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エスペランド動乱記 和平を望む最弱無能の軍師は、復讐に燃える姫騎士を甘やかに飼い慣らす。  作者: 柚月 ひなた
第三章 無自覚な罪

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第一話 刻まれた紋章が示す道

 ドゥエルの村の任務から戻って数日が経った、その日。

 ナイトは新たな指令を告げるべく〝作戦会議室〟へヴェインの隊員を集めた。


 六人が一堂に会すると少し手狭な部屋に窓はなく、中央に情報の書き込まれた地図が広げられた机が堂々と陣取っている、という少し殺風景な場所だ。


 ナイトは作戦会議(ブリーフィング)を始める前、〝ある物〟をエレノアに差し出した。



「エレノア、遅くなったけど君にこれを渡しておくよ」


「これは……」



 エレノアが言葉を失ったかのように瞳を見開く。数秒を経て、何回か瞬きを繰り返したのち、そっと息を呑んで、隊員が静かに見守る中ナイトの手からそれを受け取った。


 彼女に渡したのは、丸みを帯びた盾形のプレートにヴェインの紋様を刻み込んだ記章。すなわち、第零番(ナンバーレス)小隊ヴェインの隊員であることを表す証である。


 光を反射する磨き上げられた金属面を、エレノアがまじまじと見つめた。

 目尻が下がり、その口元に柔らかな笑みが浮かぶ。嬉しそうな表情だ。



(……まさかここまで喜ぶとは、思わなかったな)



 彼女は相変わらず背筋を伸ばし、凛々しい姿勢を崩してはいないのに、紫と黄金、二色が混じる神秘的な色彩を持った瞳の奥に柔らかな揺らぎが見えた。

 いつもは敵への憎悪に燃える火と、復讐心の闇を滲ませている彼女が、こういう表情をするのは意外で、ナイトは少なからず驚きを覚える。



「ありがとうございます。大切に、身につけさせて頂きます」



 エレノアが静かに言葉を紡ぎ、胸元に記章を抱えるように握りしめる。彼女の仕草にナイトは何だか照れくさくなり、思わず苦笑を浮かべた。



「うん。記章はね、魔道具(マディアナ)でもあるんだ」


「そうなんですね。どんな効果があるんですか?」


「仲間の居場所を知る事ができるっていう些細なものだよ。でも、これが意外と重宝するんだ」



 エレノアが「なるほど」と頷いて、記章を胸に飾る。

 ナイトは彼女をヴェインの隊員の一人として、これからは積極的に任務へ携わらせるつもりでいた。猪突猛進な傾向のある彼女を御するのに、記章は一役買ってくれるだろう。



(エレノアは、確かな才能を持っている。適材適所でその力を発揮させ、必要ならば痛みを伴わぬ形で〝学ばせる〟……その積み重ねで、復讐という鎖から解き放ってやるしかない)



 上手く行く確率は五分五分だが、自分の役目は導くこと。それがひいては〝恒久和平〟に繋がっていくはずである。


 ナイトは機嫌の良さそうなエレノアの様子に戸惑いつつも気持ちを切り替え、咳払いをして部屋の中を見回した。


 すでにヴァン、ブロンテ、アリファーン、スティーリアの四人が待機している。



「みんな、揃っているね。早速だけど、次の任務を伝えるよ。エレノア、ヴァン、ブロンテ、アリファーンには前線へ行って欲しい。そこで敵の戦力を削ぐのが目的だ。いわゆる闇討ち──敵将の暗殺だね」



 ナイトが一人一人の顔を見ながら告げると、ヴァンは「暗殺か」と鼻を鳴らして三白眼を細めた。ブロンテはこわごわと頷き、アリファーンは涼しげな横顔で短刀の柄へと視線を落とす。スティーリアは椅子に座って、分厚い本のページをめくっている。


 そしてエレノアはというと、静かに剣の位置を確かめて、胸に手を当てた。準備はいつでも整っているとでも言うような、毅然とした佇まいだ。



「今回の任務は、ドゥエル村の東の山岳地帯に王国軍が潜伏していた先の件に関係している。監視網の再構築が完了するまで、国境南東の敵軍の勢いを弱めておきたい、という狙いがあってのことだ。……詳しい作戦内容については、これに目を通して」



 ナイトはおもむろに胸の内ポケットから折りたたまれた紙を取り出して、机の上に置いた。これには敵の情報と、ナイトの立案した作戦が何通りか書き込んである。


 率先してアリファーンが手に取り、綴られた文字を目で追った。他の三人も順に内容を確認している。読み終わると最後はアリファーンの生み出した揺らめく魔術の炎に燃され──灰となって消えた。


 その様子を見届けて、ナイトは再度みんなの顔を見やる。不安の色を浮かべる者は一人としていない。

 ナイトの口元に自然と笑みが浮かんだ。



「みんななら上手くやれると信じてる。俺とティアは別件で動くから、現場の指揮はアリィに任せるよ」


「了解ですわ、隊長」



 アリファーンがふわりとヘーゼルナッツの髪を揺らして一礼した。

 わずかに首を傾げたエレノアの視線がナイトへ向けられる。



「……別件、ですか?」


「王城でちょっとね。散策という名目の諜報活動をしようと思って」



 問いかけるエレノアにナイトはおどけた調子で告げながら、片目を瞑って見せた。と、訝し気なエレノアにジトリとした瞳でにらまれてしまう。


 まだまだ彼女から全幅の信頼を得るのは難しいらしい。

 ナイトは肩をすくめて言葉を続けた。



「皇太子ラウルス殿下と、ヒュドール元帥の娘さん……侯爵令嬢が、婚約関係にあるのは知っているよね?」


「当たり前じゃないですか。皇国民なら誰もが知っている一般常識です」



 他意はないのだがエレノアは、馬鹿にしているのか、とでも言い出しそうな雰囲気である。ナイトは苦笑するしかない。



「だね。それで、まだ公にはされていないけど、結婚式の日取りが決まったそうなんだ。城内はその話題で持ちきりらしい」



 結婚と聞いた隊員の反応は三者三様。エレノアは瞠目して、ブロンテは「結婚式かぁ……」と羨望に似た声をもらし、ヴァンは舌打ちして瞼を閉じる。アリファーンは黙したまま険しい表情で腕を組んでいるし、スティーリアは相変わらず本の虫だ。


 見ていて飽きないな、とナイトは頬を緩ませた。



「こういう慶事時って、口が軽くなるんだよ。色々と情報が得られるだろうと思ってね」



 エレノアはいまいちピンと来ないのか、大きく首を傾げている。

 そういえば、皇国内部に潜む〝裏切者〟の存在について彼女には話していない。



(その辺は追々……かな。〝あの人〟の尻尾を掴もうとして、無茶をされても困るし)



 エレノアがもう少し、成長の兆しを見せた時に話すのがいいだろう。そう結論付けて、ナイトは話題を切り替える。



「それじゃあ、前線は任せたよ。作戦概要と敵将の情報はさっき共有した通り。慣れた任務だし、そう難しい相手ではないはず。万が一の時はリンクベルで連絡を。撤退も選択肢に入れて、決して無茶をしないようにね」



 ナイトの注意喚起に、四人は一斉にうなずいた。ヴァンとアリファーンが率先して出立の準備を始め、ブロンテが慌てて後に続く。

 エレノアはと言うと、思いを馳せるように剣の鞘を指でなぞり、小さく息を吐いた。



「……必ず、敵将の首を取ってきます」



 彼女の瞳には静かな決意が燃えている。そこにはこれまでとは少し違う、落ち着いた炎の色が垣間見えた。

 〝復讐〟の焔を消し去るのは容易ではない。だが、わずかにでも変化が生まれたのであれば喜ばしいことだ。


 ナイトは「よろしく頼むよ」と微笑んで、任務へ向かう彼女たちの背を見送った。

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