次があるなら。


—絶対に、戦争のない世界を作ってやる。


その強烈な、命をかけた誓いだけが、タナカの魂を泥濘から引き上げようとする。だが、身体は冷たい。


タナカの意識は、凍える泥の感触とともに、この非情な世界から永遠に途絶えた。享年20歳。

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