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鋼翼、砂に降る

本日の用語


鋼翼こうよく》:ヴァローリア連邦供与の無人滑空機。符号化した霊線で遠隔操縦し、焼夷・破砕の符束を投下する。


反位相滑空はんいそうかっくう》:防空結界の風位相に逆らう調律で滑空し、結界の“目”をすり抜けようとする航法。


たわみ域》:結界の力線がたわみ歪みが溜まる境界帯。無理に通過すると反発で機体が弾かれる。


《縫い返し(ぬいがえし)》:臨時の陽石柱アンカーや携行楔で結界の裂け目を“逆方向”に縫って、侵入圧を跳ね返す応急術。


霊線攪乱弾れいせんかくらんだん》:雑音符を内蔵した擲投弾。着弾域の通信・誘導を一時的に白噪音で満たす。

砂丘が低く鳴き、夕陽が防壁の影を細く伸ばす。

防空結界の縁に白い縞が走り、空気の“目”が一瞬だけ瞬いた。戦場は静かに、しかし確実に相を変えつつあった。


「聞いたか、今の返り音」歩哨が耳飾りを押さえる。

「撓み域が動いた。——来るぞ」カリームは水晶盤から目を離さない。「砲班、三斉射のみ。工兵は北東へ縫い返しの楔。攪乱班は白を用意」

「半刻前倒しの運用、いけます!」副官が食い気味に答える。

「無理はするな。柱より人のほうが折れやすい」


二十里後方、帝国の仮設滑走路で木箱が割れた。灰色の無人機——鋼翼。

ザエルは翼端の符形を指で弾き、短く命じる。

「反位相滑空、β-二。導操は霊線を狭帯域に。祈祷は不要だ」

「殿、王国の結界は完全安定じゃありませんが——」アディルが覗き込む。

「曲がり角には、正面で入れ。刺突でいい。通らなくていい。返りで“喉”の場所を読む」


最初の影が、音を吸ったまま砂の空を滑ってきた。

「偏角九、仰角三——撃て!」

《対空魔導砲》が三度だけ、重く吠える。光条が直線を刻み、一機の腹が裂け、斜面へ“柔らかく”刺さった。


「二、三……まだ上!」測手の声が上ずる。

「砲、沈黙。冷却」カリームは区切る。「攪乱班、投擲——霊線攪乱弾、今だ」

「投入!」

ぽん、と乾いた音。白い靄が帯になって広がり、耳の奥を“ジ——”と擦る。


「ノイズ強い! 霊線落ちる!」帝国の導操士が呻く。

ザエルは視線を上げない。「高度を落として貼り付けろ。理で押せ。勘に賭けるな」


一機が結界の撓み域をなぞり、投下器が口を開いた。

「投下来る!——縫い返し班、打て!」

「楔、一本! ……二本目、入る!」

陽石の補助触媒が灯り、風紋の目が反転。落下の符束はわずかに逸れて、空架を破くだけで砂に沈んだ。


「外れたな」副官が息を吐く。

「“外させた”だ。南西の撓み域が甘い。柱を一本回せるか」

天幕の奥でファハド王が短く頷く。「人を守るためなら、柱一本、砂へ返そう」


「了解! 陽石柱アンカー、南西へ移送!」

「運搬路、敵観測に丸見えです!」

「布覆いで道を殺せ。音は砂指で飲ませろ」カリームは即答した。


「三機目、結界に噛みつく!」歩哨の叫び。

「いい流しだ」ザエルの口元がわずかに上がる。「返しに合わせ、翼をひねれ……今だ、潜れ」

鋼翼の鼻先が、確かに“入った”。次の瞬間、網は締まる。

「機体、弾かれる!」

「諦めるな、理は——」

反発が骨を折り、翼が悲鳴を上げた。


「攪乱、続け! 砂を立てろ!」カリームの声は落ち着いていた。

工兵たちが溝を走らせ、砂柱が次々と風を噛む。音は増幅し、霊線は白い砂粒に食い荒らされていく。


四機目が自壊。五機目は翼をもがれ斜面で止まる。

最後の一機だけが意地で高度を削り、橋頭堡の端へ焼夷符束を吐いた。

「消火! 負傷列優先、弾は後回し!」

「弾薬庫が近い!」

「列を切るな、喉を守れ!」


蒼火が一瞬、布覆いを焦がし、兵の肩が倒れる。

衛生兵が駆け、短い祈りと止血の布。名前が小さく呼ばれ、風に溶けた。


風が遠のく。砂丘には、腹を割いた鋼翼が二つ、背を見せていた。

カリームは翼端の見慣れぬ符形に手を置き、低く言う。

「持ち帰れ。腹を開く。反位相の仕組みを写す」

「参謀、転用できますか」

「“使う”ためじゃない。“使われない”ために学ぶんだ」


天幕へ戻る途中、彼は移した陽石柱の根元を軽く叩いた。

「一本返しましたね」ファハド王が並ぶ。

「はい。でも、柱より人のほうが折れやすい」

「だからこそ、名を折るな」

書記官が顔を上げる。「印を三つ……よろしいですか」

「——頼む」カリームは墨点を三つ、静かに置いた。


その時、水晶盤の端に太い脈が灯る。

「帝都方面からの霊線、大容量……」副官の喉が鳴る。「なにか、でかい」

「“理”を変えてくる」カリームは黒い駒を端に置いた。「鋼翼は前座だ。次は“鋼翼を導く眼”」


仮設滑走路。空になった木箱を、ザエルがつま先で押しやった。

「よく落ちた」

「失敗では?」アディルが渋面を作る。

「成功だ。相手の返しの硬さ、耳の悪さ、砂の作法——全部わかった」

彼は夜空を見上げ、短く命じた。「星のうつわを出せ。——眼をつける」


夜風が結界の縁を撫で、微かな撓み域を生む。そこへ、まだ見ぬ“気”が薄く乗った。

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