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エスペランド動乱記 和平を望む最弱無能の軍師は、復讐に燃える姫騎士を甘やかに飼い慣らす。  作者: 柚月 ひなた
第三章 無自覚な罪

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第四話 反撃の布石

 白き龍が翼をひと打ちすると、雲が裂け、皇都の稜線がにじむように現れた。

 背に跨るナイトは風を切る音に耳を澄ましつつ、眼下の街並みを見渡す。


 最北のアウローラ城。塔楼は煤にくすみ、敷地のあちこちから黒煙が三筋、四筋と上がっていた。


 狂ったように打ち鳴らされる鐘の不協和が、空気を濁らせてゆく。



(街の状況は——)



 視線を移すと、城を囲む城壁の外周。荷車が横倒しになり、往来に狼狽える人々の姿がある。いまにも、泣き声と罵声が風に乗って聞こえてきそうだ。


 市場通りは閑散と、板戸を打ちつけた家々が目立つ。

 まだ、被害は市街地へ及んでいないが、街全体が〝戦争〟の影に支配されつつある。


 〝平穏な日常〟と、嗅ぎ慣れない血の匂いが、皇都全体を包み込んでいた。



「隊長、あれ」



 眼前のエレノアが指で示した先は、東の外郭門。赤と金の房を垂らした使節旗がはためき、その奥に黒い波——密な槍兵の列がうごめいている。



「〝和平〟の儀仗兵を装った強襲部隊か。思惑が透けて見えるな」



 そこに睨み合って対峙する一軍の姿があった。掲げているのは皇国の軍旗と、鷹をモチーフにした家紋の描かれた旗。



「ルゼマール公爵の応援が間に合ったみたいだね」



 ナイトは小さなため息を一つこぼす。


 幸いにも、想定していた最悪の事態まで、まだ猶予がある。



「ですが、兵力はあちらが大幅に上回っています」


「うん。油断はできない。敵が偽装を解いて牙を剥けば、均衡は音を立てて崩れる。——その前に手を打つ」



 ナイトはすべきことを見据え、胸に飾ったヴェインの記章に触れた。


 途端、探知魔術の効果が発動し、脳内へ映し出された仲間の位置が、刻まれていく。


 兵を従える指導者は王城で采配を揮い、神秘を操る少女は彼に寄り添ってマナの奇跡を煌めかせている。


 また、勇敢な戦士は敵兵の前へ立ち塞がり、孤高の銃士は疾風の如く敵を錯乱、影を渡る胡蝶は多方面へ情報を繋ぐ。


 各自がそれぞれの持ち場で、この難局を乗り越えるべく抗い続けていた。



「隊長、どう動きますか?」



 ピンクブロンドを靡かせたエレノアが、黄金の差す紫黄水晶(アメトリン)の瞳で真っ直ぐこちらを射抜く。



「まずは連携の構築を図る。そのためには司令塔との繋ぎ役——アリィとの接触が急務だ。中央区の時計台にある鐘楼へ向かってくれる?」


「了解です。高度を落として接近します。しっかり……捕まっていて下さいね」



 エレノアがそう告げると、白龍が急激に高度を落とし、けれども速度を上げて滑空。


 瞬く間に都市部へと入った白龍は瓦屋根の狭間を滑り、息を継ぐ前に鐘楼へ着いた。



❖❖❖



 鐘楼に降り立つと白き龍は顕現を終え、マナの残滓を舞わせながら霧のようにほどけて消えた。


 その様子を眺めていると、



「——隊長!」



 甲高く艶のある声が耳朶に響く。同時に、鐘楼の影から現れた黒い人影が、飛び込んで来た。


 胸に軽い衝撃と、人肌のぬくもり。ゆるくウェーブを描くヘーゼルナッツの髪が目の前で揺れる。



「……生きてた。無事で、よかった」


「ただいま。心配かけてごめんね、アリィ。土産話はあとでゆっくりするよ」



 優しく声をかけると、(つゆ)を湛えた紅玉(ルビー)がナイトを見上げた。


 彼女はこくりとうなずき、それからエレノアを一瞥。



「貴女はあとで説教よ。今度という今度は覚悟なさい」



 目元を拭いながら眉を吊り上げ、静かに離れていった。


 エレノアが「わかっています」と、苦い自嘲を浮かべる。と、これまでと違う素直な反応に、アリファーンが一瞬、目を丸くした。



「アリィ、ひとまず現状の報告を。大まかな状況は把握している」



 「はい」と、短い言葉を返したのち、アリファーンが姿勢を正す。


 そして風よりも早く届く、正確な情報を口にした。



「ご存知かと思いますが〝和平条約締結〟を巡り、肯定派のラウルス皇太子殿下、反対派のスレイン殿下に意見が分裂。皇太子殿下が強硬手段に出たため、武力抗争へ発展しております。封祀殿を占拠した内側の敵は、スレイン殿下が制圧を試みています」



 アリファーンは東へ体を向ける。ここは市街地が一望でき、彼女は視線の先に外郭門を捉えた。



「その裏でヒュドール元帥率いる一部隊が、王国の使節団を迎え入れようと東の外郭門へ。そちらはブロンテ他約百名が合流阻止へ向かい、つい先刻戦闘開始。……ですが、数の優位に押され進軍を許しています」



 振り返ったアリファーンが、表情を歪める。砂を噛むような報告は、鐘の残響よりも冷たく落ちた。


 東の空気の張りつめ方を測りながら、ナイトは視線で距離と速度を積分する。石畳を舐める人波、外郭の影、そこへ向かう黒い列。


 押し返す楯に、じわじわと載ってくる質量が目に見える気がした。


 胸ポケットの時計が脈のように刻み、十五という数字が脳裏に赤で浮かぶ。十五分——門が意思を持つならば、それが試される猶予(タイムリミット)だ。



「この速度でいけば外門まで約十五分ってところか。ルゼマール公爵の兵が使節団の背後を押さえてはいるけど、開門を許せば戦場は市街地へ移る。いま一番の要所はそこだね」



 言いながら、ナイトは鐘楼の縁へ一歩寄り、風向きを確かめる。


 火と血は風に乗る。門が抜かれれば、戦火は街へ落ち、それは街に留まらず人の心を焼く。



「それともう一つご報告が。貿易港カンデーラでの魔獣密輸事件は覚えておいでかと思います」


「もちろんだ。それが今回の件とどう関与している?」



 問いながら、ナイトは〝線〟を結ぶ。


 港で使われたルートと、皇都へ流れて来た〝異物〟。蛇は同じ穴を二度使わないが、同じ水脈は好む。



「街の各所に、魔獣の拘束された檻を確認しました。対処しようにもこちらは人員が足りず、もし魔獣が解き放たれた場合……っ」



 二手、三手先で笑う顔が浮かぶ。


 門で揉み合い、内で兵を割き、同時に街で恐慌を起こす。軍は戦場へ、民は混乱へ。最短で秩序を壊すやり口だ。



「……ヒュドールの策か」



 名を口にした瞬間、舌の奥に鉄の味が滲んだ。


 怒りは熱だ。熱は視界を歪める。


 ——沈めろ、と自分に命じる。熱は計算に変えられる。



「申し訳ありません。見落とした私の不手際です。もっと早く気付いていれば」



 アリファーンの肩がわずかに沈む。彼女はいつも自分に厳しい。だからこそ、余計に責任を積ませるわけにはいかない。



「いや、アリィのせいじゃないよ。それに、諦めるにはまだ早い」



 口にした瞬間、盤面が静かに整っていくのを感じた。


 (かなめ)は三つ——門の死守、魔獣と言う脅威の排除、剣へ至る道を確保する。


 どれか一つでも取られるわけにはいかない。足りない駒は補うしかない。ここで効くのは、王手に匹敵する一手。



(戦況をひっくり返す駒は——)



 視線が自然と隣へ滑る。風に揺れるピンクブロンド。あの指輪は鼓動に合わせて微かに光り、彼女の瞳は濁りを知らない。



「エレノア、君の真価を魅せる時だ」


「私……ですか?」



 驚きが思案の色へ変わる。


 負わせる荷は軽くない。だが、彼女はもうそれを担げる。

 自分が信じてやらなければ、誰が信じるというのか。



「ああ。これはエレノアにしか成し得ない。君はクイーン。その〝祝福された血統〟が必ず勝利をもたらしてくれる」



 彼女に流れるサングリア王家の血は特別なもの。


 龍を呼んだ芯の強さ——証が応えるに値する決意を持った今ならば、力に溺れることなく活かすことができるだろう。


 ナイトは手を差し出す。風が止み、ここが世界の中心のように感じる。


 エレノアは瞬きをして一拍、二拍。逡巡した後、迷いなく答える。



「何をすればいいのか、教えてください」



 凛とした声に、胸の底で固く結んでいた糸が少しだけ緩む。

 ナイトは口元にかすかな笑みを浮かべ、次の言葉を整えた。

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